特別編 それからどうした!


 ここは……どこだ?




 ――暗い……だけど、不安は感じない……俺は確か無数の手に連れて行かれたはず、だけど……


 俺は体が揺蕩っているような感覚を覚え、少しもがいてみるも動いているという感じは無かった。


 <ようこそ>


 !?


 声……? はっきり聞こえたぞ……暗い……立っているのか寝ているのかすらわからん……


 <大丈夫、ここは私の世界>


 お前の……? 一体どういうことだ? アウロラの知り合いか何かか?


 <そうではない。この世界はどことも繋がっていない、切り離された世界>


 ……異世界行きが決定したと思ったら、切り離された世界だって? いきなりゲームオーバーかよ!?



 <まあ落ち着け、お前はお前の意思と関係なくここへ来たのだ。最近一人、やってきたからお前で二人目だな。実に面白い>


 俺の意思じゃなく……? ならお前が呼んだんじゃないのか?


 <ここは隔離されたどこにでもあってどこにも無い世界。私は誰かを呼ぶことはできない>


 お前は……何なんだ?


 <私は自分を『渡り歩く者』と呼んでいるわ。まあ、そう告げる相手も居ないのだけどね>


 でも二人目なんだろ?


 <そう。これは珍しいこと。私は人の『願い』で出来た存在でね。困った時の神頼み、という言葉があるだろう? あれは人々の願いの力なんだ。それがいつしか具現化した存在、それが私と言う訳。お前の『死にたくない』という願いはとても強かったから、恐らくここに呼ばれたのだろう>


 ふうん、何かよく分からないけどこんな暗いところで一人ってのは寂しいもんだな……それより死にたくない想いが強いのは当然だろう? そもそもダンプに轢かれてあの世行きだし、異世界は自力で魔物と戦うような場所だぞ。寿命まで生き延びたいよ俺は。寿命だけに!


 <お前も面白い奴ね。ここに来たら願いを叶えることができるわ。あなたの望みは死にたくない。それでいい?>


 まあな。簡単に死なないようにしてくれたら助かる。


 <それならスキルを一つあげる。ナビゲーターを>


 ナビゲーター? そんなのが役に立つのか?


 <大丈夫、だって――>





 ◆ ◇ ◆





 「ん……」


 「あ、起きた。よく眠っていたね? んふふー」


 ルルカが俺の顔を覗き込みながら微笑む。辺りを見渡すと俺の部屋で、ベッドに寝転がったままいつの間にか眠ってしまったらしい。


 「ふにゅあー」


 「チャーさんもお目覚めか。何か用があったんじゃないか?」


 「あ、そうだった! さっき電話があって、ティリアが来るって。ご馳走を用意しておかないといけないから手伝って欲しいんだ」


 「……芙蓉とメリーヌもいるだろ」


 「チッチ……甘いよ、レシピも大事なんだ。特にカケルの異世界レシピはティリアの琴線に触れるからね! それじゃ、厨房で待ってるよ旦那様♪」


 「それは止めろ」


 舌を出して部屋から出て行くルルカに嘆息しながら、俺は着慣れた上着を羽織り廊下へ出る。


 「ふう、寒くなって来たな……」





 ――俺と芙蓉が帰還してからそろそろ半年が経とうとしていた。まさか戻ってみると三年も経っているとは思わなかった。

 みんなと再会したアウグゼストは大聖堂としての役目を捨て、更地になっていて、そこに俺の銅像を建てたわけだが、俺と芙蓉が生きていると知り、当時の聖女ユーティリアの適当な一言で人生が変わってしまった。


 「この土地、魔王で世界を救ったカケルさんが使えばいいじゃないですか! 新しい国を建てましょうよ!」


 「はああああ!?」


 大胆不敵、電光石火というフレーズがぴったり合う。そこから話は早かった……


 「カケルが国を興すのかい? なら手伝わない訳にはいかないね」


 レリクスがそんなことを言い出し――


 「ふむ、国とな!? ではわが国だけでなく世界を救った英雄殿のために力を尽くすぞ! あ、ファライディは友好の証で貰ってくれ! わっはっはっは!」


 ハインツさんもノリノリで――


 「王になるのか。ではウチのリファルを嫁に……え? 間に合ってる? マジ?」


 ジェイムズさんは困惑していた。


 あれよという間に資材が集められ、俺はここ、アウグゼストに国を構えることになったのだ。あ、名前もそのままアウグゼストにしたよ? まあここまでなら問題なかったんだけど、


 「国王だったら妻がいっぱいいても問題ないのう。というかそういう国にしようではないか」


 メリーヌのそれが、いけなかった。


 「じゃあボク立候補ー!」


 「もちろんわしもじゃ。嫌とは言わんな……?」


 「目が怖いよ師匠……」


 「わたしもいいよねカケル……?」


 「トレーネ……諦めてなかったのか……」


 グランツとエリンは結婚して今は自分の村にいるのだが、トレーネは帰らなかったのだ。名目はメリーヌ師匠に師事されるという話だったのだが……


 「そして正妻はこの私! 英雄の片割れ芙蓉さん!」


 「あ、ずるい! ボクだって今はスマホを量産して大富豪なんだよ! ボクでもいいよねー?」


 「むう……わ、わしは……わしは……ぐぬう、何もない……」


 「師匠、結婚できるだけでも前進したから、そこは涙を呑むほうがいいかも」


 「トレーネ……成長したのう……」


 という茶番劇の後、俺は四人と結婚。まだ子供は居ないけど、農作物を作ったり釣りをしたりしてそれなりに楽しい生活を送っている。アンリエッタはビーンと結婚したとグランツから聞いている。最初に出会って魔王のフェロモンでやられたと思われるアンリエッタもきちんと結婚していて良かったと思う。




 「ま、色々あったよな、ここ最近」


 国王という立場上、冒険をしていた頃より忙しい気もする。まだ少ないけど、アウグゼストの人達や、アヒル村の人達をきちんと見守っていかなければならないからだ。


  ……お? 前から手振りながら迫ってくる人影が見えた。


 「カケル殿ー!」


 「あれ? エドウィンさん、どうしたんだ?」


 「呼び捨てでいいと言っておるでしょう。……クロウとアニスが来ましたぞ」


 大聖堂の枢機卿だったエドウィンさんはウチの宰相になった。この人、根が真面目なので適当な俺のサポートに丁度いいと抜擢した。ユーティリアも城に招きたかったけど、のんびり暮らしたいということで城下町に居を構えてたまに遊びに来るくらいにとどまった。


 「お、いいタイミングだな。ティリアも来るみたいだから、パーティだな。今から料理を作ってくる。二人は自室で休んでいるよういっておいてくれ」


 「かしこまりました。……ウェスティリア様ですか……またエンゲル係数が上がる……」


 ぶつぶつ言いながら頭を下げて去っていく。


 「クロウとアニスも久しぶりだなあ。あいつらが冒険者になって世界中を旅するとか考えられなかったな」


 「にゃぁん」


 「お、チャーさんもそう思うよな?」


 すっかりただの猫になってしまったチャーさんを頭に乗せ、俺は廊下を歩く。ふと外を見ると――


 「お、雪か……どおりで寒いわけだ。ルルカに暖房器具でも作ってもらおうかなあ」


 そんなことを考えていると、ふとあることを思いだす。


 「そういえば芙蓉が暦自体は地球とそんなに変わらないって言ってたっけ? ……今日は、二十五日か……よし、これだ!」


 俺は厨房を目指して走り始めた。

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