第二百五話 混沌の中で


 「はあ……はあ……」


 「いいかげん貴様も我等の一部となれ。苦しまずに済むぞ? あの影人という者も、確実に殺すことが出来る」


 「あいつを殺すのは俺だ……お前達じゃない。それに、あいつを始末した後は世界を滅ぼすんだろ?」



 ――俺はルルカや師匠、リファが血に染まった後、意識の奥に囚われていた。体の主導権の取り合いと言うべきか、とにかくこの目の前の黒い何かとずっと悶着しているのだ。

 どこぞの村で盗賊を半殺しにしていたようだが、俺が何とか止めた結果で、放置していたら村ごと消滅させていた可能性が高い。


 そして、肉体が限界を越えてぶっ倒れたため、ようやく会話に至っている、そういうことなのだ。


 ……そりゃ飲まず食わずでスキルは使うわ、魔力は使うわで倒れるのは当たり前だったりする。俺が目の前の黒い何かを睨みつけていると、やれやれと言った感じで口(?)を開く。


 「当然だ。我等集合体は世に恨みを持って消えた『人の魂』なのだ。もちろん原因になった人や災害などあるだろうが『世界』がなければそんな悲劇も無かったであろう? だから滅ぼすのだ」


 理にかなっているようで、その実ただの自己解釈だ。集合体ということであれば、色んな魂が混じっているのだろうが、混ざりすぎたのか元からそうだったのか分からないが、雑な結論に達したものだと思う。

 

 さて、こいつの目的は正直どうでもいいんだが、そんな意識の集合体さんがどうして俺の体の中に居るのか。それを聞かなければなるまい。


 「……とりあえず月並みで悪いが、お前は何だ? どうして俺の体の中にいる?」


 「我等を知らぬか? お前は我等を使っていたのに随分と薄情では無いか」


 「使って……?」


 俺が眉を顰めると、黒い何かは頷き続ける。


 「我等は『生命の終焉』と呼ばれていたかな?」


 そう言うと、黒い何かの後ろに無数の手がぶわっと現れた! やべ、気持ち悪い!?


 「……お前はスキルだったってのか」


 「そう、そうだな。その認識で正しい。人間も、動物も、世界も等しく我等が枯らすのだ」


 マジか……流石の俺もこの事実は驚いた。

 

 そういやアンリエッタを襲った冒険者崩れや、イグニスタが『手が』と叫んでいた気がする。使うと、こいつらが『連れて行こう』とする、そんな感じとみていいな。


 それと手ということでふと俺も気付いたことがあった。


 「この世界に来るとき、扉の向こうで俺を引きずってきた無数の手はお前達か」


 「左様。あの女神が開いた扉は『冥界の門』。そこを通る際に見えたものが我等だな。迷わず現世に出れたのは女神の導きだろう」


 スキルを与えるためか分からないが、こいつに俺が取りこまれるまで見越してやったのなら大したものだ。影人も協力させていたつもりが、実はただの起爆剤だったのだし。


 気絶したまま捨てられていたほうが、魔王的な力も手に入らずマシだったかもしれない……まあ、その場合はいつか影人に殺される未来しかなかった訳だから複雑だ。


 「おしゃべりがすぎたな。そろそろお前には消えてもらおう」


 「そうはいくか! 『地獄の劫火』!」


 武器が無いなら魔法だ! 俺は黒い何かに手を翳し、地獄の劫火を放とうとする! だが――


 「!?」


 「近づいて来ないのはいい判断だ。だが、いいのか?」


 ずるり……黒い何かの体から、小さいナルレアが頭を覗かせてきた。あれはミニレアか!?


 「まあ、ただの『スキル』だから、吹き飛ばせばいいだけの話だな。さ、撃ってみるといい」


 「くっ……」


 俺は手を下げ、魔法を撃つのを止める。確かにただのスキルだが、今まで一緒に旅をしてきたナルレアの分身であるこいつを消すことは……できない。


 「(どうすればこいつを退けられる? 魔法は使える。なら、ステータスの入れ替えもできるだろう……だが、ミニレアを助けたとしてもこいつを黙らせないことには完全に体が取り戻せない……)」


 「それでいい。我等の一部となれば楽になれる」


 無数の手が俺に近づいてくる。あれに捕まったら二度と還って来れない。そんな気がする。考えがまとまらないまま後ずさりをしていると、黒い何かから生えているミニレアが意識を取り戻した。


 <あれ……ここは……あ! カケル様! ひゃあぁぁ! わ、私、素っ裸です!?>


 「気づいたか! そこから抜けられないか!」


 <え! あ、はい! やってみます! んー! ダメです!>


 諦めが早いな!?


