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一人が立ち去ると、二人三人と立ち去る人が増えていき、残ったのは三分の一くらいだった。
「これだけの人に残ってもらえれば十分よ。さて、この問題について考えてみようじゃないの」
というと早速一人が立ち上がって、
「前提となる情報はさっき話したことで全部ですか? 何か言い逃していたことがあったり、他に目撃者がいたり、そういうことはありませんか?」
質問をしてきたのは、えっと、多分甘木とかいう人だ。同じ2年だがあまり関わりがない。
「目撃者はおそらく白川一人だと思うよ。白川、何かさっきの説明に補足はある?」
「いいえ、見たことは全て話しました」
白川はふてくされつつ断言した。やっぱりまだ推理することに納得していないらしい。しかし真面目な白川のことだ、見落としはあるまい。
「なるほど、では早速ですけど、私の意見を述べてもいいですか?」
「え、もう真相がわかっちゃったの?」
「真相ってほどでもないんですけど、やはり盗難である可能性が高いと思うんです。大きな傘は盗品を隠すためのものかもしれないし、制服も、寮に入るときに不自然にならないように着ていたんだと思います。とすると、これは事前に準備をして盗難をした、ということになります。犯人は通り魔的でなく、この寮を狙って盗難をしてんだと思います」
甘木某、なかなか積極的だ。しかもなかなか鋭い。しかし……
「じゃあ犯人はどういう人物か、ということですけど、犯人はストーカーだと思います。わざわざ学校の寮を、制服を着てまで狙う理由はそれぐらいしかありません。寮内でストーカー被害に遭っている人がいて、その人の私物か何かがストーカーに盗まれた、ということではないでしょうか」
「なるほど、ストーカー。確かになんで学校の寮を、って思ったけど、それなら辻褄が合うね」
早くも決着か、少し落胆したところに、別に一人が立ち上がった。確か芝本といったか。これも二年生。
「その説は真実とは言えないと思います」
はっきりとした口調で反論され、甘木は少したじろいだ。
「不自然でないように、制服を着て寮に入っていったというのはおかしいです。男子高校生の服を着た人物が、女性寮内を動き回るんですよ? 盗難ってことは、ある程度部屋などを物色しないといけないのに、それでは逆に目立ってしまいます。それなら、私服の方がまだ目立たないと思うんです」
そう、それだ。何か引っかかる感じがあったんだ。それが原因だ。女子寮に学ランで白昼堂々と入っていく様子を無意識に想像したときに、違和感を覚えたんだ。
「そんな目立つ格好で女子寮に入ったのは、おそらく別の理由があったからだと思います。と言っても、これという説はないんですが……批判だけですいません」
甘木はむっとしていた。私も同じ立場だったらいい気はしないだろう。しかし間違っているのは明白だし、飲み込むしかない。だから甘木も何も言わなかった。
「何か他に説がある? 犯人はなぜ、わざわざ学ランを着て、女子寮に入ったのか」
顔を見合わせて小声で話したり、辺りを見回したりする人はちらほらいるが、新しい意見は出てこない。私も全くわからない。いつもそうだ。他人にできることは他人並みにしかできず、他人にできないことは私にできない。自分にはこれがある、と言えるものが見つからない。
意見が出ないまま諦めかけるムードになりつつあるとき、白川が立ち上がった。
「やっぱり、私たちで解決するなんて無茶だったのよ。警察に相談しましょう。その前に学校に連絡すべき……? そういえば、制服を着ていたのは私たちの学校の生徒だったのかな。それとも外部の生徒だったのかな」
白川が何気無く言った一言が何かを誘発して、それが思考に引っかかる。内外から流れてくる言語に押し流されないように、必死にそれを引き上げる。
「制服を着ていたのは私たちの学校の生徒だったら? 今まで完全な部外者として考えていたけど、同じ学校の生徒だったら、何をするだろう?」
「同じ学校の生徒がわざわざ寮内に? しかも制服で? 何を盗むっていうんですか」
「盗難じゃないと思う。わざわざ同じ学校の寮を、しかも生徒だとわかる格好で盗難に入るのはやっぱり変だよ。なら? 第三者が盗難の目的以外で寮内に入るのは変だけど、同じ学校の生徒だったら?」
「……やっぱりわからないんですけど」
「相手がいたんじゃないかなと思うんだよ。つまり、この寮内に生徒を待っている人がいて、学校の帰りにその人と会うつもりだった、とすれば寮内に入った理由も、制服であった理由も、辻褄があうんじゃないかな」
「でも、それなら白川さんから隠れる理由がわかりません。ただの待ち合わせなら一目をはばかる必要はないはずですよ」
「一目をはばかる待ち合わせ……逢引とか?」
一同、少し疑問符が浮かんでから、それを飲み込んだようだった。
「それなら辻褄は合うと思いますけど、それは幾ら何でも……」
「……下衆な想像だろうって? 確かにそうかもね、でも他に理由があるのかなって」
確かに品のいい想像ではない。我ながらここに回路が繋がった自分が疑わしい。だけど、これなら方法も動機も堅い。崩れない。
私が事件を解いたのだ。偶然かもしれないけれど、今まで登れるはずがないと思っていたものに、足掛かりが見つかった気がする。
白川はただでさえ納得いっていなかったのに、こんな結論が出て、さらに機嫌を悪くしたようだ。意識して私と目を合わせないようにしている。
結局、この結論のまま解散となった。何人かは、私になぜわかったのか、と聞いてきて、まんざらでもなかった。甘木と芝本は2人でまだ何かを議論しているようだったが、去り際、私の方へ来て、
「考え直してもあれが真実かなと思います」
「悔しけれど穴はないと思う」
と言い、帰っていった。
私も、自分の部屋に戻ることにした。
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