最終話 世界を回復する魔王
「エアモルベーゼ……アウロラ……」
冥界の門は扉を閉じると、徐々に薄くなり消えて行く。
あれだけ頑なに反発していたアウロラは何を持って心境を変えたのか分からないが、今はそれを考えている時間は無い。俺は芙蓉の手を引いてチャーさんとへっくんのいる池の前へと移動する。
「チャーさん様子は?」
「良くない。光翼の魔王とクロウがかろうじて意識があるようだが時間の問題だ」
池を覗き込むと、真っ暗な世界が徐々に崩壊を迎えつつあった。
「さて、アウロラの言うとおりなら『魔王の慈悲』を使えばいけるらしいが――」
俺が呟くと、ディクラインさん達も池の前にやってきて俺達に喋りかけてくる。
「これは酷いな……俺達が敵対していたヤツもここまではしていなかった。で、何とかなるのか?」
「ええ、アウロラが最後の教えてくれたスキルを使ってみようかと。ディクラインさん達はどうするんですか?」
「私達は……どうしようかしら?」
俺の問いにアイディールさんが首を傾げて呟く。冥界の門を通って来たのならそれで帰れそうだけど、すでにアレは消えてしまった。
「カケルさん、お二人には悪いけど後回しにしましょう。まずはみんなを!」
「お、おお、そうだな! よし『魔王の慈悲』!」
池に手を突っ込んでスキルを発動させるが、まるで反応が無い。ステータスを見ても寿命が減っている様子もない……
「……やり方が分からん!?」
「この池くらいしか干渉できそうなところは無いしここで間違いなさそうだけど……」
「ええい、やれるだけやってみる!」
俺は何度も言い方を変えたり、魔力を込めたり、人が助かるイメージをしたりと手を変え品を変えやってみたがまるで変化はなく、徒労に終わる。
「はあ……はあ……あの野郎、最後に吹いたんじゃないだろうな!」
「大丈夫カケルさん? もう問いただすこともできないし……何か方法がないか探してみるわ」
芙蓉が俺の肩を支えながらそう言ってくれる。しかしこの白い空間にはテーブルセットと祭壇っぽいものしかない。手がかりがあるだろうか? そんなことを考えていると、俺達に声がかかった。
『それではダメなの。私の言うとおりにして欲しい』
「あんた……確かノア、だっけ?」
俺が名を尋ねると、ゆっくり頷き俺と芙蓉の前に立ち、告げてきた。
『事情は概ね把握しています。世界を救うためには『魔王の慈悲』を使うけど、その後すべきことがあるの。さあ、池に手を入れて』
言われるまま俺は再び池に手を入れる。
「これでいいのか? さっきもやったけど……」
『はい。では、目を閉じ、あなたが歩いて来た世界を、正常だった世界を想ってください』
これもさっきやったんだけどな、と思いつつ出来る手はやるしかないと目を閉じる。
『最後です。そのまま一つ大きな柏手を鳴らしてください』
「こうか……?」
パァーン――
池の中に手を入れていたはずなのに、とても澄んだ音が鳴り響く。そしてシン、となった次の瞬間、俺の体に異変が起こる。
ズズズズ……
「うお!? じゅ、寿命が……!」
池に突っ込んでいる俺の手から、それこそ眼下に見える世界に向かって『魔王の慈悲』が発動した! ステータスを開くと、まるでドラムロールのように数字がどんどん減っていく。
だが、その代わり、まず世界の暗闇が消え、絶えつつあった草木や水が元に戻り始める。
「う、お、お、お……!! か、体が……千切れそうだ……!」
「カケルさん!? ノア、これで合っているの?」
芙蓉が俺の体に手を回し、後ろから抱きしめる形で支えながらノアに尋ねるとノアは頷いて答える。
『地球の方ならこれが一番わかりやすいと思ったから。”柏手”は魂に作用するもの。それをすることにより
なるほどな、確かに一番わかりやすい例だ……! し、しかし……
寿命残:39,750,102
「寿命がかなり減ってきた……! まだ三分の一も再生していないのに、これじゃ世界は戻っても人間達まで行き渡らない!」
『それは仕方がないわ。あなたの寿命はかなり多いけど、世界全部を補完できるほどじゃない。ただ、人間も絶滅するわけじゃない。復興は望めるわ』
淡々と言ってくれる……だが、確かに限りある寿命でできることはここまでか……
<……いえ、まだ手はあります>
「何!?」
突然ナルレアの声がしたかと思うと、肩からブワッと二つの黒い腕『生命の終焉』が飛び出して芙蓉の体を包み込んだ。
「きゃあ!? ちょ、ちょっとどこ触ってるのよ! カケルさんのエッチ!」
「風評被害だ!? 俺が操ってるわけじゃないぞ! ナルレア、どういうつもりだ!」
<申し訳ありません、芙蓉様。色々策を考えたのですが、これしか手立てがありません>
「どういうこと?」
<……芙蓉様の寿命を貰います。そして、それをカケル様に渡します>
「あ! なるほどね! いいわ、好きなだけ持っていって!」
