ーエピローグー

 


 ――あの戦いから三年が経った。





 「クロウ君、お昼どうする?」


 「どうせ向こうでみんな集まるんだ、我慢しよう」


 「うん。チャーさんはミルクでいい?」


 「にゃー」


 

 僕達は世界の終わりを目の当たりにしていたけど、気付けば全て元通りになっていた。暗かった空も青く、崩れていた礼拝堂もまるで新品のように。そして苦しんでいる人が居なくなったのを見て、アウロラは倒されたのだと分かった。


 でも、世界を救った張本人が戻ってくることは無かった――




 「ティリアさんに会うのも久しぶりだね」


 「一年くらい前に誕生日パーティで見たっきりだもんな……マッセルさんが相変わらず僕に食べ物を進めてくるのはまいったかな……」


 「にゃー」


 チャーさんとハニワゴーレムのへっくんはアウグゼストの近くの草原でカケルのリュックサックと一緒に倒れている所を発見され保護。

 へっくんは主人のトレーネさんが引き取り、チャーさんはアニスが主人みたいなものなので今は一緒に暮らしている。

 だけど、何故かチャーさんは人の言葉を喋らなくなってしまった。相変わらずふてぶてしい態度をするけど少し寂しい気はする。

 

 そんなことを考えていると玄関がノックされ、アニスが出るといつもの穏やかなティリアさんが立っていた。


 「こんにちは! 久しぶりですねクロウ君、アニスちゃん! さ、アウグゼストへ行きましょう!」


 「ルルカさん達は?」


 僕が尋ねるとティリアさんは外を指差して答えてくれる。


 「もうファラィディに乗ってますよ! 行きましょう」


 「行こう、クロウ君」

 

 「にゃー」


 「待たせたら悪いし、行こうか」


 「うふふ、男の子はクロウ君だけだね♪ キレイどころばかりで嬉しい?」


 とか言うアニスも三年でとんでもなく美人になった。ティリアさんは子供っぽいところもあるけど、相当の美人さんである。そしてルルカさんにリファさん……カケルがよく手を出さなかったものだと、こうやって囲まれることがある今では尊敬に値する。


 「あ、来た来た! 久しぶり! 近くに住んでいるのにあんまり遊びに行けなくてごめんね」


 「何か足りないものがあったら遠慮なく言うんだぞ?」


 「リファさんに頼むとスケールが違うからなあ……」


 僕とアニスはエスペランサ王国の城下町に住んでいる。聖女様の下で暮らすのも悪くなかったけど、カケルが戻ってくるならルルカさん達の下だろうと思ってエスペランサに居を構えた形だ。最初はどこの貴族が住むんだって家を案内されて困ったんだよね……

 

 ちなみにルルカさんは相変わらず城で研究に没頭しているらしい。スマホを簡単な物に改良してエスペランサ王国で普及させはじめちょっとしたお金持ちになっているのはすごいと思う。だけど、やっぱり寂しそうな顔を見せる時があるのは可哀相だなと思う。



 「”燃える瞳”も来るんだっけ?」


 「そうだよー。昨日スマホで連絡をとったけどメリーヌさん元気そうだったよ!」


 「……あの時はまさかメリーヌさんが燃える瞳に加入するとは思わなかったです」


 同じく寂しそうなメリーヌさんとトレーネさんは、カケルを探すんだと言って何とパーティを組んで旅に出てしまった。今はトレーネさんの師匠として名うての冒険者になっている。

 

 だけど、グランツさんとエリンさんは村へ戻って結婚し、エリンさんは冒険者を引退した。まあ子供が出来たから仕方ない。グランツさんは燃える瞳をメリーヌさんとトレーネさんに譲り、村で冒険者と農家の二足草鞋をしているのだそう。


