第二百一話 真の力



 「わはははは! さあ、どんどん食ってくれ! ティリアも久しぶりの家だ、ゆっくりするのだぞ!」


 感動の再会もそこそこに、マッセルはすぐにコックにウェスティリアの帰還を告げて食事の準備をさせる。コックも久しぶりにお嬢様へ料理を振る舞うということで、張り切っていた。


 「食ってくれって……」


 「言ってもねえ……」


 グランツとエリンがパンとスープを手に、メインディッシュとなる料理を見て呆然としていた。それもそのはずで、とにかく量が多いのだ。もも肉のから揚げはゆうに20人前、パスタは5種類でこれまた10人分はいけそうな量で、ステーキ肉も30枚は重ねられていた。


 <カケル様を追うためにはまず腹ごなしをしなければいけませんね……じゅるり……>


 「お前本当にカケルのスキルなのか……?」


 クロウが呆れていると、ワインを手にしたマッセルが口を開いた。


 「で、ティリアは新しい魔王を見つけることができたのかな? それともこの中の誰かがそうだったり?」


 マッセルは「さっき食べたから私は少なめで」などと言いつつ、むんずともも肉のから揚げを手に掴んでかぶりつくと、ウェスティリアへ元々の目的が達成できたのかを尋ねてくると、一枚目のステーキを平らげたウェスティリアが顔を伏せて言う。


 「もぐもぐ……そのことなんですけど、実は困ったことが――」


 「(いつもあの量を食べていたのか……? なら、今までのは何だったのか……)」


 クロウが次々と消えて行く料理を見ながらそんなことを考えていると、ウェスティリアがマッセルへここまで経緯を話していた。


 「そんなことがあったとは。国王のジェイムズはさぞ怒っただろうな」


 「はい……もぐもぐ……それでお父様……もぐもぐ……私も覚醒をする時だと思いました。もぐもぐ……近いうち、と言っていましたけど、もぐ……何かコツでも……」


 「食べるか喋るかどっちかにしなよ……マッスルさん、僕はデヴァイン教の神官でクロウと言います。カケルを戻さないと、リファさんはおろか、世界もめちゃくちゃにされてしまうらしいのです。それをするにはティリアさんの力は必要なんです」


 「マッセルだ。事情は分かった。ティリアの覚醒に手を貸そう。とは言っても、私が残している力をティリアに授けるだけだが」


 三本目のもも肉へ手を伸ばしたが、それはウェスティリアが奪い、もう一本はナルレアに奪われ、渋々手を引っ込めた。それと同時にウェスティリアが驚く。


 「ど、どういうことなのですかお父様!? 私の力が上がれば真の力を得られるのでは!? もぐもぐ」


 「……本当はお前に魔王の力を継がせる気は無かったのだ」


 「どういうことなんですか?」


 芙蓉がスープを飲みながらマッセルへ尋ねると、困ったような顔で返答をする。


 「初代、でしたかな? あなたなら分かると思うが、魔王の力は強大。だが、それを狙って襲ってくる者もいる。そんな危険な力を可愛い娘に授けることなどできるだろうか?」


 「……それもそうね。ではどうしてティリアに?」


 エリンが尋ねると、マッセルは少し間をおいてから目を伏せ、静かに語り出す。


 「ティリアは小さい頃、身体の弱い子でな。外に出ることも中々できぬほど、病弱だったのだ。ある時、ティリアが咳き込んで血を吐いたことがあったのだが――」


 「医者でも助けられなかった?」


 グランツが挟むと、マッセルは頷き続ける。


 「その通りだ。そこで私は魔王の力を継承することを思いついた。魔王の寿命は長いし、ある程度なら状態異常も無効化する。もしかするとティリアの体が持たないかもしれないとも思ったが、いずれ死ぬならと、力を7割くらい受け継いだのだよ」