そうか! 芙蓉は不老不死だ、生命の終焉で吸収すればいくらでもいける――と、思っていたのだが、ナルレアは深刻な声で芙蓉に言う。
<そう言うと思っていました。ですが不老不死の寿命を奪うという行為で芙蓉様の身になにかが起こる可能性が未知数なのです。もしかするとスキルが消えてしまったり、オーバーフローを起こして一気に老いて死んでしまうということも考えられるのです>
ゴクリ、と芙蓉が汗を垂らして唾を飲みこむ。老いた芙蓉はあまり見たくないな、と口を挟もうとしたが、それよりも早く芙蓉が答えていた。
「……覚悟の上よ。カケルさんも寿命が無くなったら死ぬんだし、私だけが命欲しさで逃げるなんてできない。いいわ、やって」
<芙蓉ちゃん、こんなところまで来ても危険にさらされるなんて……>
姉ちゃんが寂しげに声を出すと、芙蓉は微笑みながら言う。
「いいんですよ。300年生きてきて、ようやくカケルさんに再会することができてうれしかったんですよ。最後は好きな人と一緒なら、それもいいかなって」
<申し訳ありません、芙蓉様……いきます『生命の終焉』!>
「ぐ……!?」
「これは……!?」
芙蓉が小さく呻いた瞬間、俺の体に力が湧くのが分かった。どくん、と黒い手が脈打ち、芙蓉の寿命を吸っているのだ。
「だ、大丈夫か?」
「平気よ……!」
「ならこのまま世界を!」
ズズズズズ……
寿命が世界に流れ込み、再生していく。緑は蘇り、動物も目を覚ましていく。
「ぐううう……! 頭が割れそうだ……!」
寿命残:9999%&#"$('&#"
不老不死の芙蓉から吸っているからか、ステータス表示はすでにおかしくなっていて、俺の意識はいつ持っていかれてもおかしくはないくらい激痛に見舞われていた。そんな中、チャーさんが叫ぶ。
「お、おい、カケル! お前目から血が出ているぞ!?」
「あ、ああ……実を言うともう殆ど見えていないんだ……どうだ、人間は復活したか……?」
「……うむ、吾輩が見るにアニス達も一命を取り留めたようだ。まだ終わらないのか?」
「~! ~!」
チャーさんが心配そうな声を出し、へっくんが俺の手に抱きついてカタカタと震えていた。大丈夫だ、もうすぐトレーネ達のところへ帰れるぞ……
「う……」
<芙蓉様!>
<おねーちゃん!>
「どうした!?」
「な、なんでもないわ……つ、続けて……」
くそ、見えん……! おいナルレア、芙蓉はどうした!
俺は心の中でナルレアに聞くと、姉ちゃんが答えてきた。
<芙蓉ちゃんの不老不死、無くなったみたい……寿命が……>
何だ、寿命がどうしたんだ姉ちゃん!?
<これ以上は無理ですね、世界復興まで後少しなのに……!>
ナルレアが悔しそうに言うので、俺は心の中でステータスを見る。
寿命残:4,851,074
はは、随分減ったなぁ。ナルレア、この寿命で後どれだけ救える?
<……全部使えば、99%、完了します……>
全部じゃないのか……それは残念だ。最後まで振り絞ろう。すると、気絶していた芙蓉が目を覚ます。
「つ、繋がっているからかしら心の声は聞こえていたわ……なら私のを全部使えばどう……?」
<芙蓉様の残りを使えば100%、完了します……ですがお二人が死んでしまっては意味が……!>
「そういうわけにはいかないみたいなんだよ……クロウと――」
「ティリアが目覚めてないのよね。初代光の勇者としては、見過ごせないわ」
「……芙蓉、悪いな」
「いいのよ。どうせ死んでいた命だもの」
<や、止めてください!?>
<おにーちゃんダメなの!>
<懸……>
ナルレアとミニレアが止めようとして来るが、そこはマスターである俺が主導権を握っているため二人を黙らせる。姉ちゃんは何となく笑っているような気がした。
「悪いな、スキルの主導権は俺にある。……エアモルベーゼが俺を『回復魔王』にしたのは、もしかしたらここまで見越してのことだったのかもな……」
するとディクラインさんとアイディールさんが声をかけてきた。
「俺にできることは無さそうだから見守っていたが……最後に言っておきたいことがあったら聞いておくぞ」
「≪ヒール≫ 少しでも痛みが和らげばいいけど……」
「……二人がどこから来たか分からないし、この後どこへ行くのか分からないけど、最後に一つだけ――」
「――よ」
『(アウロラ様、エアモルベーゼ様。お二人は人間の『可能性』に惹かれ、嫉妬していたのですね……世界は私が引き続き見守ります。どうか、ゆっくりお休みを――)』
「さあて、回復魔王、最後の大仕事だ! 『生命の終焉』芙蓉の命を吸い尽くせ! 『魔王の慈悲』よ、世界に命を!」
<カケル様!?>
――そして俺と芙蓉の意識はぷつりと途切れた――
NEXT・・・・・・
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