第百九十六話 変貌を遂げる



 「さて、随分楽しませてもらった。私はそろそろお暇させてもらうとしよう。戻れ"獄潰ごくつぶし”」


 影人がトレーネに向かって手を翳すと、刺さっていた刀が手元に戻る。そしてそのまま芙蓉の元へと近づいて行った。


 「くっ……動かない……!」


 「ようやく、お前とまた暮らせるようになるな。嬉しいよ、芙蓉」


 「誰があんた……なんかと……か、カケルさんを解放してみんなを治療させなさい……」


 「芙蓉の頼みでもこればかりは聞けないな。もっと彼に絶望を味わってもらわなければならないからね。ん?」


 「ごほ……」


 ルルカが倒れたまま血を吐いたことに気づき、影人は刀をゆっくり持ち上げる。


 「何を……!?」

 

 「なあに、トドメさ。もう用は無いし、痛い思いをさせておくのも可哀相だろう? 介錯と言うやつだ」


 「や、止めなさい!」


 「首を落とせば終わりかな」


 芙蓉の言葉に聞く耳を持たず、刀を振り降ろそうとしたその時だった!


 「≪凍れる葬送の棺≫」


 パキパキ……ピキィン……



 ガキン!


 「何!?」


 影人が振り降ろした刀は氷漬けになったルルカに阻まれた。直後、リファとメリーヌ、トレーネも文字通り棺のような氷に包まれていた。


 「≪黒の大牙≫!」


 「≪炎塊≫」


 「つぉぉぉりゃぁ!」


 <はあ!!>


 「チッ!」


 人質が居ないならとクロウとアニスが魔法を放ち、フェアレイターが俊足で影人に迫る。フェアレイターとナルレアが影人と交錯した瞬間、フェルゼンの剣が影人のを狙う!


 「こっちにもいるぜ!」


 「人質が居なくなったくらいでいい気になるんじゃないよ」


 「ぬう!?」


 「やるじゃねぇか!?」


 <この男……強いですね……! 慣れない体とはいえ、レベルに換算すると400はあるのに……>


 三人の猛攻を回避し、ナルレア、フェアレイター、フェルゼンを弾き飛ばし芙蓉を抱えて距離を取る。


 「師匠が力負けした!? あの男、一体なんなんだ……!」


 グランツも攻撃に参加しようとしたが、一瞬背筋が寒くなり立ちどまると、影人がニヤリと笑う。


 「へえ、いい勘をしているな、君。後一歩踏み込んでいたら胴体から真っ二つだったんだが……それはともかく、私の邪魔をしたのは誰かね?」


 影人がそう言った次の瞬間、水の刃が頭上から降ってきた。


 「きゃあ!?」


 動けない芙蓉が悲鳴をあげ、影人が刀で刃を弾く。


 「当たるものか。……こっちもだ」


 水の刃を避けた後、刃に紛れて小さな影が影人を攻撃する。だが、それを難なく躱す。すると、攻撃していた人影が距離を取る。そこへもう一つ影がメリーヌの開けた穴から現れた。


 「これ、しっかり狙わぬか」


 「これでも無理してんだよ! アタシの力を極小に復活させたのはどこのだれだったかねぇ!」


 一人は水色の長い髪を後ろ束ね、ドレスのような着物を羽織った目の赤い女性。もう一人はコバルトブルーに近いショートカットの女の子だった。その女の子がフェアレイターに気付き、手を上げて挨拶をする。


 「お、フェアレイター翁じゃん! 久しぶり!」


 「お前はネーベルではないか! 復活しておったのか。そっちは『水氷の魔王』かの?」


 「いかにも。わらわは『水氷の魔王』ラヴィーネ。すまぬ、わらわの余地でここで良くないことが起こることはしっておったのだが、少し遅かった。すまぬ。娘達は氷の棺に閉じ込めたからかろうじて生きておる。ただ、相当なレベルの回復魔法が無ければ戻ってすぐに即死じゃろう」


 ラヴィーネは影人から目を離さずその場に居る者に告げると、影人がため息をついて肩を竦める。


 「なるほど、魔王ね。どうして破壊神の力と一緒にいるんだね? ……ま、それはいいか。どちらにせよ私は目的を果たした。そこにいる男を廃人にしたから満足だ。だから、君達は殺さないでいてあげるよ」


