第二百七話 光の大神殿
【ここだな】
「ああ、破壊神の力の一部を封印している光の大神殿だ」
シュラムが崖下に見える神殿を見下ろし、ギルドラが返答をした。出発からほぼ休憩なしで移動した甲斐があり、本来五日はかかる日程を二日に縮めていた。
だが――
「そ、そろそろ寝かせてくれないだろうか……」
ギルドラもまた休憩をしていないため、寿命が縮んでいた。
「どうするシュラム? アタシは少し休憩でもいいけど」
【そうだな……まあ死んだら死んだで封印を解く役には立つからいいけどな】
「笑えん……しかし、急に魔物の数が減ったな……」
神殿のまではすり鉢状になっていて、馬をゆっくり歩かせないと崖から落ちてしまうくらい狭い道を降りていく一行。道中何度か魔物と戦いながらやってきたギルドラが首を傾げて、いや、こっくりこっくりしながら口を開く。
「意外と知らないんだね? アタシ達が封印された神殿や洞窟は魔物が寄って来ないように勇者たちが防御壁を張っているんだ。他の神殿に行ったことないのかい?」
「……闇の場所には行ったことがある。そういえば石像の悪魔しか見ていない気がするな……」
【うむ。ガーゴイルというやつだな。万が一、神殿に近づこうとする輩を追い払うための措置だろう。知っての通り、人間が石碑に手を触れただけで解けるのでな、恐怖を呼び起こす為あのような石像を用意したのではないかと思う】
「ま、封印された後のことだからアタシ達はよく知らないんだけどね」
シュラムが特に気にした風も無く、ネーベルがあっけらかんと言い放つ。ギルドラはそれもそうかと、眠い頭を揺らしながら入り口に辿り着く。
「ね、寝るぞ……」
「添い寝は?」
「要るか!? ぐう……」
毛布にくるまりあっさりと意識を手放すギルドラ。二人が破壊神の力の一部というのすら忘れるほど疲弊していた。
【やれやれ、折角ここまで時間を短縮できたのにな】
「アタシ達と違って、人間は食事と睡眠は必須なんだ。少しくらい寝かせてやりなよ」
【元人間のお前が言うなら、そうなのだろうな】
陽が傾きはじめ、夜の帳が降りてくる。いびきをかいて寝ているギルドラを尻目に、二人は神殿を見ながら話始めた。
「……エアモルベーゼ様は何を考えていると思う?」
【難しい質問だ。恐らく、我等の力を使えない。もしくはすでに見放されている、と思っていいだろう】
「……」
真意を探る目を向け、ネーベルが次の言葉を待っていると。空を見上げてシュラムは言う。
【私が解放された時、エアモルベーゼ様はアウロラの力を吸収しただけで、私の力を回収しなかったのだ。それはグラオベンとお前がここに居るのが証拠でもある。回収されれば姿かたちは消えてなくなるからな。この件に仮説を唱えるなら、『アウロラの体を使っているから破壊神の力は行使できない』というのが一つ。もう一つは、『アウロラの力の方が強いから我等を必要としていない』可能性があるということだ】
「言いたいことは分かるよ。だけど、どうも破壊神の力を解きたがっている節があるみたいじゃないか?」
【そこだ。『どっちでもいい』と言いつつ、煽っている節がある。今のアウロラがエアモルベーゼ様なら封印されているのはアウロラということになる。それをわざわざ復活させる必要があるとは思えないが――】
シュラムがそこまで話すと、ギルドラがもぞもぞと動き、少しだけ喋った。
「――もしかすると、エアモルベーゼ様はアウロラへ何か復讐でもするつもりなのかもしれん。300年入れ替わっていたなら十分だと思う、が……ぐおおお……」
再び眠りについたギルドラを見てネーベルはため息をついてぼそりと呟く。
「復讐、ねえ」
【ありそうではあるが、アウロラが居る神の座から地上は手出しができないはず……】
「それを知るためにも、結局アウロラを復活させないといけないってことだね。まったく……破壊神の力が女神を復活させようだなんて何の冗談だっての」
ぼやくネーベルが寝転がり空を仰ぐ。
【(復讐……それにしてはエアモルベーゼ様の動きは緩い。あの新しい魔王と、おかしな異世界人を争わせることに執心のようだったが、関係があるのか……? ヴァント王国で我等に接触してきたが、あれはあの男の独断のようだった。人間に施しは受けぬと、女を返したものの、気になって後をつけたらあの始末……何かあるのか? エアモルベーゼ様、なぜ我等を頼らないのです?)】
ネーベルと違い、完全にエアモルベーゼから作られていて眠る必要もないシュラムは焚き火を見ながら考えを巡らせる。
――それからギルドラが目を覚ましたのはほぼ真夜中だと言える時間だった。
「それじゃ、行こうかね!」
【少し遅くなった。急ごう】
「ええ!? つ、次は食事じゃないのか!?」
渋るギルドラに、ネーベルがイラッとした表情を隠さずギルドラへ近づき、手にしたパンを奪い取ってから叫んだ。
「はい! 口開けて!」
鳩尾に拳を入れ、無理矢理口を開けさせられるギルドラ。
「んが!?」
すかさずパンを口に突っ込み、頭と顎を両手で押さえて咀嚼させる。
「はい! よく噛んで!」
「んぐ!? おぶ!?」
そして最後にミルクを口へ流し込む。
「はい! 飲んだ! 行くよ!」
「おぼろろろ……」