 「今回はあの時あの場所に居た人だけ来るんだよね。魔王……今は勇者も全員だよね?」


 ルルカさんがリファさんに尋ねると、リファさんがため息をついて口を開く。


 「それとネーベルとクリーレンが来るそうだ。まったく、式を引っ掻き回されるのはごめんだぞ……」


 【ガウ、ガウウ】


 何か良く分からないけど、ファライディは楽しそうに鳴いていた。こいつも、結局エリアランドには帰らなかったんだよなあ……

 ティリアさん経由で国王に言ったらしいけど、引き取りにきた騎士団長の言うことを聞かなかったんだ。こいつも本能的にカケルが戻って来るならルルカさん達のところだと思っているのかもしれない。後は、まあ……月島と戦った山にドラゴンの巣があって、そこで雌のドラゴンといい感じになったせいもあるけどね。


 

 そして飛びに飛んで一昼夜。ファライディは疲れを見せることなくアウグゼストへ到着する。かつて『聖華の都』と呼ばれた面影はなく、デヴァイン教を解体したため人はそれほど多くないのだ。下を見ると手を振って迎えてくれる聖女様が見えた。


 「お久しぶりです―!」


 「お久しぶりです聖女様」


 「クロウ君ったら。私はもう聖女ではありませんよ! アニスちゃんも久しぶり、堅物になっちゃって苦労してるんじゃない?」


 「ふふ、そうですね。クロウ君だけに、ですね」


 「アニス……」


 僕が呆れていると、元枢機卿のエドウィンが肩を叩いて話しかけてきた。


 「クロウか、三年ぶりだな! 立派になった」


 「お久しぶりです。僕はまだまだですよ。二人で食べて行くのがやっとです」


 「積もる話はあとあと! もうみんな揃ってるわよ!」


 ユーティリア様に押されて僕達は大聖堂……いや、元大聖堂を目指す。最後の戦いの後、大聖堂も解体してそこにある物を建てると皆で話しあったから。


 広場になった元大聖堂に到着すると、先に来ていた人たちが話しかけてきた。


 「おう、クロウか。また強くなったな……? 後で俺と戦おうぜ?」


 「嫌です。フェルゼンさん、勢いがつくとまいったって言っても襲ってくるんだから。そんなことだからメリーヌさんに振られるんですよ?」


 「う!? ……あれは、だな……死んだ女房に性格が似てて……」


 うん、フェルゼンさんにはこれでいじろう。そう思っていると、その張本人がやってくる。


 「わしはカケル一筋じゃからお主と一緒にはなれん! ……クロウよ、息災であったか」


 「メリーヌさん、トレーネさんも!」


 「うん、元気そうでなにより。アニスとはどこまでいった?」


 「うええ!? ……ぜ、全然ですよ……」


 「……」


 必死で隠そうとしたが、僕の横で顔を赤くして俯いたアニスが全てを物語ってしまい、トレーネさんは満足そうにうなずいた。勘弁してほしい……


 「来たか。良い作品になったぞ」


 僕とアニスがからかわれていると、エルフの森で芸術家として活動するバウムさんが手を上げながら近づいて来て言う。それにティリアさんが返事をする。


 「あ、バウムさん! 今やバウムさんの絵や彫刻は有名ですからね! 楽しみです!」


 「はっはっは、期待してくれ! それじゃまた後でな」


 そして相変わらずというか、ラヴィーネさんにまとわりつくネーベルさんに、何故かクリーレンに引っ張りまわされるギルドラが端に見え、ブルーゲイルの面々にグランツさんとエリンさんを見つける。


 「グランツさん達も来てたんですね」


 「ああ、久しぶりクロウ君。そりゃ、この日は特別だからさ」


 「そうそう、世界が救われて三年……ようやくアレが完成したんだし! 持ってきたんでしょ?」


 子供を抱えたエリンさんが僕の背を見てにこっと微笑むので僕は背中のリュックを掲げて見せた。


 「……懐かしい」


 「さて、揃ったようなので始めるとしようか」


 トレーネさんがカバンをみて呟いていると、そろそろお披露目の時間のようだった。バウムさんの声で一斉に広場の中央にある布がかけられた像に注目する――








 ◆ ◇ ◆




 「……行ってしまったか」


 「みたいね……間に合わなかったわ……」


 『……池に落ちてしまった二人はどうなってしまうか私にも分かりません。しかし恐らく寿命を使いきったのであれば泡となって消えてしまったと考えるべきでしょう……残念ですが……それよりあなた方はどうしますか?』