 くそ、どうする!?


 「無駄だ。さあ、一つになるのだ……」







 ◆ ◇ ◆






 「ここか!?」


 「はい! ここから動いていません! どこかに居ますよ!」


 カケルが救った村に、ティリア達は到着した。


 慌ただしく入り口に駆けこむと、飛び降りるようにティリアとクロウ、そして芙蓉が馬車から出る。その様子をポカンと見ていた若い村人が思い出しかのように声を荒げながら走ってくる。



 「この村に何しにきたー! 盗賊の仲間じゃあるまいな!」


 「盗賊、ですか? いえ、私はウェスティリアと言います。この国に居を構える、光翼の魔王です」


 「ま、魔王様……!? これは失礼しました。しかしこのような何も無い村にどうして?」


 するとクロウが村人の前に立ち、口を開いた。


 「この村にカケル、というやつが居るはずだけど知らないか? 僕はクロウ。デヴァイン教の神官だ」


 「神官……その割には筋肉が……」


 「そこは気にしなくていい! いるのかいないのか!」


 「あ、ああ……探しているヤツか分からないけど、見知らぬ男ならリンデの家にいるぞ。この村を救ってくれた後にぶっ倒れちまってな」


 若い村人はクロウの剣幕に押され、リンデの家を指差した。一行はリンデの家へと向かい、カケルとの遭遇を果たすことができた。



 「こちらです……あの、この方は一体? 意識が朦朧としているというか、独り言を呟いていましたけど……」


 「見つけたぞカケル!」


 クロウが寝ているカケルに食って掛かるのを尻目に、芙蓉がリンデに説明を始める。


 「この人はカケル。訳ありなんで詳しいことは言えなんだけど、確保してくれていて助かったわ。こちらで引き取らせてもらうわね。グランツさん、お願い」


 芙蓉が後ろに控えていたグランツにお願いをし、グランツがクロウと共にカケルを持ち上げる。それを見てリンデが驚いて引き止める。


 「あ、あなた達がこの人とどういう関係かは分かりませんが、気絶しているんですよ! 寝かせておいてください」


 「うーん、ここに居ると何が起こるか分からないの。……それにあなた、魔王のフェロモンにやられているし」


 「ふぇろ……? と、とにかくダメです! 安静です!」


 「わ!?」


 リンデに体当たりされてカケルを取り落とすグランツ。見事に床に叩きつけられ、カケルはベッドの角に頭をぶつけて鼻血を出した。


 「おい、カケル! 起きろ! また女の子が毒牙にかかってるぞ!? 鼻血を出している場合じゃない!」




 ◆ ◇ ◆



 グラグラ……



 「うお……!? なんだ!?」


 手が徐々に近づいてきたのを払いつつ逃げていると、突然足元が揺れた。すると、空間にでかい声が響いてくる。


 「おい、カケル! 起きろ! また女の子が毒牙にかかってるぞ!? 鼻血を出している場合じゃない!」



 この声……クロウか! 俺を追ってきてくれたんだな! 声が響くと、黒い何かが呻く。


 「くっ。仲間か……『信頼』など、そんなものは無いというのに……! いけ、早くやつを掴め……!」


 手がわらわらと俺を狙ってくる。そこにティリアの馬鹿でかい声が響き渡った。


 「カケルさん起きてください! 美味しい料理を作ってください!」


 「トレーネが大変なんです! お願いしますカケルさん!」


 おお!? グランツもいるのか!


 「ぐう……」


 <カケル様! こいつ弱ってますよ!>


 「マジか! よし、『速』フルチャージ!」


 ドッ!


 一気に駆け出し、黒い何かの、顔だと思われる部分を思いっきりぶん殴った!


 「手を出せミニレア!」


 <はいです!>


 ミニレアの手を掴み引っ張ると、ずるっと黒い何かからミニレアが飛び出した。これで、アドバンテージは無くなった! 後はこいつを消せば――


 <カケル様後ろ!>


 「え? うわ……!?」


 ミニレアが叫んだ時にはすでに遅く、俺の首に手が絡みついていた。


 「くそ……放せ……!」


 手を放そうともがく俺。だけど、あの黒いやつは苦しんでいる。まだ諦める訳にはいかない!


 そう思っていた時、耳元で囁く声が、あった。


 「もういい……もうやめようカケル? 私とここで、楽になりましょう……」


 俺はその声を聞いて驚愕する。


 そんな……まさか……




 「その声、ね、姉ちゃん――」


 <カケル様!?>


 その瞬間、俺の意識は完全に途絶えた―― 

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