第二百三話 追跡


 「ご苦労、下がっていいぞ」


 「……」


 ススス……と、黒いローブを羽織った人物がソファに座った影人を回復魔法で癒し、無言で部屋を出て行く。その様子を見ていたガリウスが口を開いた。


 「お加減は?」


 「悪くないかな。それなりに優秀なヒーラーを手に入れておいて助かった」


 「それは何より……その為に引き入れたのですから」


 「私の"話術"があればその辺の冒険者はいいなりだよ。さて、これからどうするかな? まさかエアモルベーゼが裏切ってくれるとは思わなかった。ヘルーガ教は取りやめかな」


 「私はこの世が混乱に満たされれば満足ですから……」


 「そうかい。ギルドラは向こうについたし、ゴルヘックスやパンドスといった有力な者も死んだり捕まったりしたから新しい幹部を探さないとね。君一人は面倒だろう」


 影人に言われ、ガリウスはフッと不敵な笑みを浮かべてから返した。


 「役立たずを使うよりは私一人の方が楽ですがね? 選別は私が。それより、あの魔王カケルはどうしますか? いずれここにやってくるでしょうが……」


 「そうだな、次は負けないと思うが傷を治してから戦いたいかな。はは、そうだな、ヘルーガ教徒を当てようじゃないか」


 影人が上着を羽織りながら窓へ向かう。眼下に見えるのは雪に覆われた地表で、ここは雪山に建てられた屋敷……いや、要塞だということが分かる。ガリウスが飛ばしに飛ばして、すぐに帰りつくことができていた。


 そして影人の言った言葉が理解できず、間抜けな声をあげたガリウス。


 「は? 確かにそれなりに強い者もいますが、あれに勝つことはできますまい」


 「勝たなくていいんだ。今の彼はいわゆる暴走状態。むやみに近づけば殺されるに違いない。そんな彼が教徒に倒されれば良し。もし倒せなくても、多くの人間を殺したという罪は残るだろう? 正気に戻った時に告げてやるのも面白いと思わないか?」


 くくっと肩を震わせて笑う影人。その考えに、なるほどと呟き、ガリウスは踵を返して部屋を出ようとする。


 「頼むよ? 後はできれば芙蓉を確保して欲しい。彼に殺されては面白くない」


 「かしこまりました。それにしても妹様を大事にしていらっしゃる。 ……!?」


 ガリウスが足を止めてそう言うと、直後、背後からとんでもない殺気がし、慌てて振り返る。そこには先程までと変わらない影人が立っていた。


 「……当然だろう? 父さんも母さんも死んだあの時、誰が何と言おうと芙蓉を守ると決めたのだ。どんな手を使っても……芙蓉に嫌われたとしても、私の意思は変わらない……それが私を殺した男と一緒など許せるものか……フ、フフフ……」


 「……失礼します」


 ガリウスが冷や汗をかきながら部屋を後にした。


 「(恐ろしいお方だ……だが、妹が絡むと冷静さが無くなるか? ならばいっそ……)」


 ヘルーガ教徒を集めるため、ガリウスは廊下を歩き出した。






 ◆ ◇ ◆





 「どう、ティリア。カケルさんの行方は分かる?」


 「うーん……! こっちですね!」


 「こっちって……森の中だけど……」


 ウェスティリア達は出発してすでに一日が経過していた。影人の屋敷まで馬車を使って二週間はかかる距離だが、カケルを追うことが先なので立ちどまって気配を感じ取る時間を取っていた。


 「近道、なのかもしれない。地図で見ると極北に近い山へ行くなら、街道を迂回して行った方が速いから」


 「馬車が通れるかな……?」


 グランツの言葉にクロウが森を見て呟く。だが、グランツは言う。


 「出来るだけ通れる道を使って行こう。迂回してもカケルさんを見つけられないんじゃ意味がないからね。馬達には悪いけど、ゆっくり進もう」


 「ごめんね」


 芙蓉が背中を撫でると、ぶるるんと鳴き、ぽっくりぽっくりと歩を進め出す。そこで御者台のグランツがみんなに声をかける。


 「魔物に警戒を。ティリアさんはカケルさんの探知に全力をお願いします。クロウ君は周囲の警戒をエリンと頼む」


 「私は?」


 「芙蓉さんとナルレアさんは休んでいてください。御者ができるのは俺と芙蓉さんだけなので、交代で移動するなら必要でしょう」


 <分かりました。私もある程度距離が近づけばカケル様の気配を感じれますから役に立ちますよ>


 「はい。この森を抜けたところに村があるみたいなので、そこまでできるだけ止まらずに行きましょう」


 「グランツさん慣れてますね」


 ウェスティリアがそう言うと、グランツが照れながら頭を掻く。


 「はは、俺はカケルさんに着いていくのにこれくらいはできないと、と思って色々頑張ってたんだ。違う方向で使う事になるとは思わなかったけど……今度は俺達がカケルさんを助ける番だ」


 「ああ。で、影人のやつをぶっ飛ばして皆で帰ろう」


 「フフ、クロウ君、カケルさんみたいなことを言うようになりましたね!」


 「え!? そ、そうかな……?」


 不本意か照れか分からない複雑な表情をしながらウェスティリアの言葉に首を傾げるクロウ。


 そんなカケルは今――



 ◆ ◇ ◆



 ――コクウの村――



 「おらぁ! 門をあけやがれぇ!」


 ガンガンガン!!


