第百九十七話 影人の誤算



 「どういうことだエアモルベーゼ! 本物の魔王とはどういうことだ! うぐあ!?」


 影人がカケルに吹き飛ばされ呻き声を上げる。


 『そのものズバリよ? カケルさんは魔王になった。世界を破滅させる私の駒ってところかしら? 覚醒するかどうかは五分だったけど、あなたが追いつめてくれたおかげで成功したわ。ありがとう♪』


 「ばかな!? こいつは私が復讐をするためだけの存在だったはずだ! 魔王に近い力は持たせることは承知したが、本物になるなど聞いていないぞ! こ、これでは私が殺されるでは無いか……!」


 絶叫する影人の声を聞き、さも愉快だと言わんばかりの声色でエアモルベーゼは答える。


 『うーん、それでも良かったんだけど、あなたが復讐を遂げても私には何のメリットも面白味も無いのよね。それじゃ面白くないじゃない? だから、演出を盛り上げるためにカケルさんを魔王にしたの』


 ”ちょっとそこまでお買いものレベル”でそんなことを言うエアモルベーゼの言葉に愕然としながらカケルの攻撃を受け続ける影人。エアモルベーゼはそのまま言葉を続けていた。


 『あなたの復讐のためにカケルさんにつけたいと願ったスキルは『寿命の多さ』と『女性に好かれるフェロモン』だったわよね? それで直接じゃあなく、間接的に苦しめるとかゲスいこと言ってたっけ。まあ、それをつけて下界へ捨てようと思ったんだけど、カケルさんの目が覚めちゃってさ。話してみたら面白い子だったし、これは魔王にでもして楽しもうか、そう思ったの』


 「があああああああ!!」


 「がはあ!? く、くそ……そんなくだらない理由で私の復讐を妨げるか……!?」


 「教祖! ひとまず撤退をしましょう!」


 カケルの猛攻は続き、ガリウスが横から手を出して影人を守りつつ叫ぶ。すると、エアモルベーゼがイラついた口調で影人に言う。


 『あん? くだらない? 誰に向かって言ってんのかしらね。人のことは言えないけど現世じゃ中々のクズだったみたいじゃない。生きていられるだけでも感謝して欲しいわね? ほら、早く逃げないと殺されちゃうわよー♪ ちなみに、あなたが死んだら……次は世界を破滅させるでしょうね。ああー楽しみ!』


 うっとりしたエアモルベーゼがとんでもないことを言うと、クロウが叫んだ。


 「な、なんだって!? 師匠、カケルを何とかしないと!」


 「わかっておる! エアモルベーゼ! カケルを止める方法は無いのか!」


 フェアレイターが空に叫ぶと、エアモルベーゼが今気付いた様に話す。


 『あら、久しぶりね。いやあ、さっきも言ったけどもう干渉はできないから無理ね!』


 「くそ……!」


 「ク、クロウ君!?」


 「危ないぞ!」


 クロウが吐き捨てるように呟き、カケルに向かって走る。ティリアとグランツが驚いて声をかけるが、クロウはカケルの腰に抱きついた!


 「おい、目を覚ませ! お前が怒るのは当然だ! でも、ここで暴れ回っていてもルルカさん達は助からないだろ! 動けるならお前が回復してやってくれ!」


 「う、が……」


 クロウが呼びかけると、動きを止めるカケル。



 「! 今です、教祖様!」


 「よ、よし……撤退するぞ! 来い芙蓉!」


 「嫌! 嫌よ! う……」


 ガリウスが浮遊を始め、影人が芙蓉を気絶させて脇に抱える。


 「計画とは少し違ったが、芙蓉は手に入れた……もう会うこともないだろう。さらばだ!」


 『んふふ、カケルさんはあなたが死ぬまで追い続けるわよ? せいぜい逃げ延びなさい。その間は、世界も無事でしょうしね』


 「芙蓉さん! 動いて、お願い私の体!!」


 どんどん浮いていくガリウス達。


 「僕がやる! ≪漆黒の……≫」


 「やめよクロウ。芙蓉にも当たるぞ! それにあやつが生きておればカケルが世界を破滅させることはあるまい。こやつを元に戻すまで、生かしてしておいた方がいい」


 クロウが魔法で落とそうとしたところでフェアレイターが止めた。口惜しいが影人が死ねばカケルは世界を滅ぼすことを考えれば今は倒さない方がいいと判断した。


 「ふ、ふふふ……私は気配を消せる。カケル君が追うことはできまい。私が世界の救世主というところかな? ふふふ」


 「芙蓉がさらわれちゃう」


 <迂闊に手を出せないのが悔しいですね。あの高さは追いつけませんし。でも、あの男は芙蓉様に執着しています。不老不死ですし、酷い目にあうことはないでしょう>


 「それはそうさ! この世界へきたのは芙蓉と二人で過ごすためでもあるんだからな! では、ごきげんよ――」


 アニスがボソリと呟き、ナルレアが歯噛みをする。それを見て笑う影人が不意をつかれた。


 【ふむ、やはり下種だったか。フェアレイター翁が敵対しているなら、お前は敵だ。この娘は返してもらうぞ】


 「な、何!?」


 奇襲をかけたのはグラオベンだった。空を飛べるグラオベンが影人を殴り、芙蓉を取りこぼしたところを拾った。


 「ああ!? 芙蓉! 芙蓉が!」


 「教祖、今は押さえてください! 逃げるのが先です! 魔王が動きそうです!」


 「お、おのれぇぇぇぇ……!! 覚えていろ、芙蓉は必ず取り返す……!」


 ガリウスに連れられ、血だるまになりながらも、影人は城の外へ逃げ出した。


 「う、ぐぐ……ニガスカ……」


 『面白くなってきたわね! そうそう、封印なんだけど、解いても解かなくてもどっちでもいいわよ? 別にこのままアウロラとして生きていくのも悪くないし? ま、アウロラが復活した所で力の殆どは私が持っているから何もできないでしょうけど……それじゃ、またね』


 「待て! 貴様にはまだ聞きたいことがある!」


 『またね?』


 フェアレイターが叫ぶも、エアモルベーゼ・アウロラはプツリと通信を切断したのだった。


 そしてカケルは―― 

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