 「いや、むしろ俺達はどうなるんだ? あの冥界の門とやらから出て来たんだが、元の世界に戻れるのか? ああ、一応女神に知り合いがいるんだけど……」


 『そういえば先程エクソリアの名を出していましたね? 彼女とその姉が創った世界なら恐らく戻れるかもしれません。ただ、とある世界で人間の数が減っている場所がありまして……もしよかったら、そこで子を育てて生きて欲しいと思います。強制ではありませんが……』


 「……みんな心配してると思うから難しいわね……」


 「ま、俺達の世界がどうなっているかだけ教えてくれよ。それで考える」


 『分かりました。ではこちらへ――』


 

 異世界からの来訪者、ディクラインとアイディールはノアに導かれアウロラの部屋を後にする。主の居なくなった部屋には白いテーブルセットと、世界を覗き見ることができる池があるだけだった。



 ちゃぷん――






 ◆ ◇ ◆





 ゴボゴボゴボ……



 (俺は……いったい……水の中……?) 


 (あそこに見えるのは……芙蓉か……動いていない……死んだ、のか……お互いいい人生じゃなかったな……)


 すぐそばに見えるのに、手足は一切動かず俺は動くことを諦めた。


 (ああ、眠い、な……下に見えるのは……ペンデュースか……良かった、ちゃんと蘇ってる。俺達の頑張りは無駄にはならなかったぞ芙蓉……)


 俺は水の中で揺蕩う芙蓉を一瞬だけ見て、目を瞑る。これでいい、異世界人の俺と芙蓉は居なかった。それでいい……


 このまま眠ったら二度と起きないだろう。そんな予感はあったが、不思議と怖くなかった。親を殺した俺が世界を救ったなんて、どういう冗談だろうな。


 (母さんに会ったら謝るか……)


 人知れず、闇を払い―― みんなの笑顔を守る――


 (――それが、俺の運命なら――何度だって立ち上がる――孤独の戦士――)


 不意に、俺の頭に死ぬ直前で聞いていたアニソンがよぎる。だが、口ずさむ内に俺はフッと笑う。

 

 (俺は孤独じゃなかったけどな。ああ、あの世界は楽しかったな。みんな元気で――)


 いよいよ意識が遠くなってきたところで、俺の肩に違和感を感じ、うっすら目を開けると、『生命の終焉』が、芙蓉の体を俺の隣に引き寄せてきていた。


 <お疲れ様でした、カケル様>


 <姉ちゃん自慢の弟だよ……>


 <うぐうぐ……ミニレアはご主人がご主人で良かったです!>


 (ナルレア……姉ちゃん……ミニレア……俺が死んだら消えるのか、な?)


 <……そう、ですね。今までありがとうございました……ただのスキルとして産まれた私を対等に扱ってくれたご主人に感謝します>


 (よせやい、俺も助かったからおあいこだっての……)


 <……ふふ、そういうと思っていました。そんなご主人様にお礼を。これが私最後のスキル……>


 (……? 何をするつもりだ……?)


 <元気でね、懸。お母さんには私から謝っておくから>


 (姉ちゃん?)


 泣き笑いの顔でそんなことを言う姉ちゃん。その後ろにすっと現れる影があった。


 <……お前に任せる。芙蓉を頼んだ>


 「ふっふ……クロウとアニスを頼んだぞ、この我が弟子よ……」


 (お、お前達は……!? ああ、ダメだ……眠く……)



 <うぐ……えぐ……おねえちゃん……>


 <しっかりするのですよ、ミニレア……行きます! 『魔王の終焉』『生命の慈悲』!>


 (ナ、ナルレア……! お前は――)


 <さようなら、カケル様。あの暗闇でからっぽだった私を連れて行ってくれて、本当にありがとう――>


 







 ◆ ◇ ◆







 

