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部屋に戻る廊下で、途中で抜けていった後輩、刈谷にあった。まだ友人を連れて寮内をうろちょろしていたようだ。
「あ、先輩、さっきの話し合いはどうなりましたか」
「なんだ、後輩ちゃんも気になっていたなら、残っていればよかったのに」
「どうしても青が……あ、こいつ、惣田青って言うんですけど青が寮の玄関ロビーを見たいっていうので……あそこに行っても何もないんですけどね」
「何もないことを知りたかったんだよ。どうも、惣田青と言います。先ほどもお会いしましたが、名前を名乗ってなかったですね。『惣田』が苗字で『青』が名前です」
変わった名前だ。こういう名前なら覚えるかもしれない。さすがに後輩ちゃんNo.2とか後輩二号とかでは示しがつかない。そんなことより、
「青ちゃんね。そうか、青ちゃんにも見せてあげたかったな、私の名推理。快刀乱麻を断つとはこのことだと私は思うね」
いつもの誇張が混じった口調で話すが、今回ばかりは誇張とも言い切れないのではないか?
「先輩が解決なされたんですか。どういう結論に至ったんですか?」
さっきの会議で出た意見、白川の一言、私の推理について語った。いつも以上に雄弁だったと思う。
語り終わったタイミングで、白川が私の方に近づいてくるのが見えた。まだ怒っているのだろうか。
白川は私のところまで来ると、
「あのさ、さっきの推理のことなんだけど、私どうしても気になって、言わないとと思って」
やっぱりまだ怒っているようだ。
「ごめん、白川。白川は反対したのに押し切って、推理大会なんかしちゃった挙句、変な方向に話が向かっちゃって、気を悪くしたなら謝るよ」
意外なことに、白川は私の謝罪を聞いて当惑したらしく、
「いや、そういうことじゃないの。そういうことじゃないんだけど……」
その時、惣田が割って入ってきた。
「私が言葉を引き継ぎますよ。つまり、先輩の推理が間違っていたのではないか、と言いたいんですよね?」
なんだか訳がわからなかった。どういうことだ? つまり、白川は私の推理が間違っていると思っているのか? 惣田も?
「ごめん、よくわからないんだけど、どういうこと? 私の推理が間違っている……?」
「そうです。間違っています。白川先輩はそう思っている。私もそう思います」
どこが間違っていた? 何か見落とした?
「状況がさっぱりわからない、って顔ですね。一度考えが思いつくとそこから抜け出せなくなるものですからね。最初から説明させてください」
「まず、あなたの推理に穴があること。あなたは、男子生徒が逢引するためにこの寮に入ったと推理しましたが、例えばそれは誰だと思いますか? 相手は?」
「いや、さすがに特定するのはまずいんじゃ……」
「確かにそうです。誰かを特定するのはプライバシーを侵害することになります。ですが、そういう観点で見る必要があるんですよ、この事件は。誰であれば、あの時間帯にこの寮に入ることができたのか? さらに、誰が相手であったら、あの時間帯にこの寮で待つことができたのか?」
惣田は一度言葉を切り、私たちに言葉が浸透するのを待ってから、話を再開した。
「白川さんの話を聞く限りでは、二年生は四時ごろ放課になったそうですね。白川さんは、その後すぐこの寮に戻ってきた。しかも、雨が降っていたから走って。ということは、白川さんはほぼ寮に一番乗りしたということです」
「そうなの、それを言いたかったの。途中で気づいたんだけど、言えなくて」
「そうなんですよ、白川先輩。男子生徒にしろその相手にしろ、この寮で待ち合わせるには時間が早すぎる。放課になった直後に寮から出てきたということは、それまでに逢引を済ませていたということだ。では、授業をサボって会いに行ったのか。なかなか情熱的だが、そうではない。授業をサボったのなら、わざわざ目立つ制服を着ている必要はない。あの時間帯で制服を着ていたのは、授業から解放された直後だってことを示している。だから、寮に入った男性は逢引が目的ではない…… これがあなたの説に対する反論です、先輩」
「でも、白川が言っていたのは2年の放課よ。他の学年であれば放課時間が早いかもしれないじゃない」
「そう来ると思いましたよ。でも違います。三年生はこの寮にいませんし、いたとしても、この時期に二年より早く終わることはないでしょう。さらに、一年生は刈谷だけです。そしてその刈谷は、昨日その時間帯には私といました」
「そんな、聞いてないわ」
「聞いていないならば聞けばよかったんです。あなたはこの可能性には考えも及ばなかったから、聞けなかったんですよ。これは別に勝負じゃありません。フェア、アンフェアを論じるのはお門違いです」
うっ、と言葉が詰まる。何か言い返したいが、理屈はもっともだ。でも、そういうことじゃない。別に私は推理勝負がしたかった訳じゃない…… 何もない自分が嫌だっただけで。そういう気持ちが惣田に言葉となってぶつかる。
「じゃあ、あなたはこの謎が解けたっていうの? 私の説を否定するなら何かあるんでしょうね?」
言葉が荒くなる私に相対しても、彼女が臆することはなかった。
「批判は必ず反論を必要とするわけではないですが、今回は私にも推理があります」
「あれは盗難ですよ」
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