第二百話 ウェスティリアのお家

 「そういえばティリアさん、話があるって言ってなかった?」


 御者台にいる芙蓉が荷台のすぐ後ろにいたウェスティリアへと声をかけると、御者台へ顔を出してからウェスティリアが頷いて答える。


 「ええ、カケルさんを追う前に一度私の家へ寄ってもらえませんか? お父様にお話をしておきたくて」


 「あまり時間がないと思うんだけど……」


 早く追いたいクロウが苦い顔で呟くが、ウェスティリアは困った顔でクロウに言う。


 「ごめんなさい。私は魔王としての力が完全に覚醒している訳じゃないんです。あのカケルさんと対峙するなら、少しでも力があった方がいいと思って」


 ウェスティリアが荷台のクロウへそう言うと、同じく座っていたエリンとグランツも声をあげる。


 「怖い顔してたもんね、カケルさんらしくない……」

 

 「ああ、久しぶりに会ったのに……。とにかく許せないのはあの影人という男だ。そういうつもりで、カケルさんを向こうの世界で殺し、こっちではトレーネや他の女の子を魅了させた上で殺すつもりだったんだから。できれば俺も師匠と一緒に行きたかったよ」


 「……元に戻るよな、カケル?」



 ――ウェスティリア達はすでに町を出て馬車を走らせていた。どこに居るのか分からないが、とりあえずギルドラの説明してくれた影人の屋敷へ向かっていれば出くわすのではないか? そう思い進んでいた。


 折角、カケルを知る者同士が集まっているのだが、誰もあまり口を開くことは無かった。そしてすっかり日が暮れてしまったころ、ウェスティリアの住む町へと到着する。



 「今日はウチに泊まっていってください。食事も用意できると思います」


 「ありがとう、ティリアさん! お昼に軽くユニオンで食べたっきりだからぺこぺこよ」


 あまり人見知りしないエリンがウェスティリアの手を取って喜ぶ。ウェスティリアが微笑みながらエリンに言う。


 「フフ、急だからあまりおもてなしできないかもしれませんけどね。でも、食材はあると思いますから、何か作れるのではないかと」


 「(まあ、あの喰らいっぷりだからな……食材はストックしていると思うよ)」


 クロウがそんなことを考えていると、御者台から声がかかる。


 「あの大きい屋敷でいいのね?」


 「はい、お願いします!」


 芙蓉が指さし、すでにお店の開いていない大通りをゆっくりと進んでいく。やがて、到着した一行は馬車を降り、ウェスティリアに連れられて屋敷へと入って行く。


 「お父様、お久しぶりです! ただいま戻りました!」


 「お、おお!? お嬢様! お嬢様ではありませんか!? よくぞご無事で……旦那様! 旦那さまぁぁぁぁ!!」


 ホールへ駆け出すウェスティリアを出迎えてくれたのは、出発する時に見送ってくれた執事だった。涙を流しながら、恐らくウェスティリアの父親を呼びに屋敷の奥へ叫びながら走って行った。


 「もう、相変わらずせわしないですね、爺やは」


 「ティリアさん可愛いし、やっぱりお父さんもカッコいいのかな?」


 「うーん……私は知っているからノーコメントで」


 「驚くと思いますよ!」


 エリンの言葉に苦笑するウェスティリアをよそに、クロウが天井を見ながら呟いた。


 「でかい……」


 天井の高さが城かと思うほど高く、横の広さもかなりのものだった。グランツも横でポツリとつぶやき、クロウに尋ねていた。


 「魔王の屋敷だけのことはあるな……そう言えばクロウ君、アニスちゃんを残してきて良かったのかい?」


 「ん? ……僕は正直残したくは無かったけど、カケルにしても影人と対峙するにしてもアニスの力じゃ危険すぎるから渋々だよ。封印を解く組みはギルドラがいるから絶対ダメだったし。まあ良く知らないけど、一緒に残るのが魔王なら大丈夫だと思ったのもあるよ」


