第二百二話 ウェスティリア
「ではお願いします!」
「うむ。我が娘、いや、可愛い我が娘ウェスティリアよ、今こそ全ての力をお前に……!」
「(何で言いなおしたのかしら……)」
「(しっ、面倒になるから黙ってるのよ)」
魔王の屋敷は立派だった……後にエリンがそう語る部屋でゆっくり休んだ一行。そして翌日の早朝、マッセルから力の継承を行うため、ウェスティリア以下全員が、応接室に集まっていた。
「(僕達って必要かな……)」
「(見せたいみたいだから我慢しないと。そうでなきゃあの太い腕でコキャッとやられちゃうわよ?)」
あくびを噛み殺すクロウに、芙蓉が指を口に当てて『しっ』と遮った。
「手を出しなさい」
「はい」
そんな仲間たちの気怠さには気づかず、儀式のようなものは続行されていた。マッセルがウェスティリアの手を握手のような形で握ると、ぐっと握る力を込めた。
「『引き継がれし方翼は、今ここに両翼とならん』」
「それっぽいわよあなた!」
「(気が抜けるなあ……)」
リートの応援がまだ眠いクロウの頭をさらにぼやけさせる。だが、次の瞬間、その場に居た者は一気に目を覚ますことになる。
ゴウ!
<!? ティリア様からすごい魔力が感じられます! これはかなり強いですよ>
「空気がビリッとしているな。師匠レベルは確実にある……」
ナルレアとグランツがゴクリを唾を飲み、明らかに『変わった』ウェスティリアを見て驚愕する。
「これが……真の力、ですか?」
「うむ。これなら"敵無し”とまではいかんが、簡単に負けはしないだろう。デブリンクラスなら運動不足解消になるぞ」
「例えはアレですけど、強くなった実感はありませんね……」
「後は実戦あるのみだ。ただ、あまり無理をしてはいかんぞ?」
ウェスティリアの肩に手を置いて神妙な顔でそんなことを言うマッセル。そこにエリンが尋ねる。
「やっぱり体が弱かったから反動があるかもしれないんですか?」
「いや……腹が減るのだ」
ガクっと全員がこける。しかし、その証拠とばかりにウェスティリアがそわそわし始めた。
「お、お腹が空いてきました……」
「マジで!? さっきあれだけ食べたのに……」
クロウが顔を赤くしているウェスティリアに驚愕するが、母リートが説明をしてくれる。
「魔王の力を継承したばかりだと、魔力を馴染ませるのにエネルギーを使うみたいなんですよ。マッセルも受け継いだばかりの時はかなり食費を使いました……」
「そ、そう……私はそんなこと無かったんだけど……」
初代光の勇者である芙蓉は頬をひくつかせて反応する。一体どこで間違ったのか。
「では行くのだ。今のお前なら新しい魔王カケルを探すのも容易いだろう。……気を付けてな」
「はい! ありがとうございます!」
最後は優しい目をウェスティリアへ向け、頭を撫でるマッセルと、ぎゅっと体を抱きしめるリート。みんなが微笑む中、グランツが声を出した。
「それじゃ急ぎましょう。カケルさんも一日あればかなり進むでしょうし。芙蓉さん、今日は俺が御者をやりますよ」
「ありがとう。マッセルさん、リートさん、お世話になりました」
芙蓉がぺこりとおじぎをすると、マッセルが笑いながら口を開く。
「何の。初代なら大歓迎ですよ! 終わったらまた遊びに来てください!」
「今度はカケルさんやメリーヌさんを連れて帰ってきますね!」
「ええ、その時はパーティね」
「(……人見知りが凄いくせに)」
リートの言葉に心でツッコミを入れるクロウ。そして一行はすぐに町を出発するのだった。
「お父様! お母様! また!」
ぶんぶんと手を振るウェスティリアに手を振り返しながら、二人はにこやかに見送った。
「……行ってしまったわね」
「ああ……無事で帰ってくれるといいが」
「きっと大丈夫ですよ。あの子は強くなりましたし、お友達もいい人達ばかりだったから」
「そうだな。体が弱く無ければ魔王の力を授けることなどしなかったものを」
口をへの字に曲げて、マッセルは見えなくなった馬車の方角をずっと見つめていた。
◆ ◇ ◆
<フルスの港町>
「芙蓉から預かった書状だ、確認してくれ」
「……確かに本物のようじゃ。頭は無事なのじゃな?」
「ああ、それは保障する。が、急がねば彼女とて危ないかもしれん。ドラゴンは?」
ロウベ爺さんに書状を渡し、船へと乗り込む三人。途中まで歩いていたが、グラオザムが空を飛べると自慢したところ、なら飛んで行こうぜとフェルゼンが提案し、フェアレイターもそれにのった。
【ぜー……ぜー……こ、殺す気か……】
「後はドラゴンの背で休んでりゃいいじゃねぇか。お、あいつか……」
肩で息をするグラオザムに肩を貸すフェルゼン。フェアレイターを先頭に歩いていると、甲板のど真ん中で寝そべっているファライディが見えた。
「すまんが、起きてくれ。仕事を頼みたい」
【ガウ……?(なんでえ、爺さん? カケルの旦那は……?)】
言葉は通じないが、キョロキョロしているのでカケルがいないと感じたフェアレイターは言葉を続ける。
「カケルは残念ながら覚醒し、今はただの操り人形のようになってしまった。その原因を殺しにいくため、お前の力が必要だ」
【ガ、ガガウ!? (旦那が!? 嘘だろ……)】
「ここからかなり北へ行く必要がある。どうだ、できるか?」
【ガオオオン! (旦那のために頑張るしかないだろうが! さ、乗ってくんな!)】
座り込み、背を差し出すファライディ。フェアレイターは頷き、背中へと乗り、他の二人を促す。
「どうやらOKのようじゃ。行くぞ」
「おう!」
【少し休ませてくれ……】
元気が有り余っているフェルゼンに、死にかけのグラオザムがファライディの背に乗ると、ふわりと羽をはばたかせて飛び始めた。
【ガガウ! (さ、手綱で方向を頼むぜ!)】
「こっちじゃ! 行くぞ!」
「お、流石に速いな! これならすぐに着きそうだ」
【ガウガウ! (へへ! これくらい余裕だってね! ……あ!?】
【ふむ、速度が落ちたぞ?】
ファライディが何かに気づき、減速をした。そして、空を仰いで一言呟く。
【ガウ……ガウ……(よく見たらおっさんと爺さんしか載ってない……女の子は……?)】
完全にやる気を喪失したファライディがフェアレイターの指す方向へ、羽ばたき始めた。
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