 「もうすぐですぜ頭ぁ! へへ、まずは食い物だ。その後は女だぁ!」


 おおおおお! と、ステレオタイプの盗賊らしき群れが村を襲っていた。その数は30人といったところで、門を備えているが、杭のようなものでガツンガツンと破られようとしていた。


 その破られようとしている門の内側では、村の男達が武器を持って待ち構えていた。


 「くっ……ここまでか……のろしを上げたが町からここまで早くても30分はかかる……持つか……」


 白髪の妙齢の男性が汗をかきながら呟くと、家から女の子が出てきた。


 「おじいちゃん!」


 「リンデ!? 馬鹿! どうして出てきた!?」


 「か、隠れていても見つかったら一緒よ! わ、わたしも戦うわ!」


 「し、しかし……」


 女の子に戻るよう言おうとしたその時、残念ながら門は破られてしまった!


 「うおおお! 待ち構えてたか! だけど村人が俺達を倒せるかぁ!」


 「わああああ!?」


 あっという間に乱戦になり、あちこちで武器の打ち合う音が響きはじめる。


 「家に火を放て! いぶりだせ!」


 トン! トン! ボゥ!


 ゴォォォ……


 家い火が付き燃え盛る。煙に巻かれた女性や子供が咳き込みながら出てくると、それを盗賊達が捕えていく。


 「いやあ! 放して!」


 「へへ、大人しくしてたら殺しはしねぇよ」


 「えい!」


 女の子を小脇に抱えて盗賊が村の外へ出ようとする。そこへ先程、リンデと呼ばれた女の子が盗賊に棍棒で殴り掛かった。不意打ちの形になったため、抱えていた女の子を取り落とし、盗賊はよろけながらリンデを睨みつける。抱えられていた女の子は村の奥へと逃げ出していた。


 「ぐあ!? 小娘が……お前からやってやる!」


 バチン!


 「きゃ……」


 思い切りはたかれ倒れ込むリンデ。素早く盗賊に抑え込まれてしまう。振りほどこうともがくが、力が強く無理だった。そして、周囲からは知った村人の悲鳴が聞こえてくる。


 「ぐああ!?」


 「ぎゃあ!」


 「あ、ああ……みんな……どうしてこんな酷いことを……」


 「そりゃお前、生きるためだよ……力がある者が弱いヤツを蹂躙する、魔物もそうだろう?」


 「う、うう……」


 実際力でまったく敵わない盗賊の言葉は妙にずしんと心に響いた。


 「(もうダメ……こうなったら舌を噛んで死のう……!)」


 ぐっと力を込めようとしたが、察した盗賊から口をこじあけられ、布を噛ませられた。


 「まあそうやるよなあ。だいたい似たようなことをするな女ってやつはぁ!」


 「(う、うう……)」


 泣きながら何とか一泡吹かせたいと泣きながら考えていたリンデ。無情にも盗賊が服を引き裂いた時、別の盗賊が大声で叫んでいるのが聞こえてきた。



 「何だ、てめぇは!? 見たことない顔だが、ここは俺達が襲った村だ! おこぼれを期待しても無駄だ、俺達は今気分がいい。見逃してやるぁ」


 「ミタコトナイ、カオ……オエ……」


 「何だこいつ? えづいてるぜ? 面倒だ、やっぱ殺そう」


 ブオ!


 盗賊のショートソードが振りかぶられた。だが、それが届くことは無かった。


 「オレのジャマヲ、スルカ……!」


 ゴキン!


 「ぶへぇ!?」


 えづきながらも盗賊の顔面へ拳を叩きこみ、派手に吹き飛ばす。家屋の壁をぶち破って気絶した盗賊を見て、全員がポカーンとなっていたが、やがて盗賊達が我に返り……


 急に現れた男、カケルを取り囲む。



 「や、やりやがったな!? 殺せ……! 殺せぇ!」


 「シヌノハ……キサマラだ……無抵抗なヒトヲ……ウグ……マダ抵抗ヲ……」


 「何ぶつぶつ言ってやがる!」


 カッ!


 盗賊が襲いかかったその時、辺りは閃光に包まれた。

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