 「……バウムのやつ、話がなげぇな……」


 「まあ、最高傑作だと自負しているからこそ、ですよね……でもご馳走を前にしてこれはきついです……!」


 苛立つフェルゼンさんに、涎を出すのをこらえているティリアさんに苦笑しつつアニスとその時を待つ。それから程なくして、像にかけられた布が剥ぎ取られた。


 「わあ……」


 「……あれは……カケルと芙蓉じゃな……」


 剥ぎ取られた布の下には、カケルと芙蓉さんが並んで立つ像があり、ルルカさんとメリーヌさんが涙を滲ませながら見入っていた。やはり忘れられないのだろう。


 「ふむ、俺は少ししか見ていないが良くできているのではないか?」


 「むう、グリヘイドにそう言われるとちょっと自信がなくなるな」


 「何故だ!?」


 グリヘイドがバウムさんへ食って掛かっていると、ベアグラートが顎に手を当てて目を細めていた。


 「しかし俺もいい出来だと思う。世界を救った異世界人二人の像だ、縁起もいいだろう」


 「そうですね。きっとお二人も喜ぶと思います。……魔王や勇者同士が感知できるはずなのに、この三年間カケルさんの反応はありません。諦めきれませんが……」


 「……」


 「……」


 ティリアさんの言葉を聞いてルルカさんとメリーヌさん、トレーネさんが俯く。それに気づいたエリンさんが気を利かせて僕に声をかけてくる。


 「ほ、ほら、クロウ君! あれを」


 「分かった」


 僕は像に近づき、カケルの背に愛用していたリュックを背負わせる。すると、あちこちから拍手が飛びかった。


 「あーそれっぽい! カケルさんいっつも背負ってたし!」


 「そうじゃな。それでこそ、という感じもするわい」


 「……帰ってこないのかな……」


 寂しく笑う三人を見ていたたまれなくなった僕は、カケルの像の頬を叩きながら呟く。


 「……世界を救ってもお前が帰ってこないんじゃ意味が無いだろ……どこをほっつき歩いてるんだよ……」


 「クロウ君……」


 アニスが僕の肩に手を置いて微笑むと、ユーティリア様がパンパンと手を叩いて大声で叫んだ。


 「さあさ! しんみりするのはまた後で! 今日はみんなが久しぶりに集まったんだから騒ぎましょ! お酒ももちろんあるわ!」


 そう言ってジョッキをぐいっとあおるユーティリア様。それを見て笑いながら、乾杯の音頭を取って騒ぎ始めた。だが、その時、広場の門の前が騒がしいことに気付く。



 「今日はパーティで広場は貸切なんだ、悪いが他をあたってくれ。フードを被った怪しいヤツを通すわけにはいかん」


 「あ、それもそうか。多分みんな知ってる顔だから大丈夫だって」


 この声……どこかで……


 「ほら、これでどうだ!」


 「……? うーん、見かけない顔だな……」


 「おろろろろろろ……」


 「きゃあ!? ちょっと、急に吐かないでよ!? ごめんなさい、どうしてもダメかしら?」


 「うーん、ちょっと聞いてくるんで待っててください」


 「お構いなく」


 「構うわよ! 何のためにここまできたの!?」


 間違いない……! 僕が走り出そうとする前に、ルルカさん、メリーヌさん、トレーネさんが走る。そうだよな、ここは譲ってあげるのが筋ってものか。


 僕はゆっくりと、アニスと手を繋いで歩き、門の前へと行く。もみくちゃにされている人影が僕達を見て手を振って気軽に声をかけてくる。


 「よう、元気そうだな! ってかでかくなったな!」


 まったく……本当に……こいつは期待を裏切らない……


 「あたりまえだ! どれだけ経ったと思ってるんだよ! ……おかえり!」


 「おかえり、カケルお兄ちゃん」


 「おう、ただいま!」


 そう言ってカケルはニカッと歯を見せて笑うのだった――








 ~Fin~










 ---------------------------------------------------




 【後書き劇場】



 というわけで『俺のスキルが回復魔『法』じゃなくて、回復魔『王』なんですけど?』


 これにて終幕でございます!


 いかがだったでしょうか? 色々反省点もありますが、まずは完結で来て良かったなというのが作者の感想です(笑)

 

 どうしてカケルが助かったのか? など、謎はありますが、これは後書き劇場ワイド版などでいつか書けたらなと思っています。


 ここまで読んで下さった読者の皆様の応援のおかげです! 本当にありがとうございました! 次回作と既存進行している作品でまたお会いしましょう!

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