口の端からミルクをこぼしながら目を白黒させてフラフラと歩き出した。
【容赦ないな……】
「ああいうのは言ってもダメなの。実力行使でいかないと」
ネーベルが得意気に語りつつ、神殿へ入る。中は他の神殿と同じく、ほんのり明るいのでスムーズに進むことができていた。
「ひっ!? が、ガーゴイル……」
そろそろ終盤であろうという時、闇の封印洞にもあったガーゴイル像を見つけ、ギルドラがネーベルの後ろに隠れる。
「どさくさに紛れて尻をさわるんじゃないよ? 大丈夫、そのためのシュラムだからさ」
【土と地の破壊神だからな。それ……】
一定距離に近づくと襲ってくるガーゴイルだが、シュラムは離れた位置から地面に魔力を送ると、ガーゴイルの石像は粉々に崩れ去った。
「おお……! 流石は破壊神の力! この先に居る光の力も期待できますな ……ぐへ!?」
「尻を触るなって言ったでしょうが! 次やったら真ん中の足をへし折ってやるからね?」
「ずびばぜん……」
【……】
シュラムは二人のコントを無視し、そのまま石碑のある部屋まで突き進んでいく。やがて自分も封印されていたような静かな場所へと辿り着く。
「ふむ、ここは闇の封印洞と同じなのだな」
「ああ、アタシの封印されていたところもこうだったよ」
【時間が惜しい。人間、血を貰うぞ】
シュラムが懐からダガーを出し、ギルドラへと渡す。受け取ってすぐに、指先を傷つけ血を石碑へ塗りつける。するといつもの警告音が鳴り響いた。
みゅいーん……みゅいーん……
ぽわ……
そしてやはりいつも通りというべきか、光の玉がふわりと浮かび上がって声を発する。
『ここは破壊神の力を封じた場所。封印を解いたということは、対抗できうる力があると信じ――って、あなた達は破壊神の力の一部!? あ、一応人間もいるのですね』
「あんたは?」
『人間ベースの破壊神の力ですね? 私は女神アウロラの力の一部……勇者とは違う、封印のために分けたものです。しかし、復活した破壊神の力に封印を解かれるとは……二人いるということは他にも解かれているのでしょう……世界はどうなっているのです? 半分くらいは支配しましたか?』
【? いや、そういうことはない。そもそも、アウロラの体にはエアモルベーゼ様の魂が入っているようでな。完全に封印を解くと、復活するのは恐らくアウロラだ】
『エアモルベーゼが女神アウロラの中に? ははは、ご冗談を』
「……」
「……」
【……】
光の玉がおどけた感じで場を濁そうとしたが、三人とも無言で首を振った。
『マジなんです!? だとしたらこの世界はもう――』
『おっと、そこまでよ』
光の玉が何か言おうとした時、どこからかエアモルベーゼの声がし、シュラムの目の前にいた光の玉がフッと消え去った。
【エアモルベーゼ様、か?】
天井を仰ぎながらシュラムが口を開くと、軽い口調のエアモルベーゼが答えた。
『はあい、シュラム。トーテンブルグではご苦労だったわね。ネーベルも久しぶり♪』
【それは良いのですが、どうして私達を使わないのです? 確かにフェアレイター翁やネーベル、そして今から目覚めるクリーレンは人間から破壊神の力になっていますが、『命令』であれば世界を混沌に満たすことは容易と思いますが】
『んー、そこはとりあえず置いといていいわ。今はカケルさんと、影人のどっちが残るかが重要なの。あ、時期がきたらちゃんと命令を下すから安心して』
「そうなんですか? 今ではまずい理由は?」
ネーベルが食い下がるが、エアモルベーゼはやはり軽い感じで言い放った。
『特にはないわ! ま、時期が来たら、ね――』
プツン、と一方的に会話を切り、また辺りは静かになった。
そして――
「う、ううん……おはようございます……」
金髪美女が割れた石碑から現れたのだった。
◆ ◇ ◆
『ふう、危なかったわね。アウロラの力だけのことはあるわね、賢しいこと』
『エ、エアモルベーゼ……!』
光の玉を目の前にして妖艶な笑みを浮かべるエアモルベーゼ。
『今の私はアウロラよ? ……さ、私の力に戻りなさいな』
『くっ……あなたは……! あの世界を――あ!?』
シュルン……
憐れ、光の玉はエアモルベーゼに取りこまれてしまった。
『これで五つ……フエーゴの封印が解かれれば、完全になれる……』
うっとりとした表情で力が湧いてくるのを感じていると、背後から奇襲があった!
『やはり破壊神! アウロラを返しなさい!』
ノアが槍でエアモルベーゼに攻撃を仕掛けていた!
『あら、ノアじゃない。どうしたの? 破壊神ってなんのこと?』
『とぼけるな! ケータイで話していたり、今の光の玉との会話は聞かせてもらったわ。録音もしてある。これをルア様に――』
と、言ったところでニタリとエアモルベーゼが笑う。
『そう、知っているのね……残念、少しずつ洗脳しようと思ったけど、仲間を呼ばれたら困るわね、今いいところだから。そうね、ここでやっちゃいましょう』
『そう簡単に……!』
『いくのよね、これが』
一瞬で背後に回り、胸を鷲掴みにするエアモルベーゼ。そして耳元で囁き始めた――
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