 「あの時、私は死にかけていたんですね……じゃ、じゃあ継承できない……?」


 当時を思い出したのか、パンを握りしめてウェスティリアが俯く。そこで、ナルレアが口を開く。


 <そういえばティリア様の母親が出てきませんけど……>


 「ん? ああ、妻は――」


 「やめるんだナルレアさん。今の話からすると、奥さんも病弱でもうすでに亡くなっているんじゃないだろうか?」


 <ああ、そういう……>


 「い、いえ、グランツさん、ナルレアさん? 違い――」


 「そうだったのか……やっぱり孤児だからって僕は自分だけが不幸だと思っていたのは間違いだったな……」


 「み、みなさん話を聞いて――」


 「う、うむ、妻は――」


 それぞれ、思い思いのことを呟き合いながら、『ウェスティリアの母は亡くなった』と嘆き、ウェスティリアとマッセルが慌てて何かを言おうとする。


 「後で奥さんのお墓に案内してくれませんか? 僕は神官です、冥福を――」


 バタン! ズカズカズカ!


 と、クロウが口にしたところで、入り口から長い銀髪の女性が入ってくる。そして一直線にクロウ達の所へ向かい、涙目で叫んだ。


 「生きてますよ! 勝手に殺さないでくださいまし!! いつ入ろうかドキドキしていたら、死、死んでるって……」


 「お、お母様! 人見知りが激しいのに無理して出て来たんですか!?」


 ウェスティリアが駆け寄りうずくまる女性の肩に手を置くと、縋るようにウェスティリアに抱きついた。


 「ううう……だって、ティリアちゃんがお友達を連れて来たっていうから母としてきちんと挨拶をしようと……」 


 「……」


 <……>


 「(グランツ、謝りなさいよ)」


 「(ええ!? あ、ああ……言いだしっぺは俺だったか……)あの……」


 エリンに肘を突かれ、びくっとなるグランツ。謝罪しようと前に出た時、マッセルがコホンと咳払いをして、口を開いた。



 「……ティリアが成長した今なら全ての力を与えても耐えることができるはずだ」


 「だいぶ飛ばしたね!? それで無かったことにはできませんよマッスルさん!」


 「マッセルな!」


 



 ――しばらく母親が泣いていたが、グランツ達が一人ずつ母親に謝罪をした後、食事が再開された。



 「ぐす……あ、改めまして……ウェスティリアの母親で、リートです。ウェスティリアがお世話になっています……」


 「あ、いえこちらこそ(大きいわね、どこがとは言わないけど)」


 「すみませんでした……(ティリアさんは小さいのに……いつかああなるのかしら)」


 芙蓉とエリンがもう一度謝罪をすると、泣き笑いで手を振って口を開いた。


 「だ、大丈夫です! もぐもぐ……ご迷惑などおかけしませんでしたでしょうか? 私、この子が旅に出ると聞いて心配で心配で……もぐ……」


 心配そうな口調とは裏腹に、バクバクと料理を摘まみ始めるリートを見て、「ああ、親子だ」と皆で認識した後、話が戻された。


 「それでお父様、力の継承はできるのですか?」


 「うむ。お前達は明日出発するのだろう? その前に全てをお前にやろう」


 「……あなた……」


 「もうティリアも大人だし、仲間もいる。それにリファル姫を助けねばなるまい?」


 マッセルの言葉に頷くリート。


 「それでカケルさん、という方はどこに居るのか分かるのかしら?」


 「ええ、先程探知してみたのですが、魔王の力を放出しながら移動しているようで、強烈な気配を感じます。恐らくこの気配を辿れば追いつけます」


 すると、その言葉にクロウが喜ぶ。


 「そうなのか! よし、なら明日はすぐ出発だね!」


 「はい。距離はそれほど離れていないので、カケルさんも影人を追うのは手探り状態なのかもしれません」


 <でも、カケル様はステータスの振り分けを変えることが出来るので油断はできません。できるだけ早く出発しましょう>


 「そ、そんなことができるの……? あ、そういえば急に足が速くなったりしてたっけ?」


 「やれやれ、師匠と訓練して少しは追いついたと思ったんだけど……」


 グランツが頭を掻きながら天井を見やると、クロウがグランツに話しかけた。


 「はは、調子に乗ってたツケだよきっと! ……追いついて正気に戻ったら言ってやろうよ、魔王の力に飲まれてるんじゃないってさ」


 「……そうだね」



 食事が終わり、すぐに就寝するクロウ達。


 そして、翌日、ウェスティリアの継承が行われる。

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