 ピュー


 動かないカケルに微笑みかけ、影人が口笛を吹くと、天井が破壊されてそこからある男が空を飛びつつ降りてきた。


 「あいつ……アウグゼストから逃げた、大司教ガリウスじゃないか!?」


 クロウが叫ぶと、ガリウスがクロウに目を向け口を開く。そして、その後ろに縛られたギルドラを見て鼻を鳴らした。


 「クロウ神官か、久しぶりだな。それにギルドラもいるのか? ……まあいい、お迎えに上がりました教祖」


 「ありがとう。二人分だけど大丈夫かい?」


 「魔法で浮かしますので。ギルドラ、ヘルーガ教へ戻ってくるか? 連れて行ってやってもいいぞ」


 「……」


 「無言は否定ととるぞ。では行きましょう」


 ふわりと、影人とガリウス、そして抱えた芙蓉が浮きはじめると、フェルゼンがジャンプをして斬りかかる。


 「逃がすかよ! エリン!」


 「はい!」


 「力の差は見せたと思ったが、懲りないな。『激動の乱風』!」


 「ぐあ!?」


 ズダーン、と刀から発生した風に押し返され、床に叩きつけられるフェルゼン。エリンの矢も届かず地面に落ちてしまった。


 「師匠!?」


 「はっはっは。さようならだ。もう会うことも無いだろう、君」



 グワッ……



 ゾクリ……影人がカケルの名を呼んだ瞬間、とんでもない魔力が周囲に展開され、その場にいた全員が寒気を覚える。


 ゆらり、とカケルが一歩前へ、歩き出す。


 「……魔法が解けたのか? しかし、もう遅い」


 


 「な、なんですか……このとんでもない恐怖感は……」


 ティリアが唇を震わせ――


 「あ、ああ……」


 エリンがその場にへたり込み――


 「まずい!? おい、土刻の! カケルを正気に戻すぞ!」


 「お、おう! カケル! どうした! 娘達は大丈夫だ、お前が回復してやれば!」


 どん!


 カケルは肩を掴んできたフェアレイターとフェルゼンを押しのけて尚も進む。


 「か、カケルさん! ……う!?」


 グランツが道を塞ぐが、目線は影人を向いたままで、グランツは眼中に無かった。赤い目のカケルはグランツを押しのけ――



 「おおおおおおおおおおおお!!」


 咆哮を放った。



 ゴゴゴゴゴゴ……


 「大気が震えている!?」


 チャーさんがアニスの肩に飛び乗った直後、カケルは一瞬で影人の目の前に跳躍していた。


 「な!?」


 ガゴン! 強力な拳骨が影人の後頭部を捉え、地面に叩きつけた。カケルは芙蓉をキャッチし、地面に降ろすとさらに攻撃を続ける。


 先ほどまで有利だった影人がカケルにいいように殴られていた。


 「ぐは!? な、何だと!? こんなはずは……!? 私のレベルは700を越えているんだぞ! ごふ!?」


 「教祖!」


 「貴様モ、ジャマヲ、スルカ」


 ドン!


 助けに入ったガリウスに裏拳が入り、柱まで吹き飛ぶ。影人がその隙にカケルへ背中から刀で斬りつけた。刃は硬から心臓付近まで達し、血しぶきがあがる。


 「ふー……ふー……は、はは……ははははは! 調子に乗っていたがそれみたことか! 後少し力を加えたらお前の心臓は――」


 グシャ……


 言い終わるより早く、カケルの拳が顔面に刺さる。そしてそのまま魔力を収束させる。


 「≪ジゴクノゴウカ≫」


 「ひっ……!?」


 キュボ……!


 間一髪、影人がしゃがんで顔面に炸裂するはずだった魔法は城の壁をぶち破り、空の彼方へと消えた。しかし、開けた穴の大きさは、レリクスの城から脱出する時に開けたものより、2倍は大きかった。


 「な、何だ、何なんだこいつ……! 傷が塞がっていく……!? それに、つ、強すぎる!? 私がガードすらできないなんてことがあるわけが……!」


 「がああああああああ!」


 「う、うお……!?」


 刀で応戦するが、大人と子供の戦いかと間違えそうになるほど、戦力差は歴然としていた。味方であるフェアレイター達ですら、立ちすくむほどなのだ。


 「ぐは!? ぐあああ!? こ、こんな話は聞いていないぞ……!? エアモルベーゼめ、どういうつもりだ!?」


 防戦一辺倒になった影人が悲鳴に近い声をあげると、どこからともなく声が聞こえてきた――



 『やっちゃったわねぇ、あなた』


 「そ、その声はエアモルベーゼ!? どこだ! どこにいる!? こ、こいつを処分してくれ!」


 血だらけになった影人が叫ぶと、エアモルベーゼがクスクスと笑い、言葉を放つ。


 『それが残念。私は干渉できないのよ? 言わなかったかしら。それにカケルさんは……本物の魔王になったから私としては好都合なのよね♪ ……あは! あははははは!』

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