 「なるほど。なら、クロウ君は無事にアニスちゃんのところに戻らないとね」


 「ああ、もちろんカケルも一緒にね。それでみんなを治療してもらわないと」


 「だな。トレーネもカケルさんと会うのを楽しみにしてたからな。カケルさん……どこにいるのか……お、来たみたいだよ」


 二人が改めて決意を固めていると、二階から人影がのそりと現れる。


 あれ? っと、ウェスティリアと芙蓉以外が思っていると、のしのしと階段を降りてくる人影。そして一階に到着したその体躯は、ゆうに2mを越えていた。それが口を開いた。


 「おお! ウェスティリア! 無事だったか! お父さん心配したよ! ケガはないか?」


 「はい! ご心配をおかけしました!」


 ひしっ! っと、抱擁する二人。だが、父親が大きすぎて、ウェスティリアはお腹に抱きつく形になる。そう、ちょうど木を手で抱くような感じだ。

 父親は背が高いが、お腹周りも大きく、リアルな中年がそのままそこにいるというあまりにも衝撃なビジュアルだったため、エリンは固まった。


 「あ、そうでした! 先に紹介をしないとですね。こちらが私と一緒に行動してくれている仲間です」


 ウェスティリアが横に避け、クロウ達をにこやかに紹介すると、破顔した父親がクロウと握手をする。


 「私がウェスティリアの父、マッセルだ! 娘が世話になっている!」


 握手を求めてくるマッセルを見て、あっけにとられていたクロウがいよいよ大声を上げた。


 「手、でけえ!?」


 「ははは! 初めて見た人はみんなそう言うよ! はははは!」


 「声もでっけぇぇぇぇ!?」


 「クロウ君、人格が変わってるわね……」


 「あれは、仕方がないんじゃないかな……」


 エリンとグランツが呟く中、屋敷にクロウの絶叫が響いた。こんなことでカケルに追いつくことはできるのか?





 ◆ ◇ ◆





 封印解除組である、ギルドラ、ネーベル、シュラムもまた、個々に馬を借りて町を出ていた。馬も全速力で走らせるわけにもいかないため、適度に歩かせているとギルドラが空を仰いだ。



 「……はあ」


 「どうしたんだい? ため息なんてついて。ははあ……アタシが美人過ぎてどう接していいか分からないんだね? おっぱい触る? なんてね! あはははは!」


 「はあ……」


 バンバンと背中を叩くネーベルをチラリと見て、ギルドラはもう一度ため息をついた。そこに同行者であるシュラムが首を振って言う。


 【人間よ、ネーベルにデリカシーが無いのは昔からだ。諦めろ】


 「いえ……そこはまあ、いいんですけどね。それよりも何故私がこんなことに……だいたい封印の位置なら私が居なくても破壊神の力の一部であれば分かるのではありませんか?」


 

 【その通り。だが、封印を解くのは人間の血でなくてはならないから抜擢されたんだろう】


 「そ、そういうことか!? なら、カケルもクロウも魔王も居ない今、わ、私を殺して完全復活をする可能性もあるじゃないか!?」


 ギルドラが慌てて逃げ出そうとしたところであっさりネーベルに回り込まれまた首根っこを掴まれる。


 「だーいじょうぶだって! シュラムがそう思っていても、アタシがそうはさせないからね」


 【ふん……】


 面倒だと言わんばかりにスタスタと馬を歩かせるシュラム。そこにネーベルが寄ってきて耳打ちをしてくる。


 「(アタシ達はエアモルベーゼから作られた力と、アタシやフェアレイター翁のように人間から作られた2パターンあるんだ。アタシ達は基本、エアモルベーゼの命令に必ず従う必要はないって感じで契約しているから、自由なんだよ。でもグラオザムやシュラムはエアモルベーゼが絶対だから、あんたの言う『生贄』はあり得る)」


 「(じゃ、じゃあやっぱり……!?)」


 「(ま、あいつも弱っているし、死ぬ気でやればあんたでも勝てると思うよ。アタシもかなり力を落とした状態で復活しているけど、五分で戦えると思う。あ、でも、デブリンとかオーガキングなんかだとヤバいかなぁ。負けて犯されて終わりかも? あはははは!)」


 ということは、強力な魔物が現れたらこのメンバーは全滅する……ということが瞬時によぎり、笑いごとかと脱力するギルドラ。だが、逃げることも出来ず、流されるまま封印のある遺跡がある南へと向かっていった。

 

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