第百九十二話 キナ臭いなにか


 ――リファが死んだことになっている。


 昨晩食事を分け与えた女性は、俺達の出発と共に港町へ向かうのだと、逆方向へ歩き出していった。一人で大丈夫だろうかと声をかけると、彼女はユニオンにも属している戦士なのだとか。食料を少し売ってあげると、何度もお礼を言いながら去って行った。


 

 しかし! 今は他人を心配している余裕は俺達には、いや、俺には無かったりする!


 「新しい魔王って俺のことじゃん……国王と


 「だ、大丈夫だカケル! 私が生きていることが分かれば父上も兄上も無茶はしない! ……と思う」


 「『と思う』じゃかなり信憑性が変わるけどな。まあ、流石にリファを見たら嘘だってのが分かるだろうから、大丈夫だろう。安心させる意味でも、先に城へ向かうとしよう」


 「そうだね。ボクもスマホの研究がしたいし、それがいいかも。封印はまだ大丈夫でしょ?」


 「そうね。ヘルーガ教徒もヴァント王国で数を減らしているし、ギルドラの部下は捕縛されているから、大きな動きが出来る人員はいないでしょ」


 ルルカと芙蓉に言われてギルドラがふん、と鼻息を出しながら喋り出す。


 「下の連中はまだ数は多いぞ? まあ、統率者がいなければ派手な動きができん者ばかりだがな。ヘルーガ教徒は虐げられたり、捨てられた者が多いからどうしてもネガティブな思考をしているから踏み出せる者は少ない」


 「別に暴れたきゃ勝手にすればいいと思うけど、自分の力でやらないのがむかつくよ。僕もエリアランドで似たようなことをやったけど、今となってはあれを他人がやってたらカケルみたいに激怒したような気がするよ」


 クロウがギルドラを睨みながらそんなことを言う。こいつも俺達と一緒にいて考え方が変わって来たのか。悪態をつくことが少なくなった気がするなあ。アニスの影響もあると思うけど、いい傾向だ。


 <では、リファ様の城、トーテンブルグへ進路を変えますね>


 「頼む、ナルレア殿」


 馬車の御者もやりたいと言う、ナルレアの希望で手綱を彼女に任せて走らせる。


 そして女性と出会ったところからさらに馬車で四日。魔物を狩りつつ、平原と丘を越え、ついにリファの実家であるトーテンブルグへと辿り着く。


 「それじゃ御者は私が変わろう。門番なら私の顔を見て気付かないはずはないからな」


 「ボクが隣に座るね。お嬢様はあまり馴染が無いと思うから、そのままでいいよ」


 「ありがとうございます、ルルカ。……? カケルさん? カケルさんはどこへ?」


 「……ちゃんと乗っているから心配するな。『存在の不可視』で消えている。端っこにいるから触るなよ?」


 「なんでまた!?」


 ティリアがキョロキョロしながら言うと、師匠が呆れたような声を出していた。


 「国王もちゃんと話せば分かってくれるじゃろうに。……いや、お主刺客から目を逸らす為に隠れておるな?」


 バレたか。


 「……ま、そういうことだ。俺を狙っているなら逸らせるし、無差別ならそういう対応を取るつもりだ」


 <荒事は私に任せてくださいね>


 「わしも居るからな! うわっはっはっは!」


 頼もしいやら怖いやら。さておき、門が近づいていくと、門に立っている衛兵に止められた。


 ……ふうん、門の近くに詰所みたいなのがあるな。まあ、変なのが来たら門番にいるやつだけじゃ対処できないだろうし、当然と言えばそうか。俺が考えていると、こちらに近づいてきた衛兵が見上げながら口を開く。


 「そこの馬車、止まれ!」


 「城下町へは許可を得てから入れることになっておる。身分を明かせるものはあるか?」


 するとリファが馬車を降りてから対応に入った。


 「私だ。第二王女のリファルだ。死んだ、という噂が流れているようだが、それはデマだ。それとは別に単純に忘れられているのだとしたら泣きそうになるぞ?」


 「リファ、ル……様!?」


 衛兵の一人が驚愕の顔でリファを見る。死んだと思われているならこの反応は当然……なのだが、様子がおかしい?


 「ちょ、ちょっとお待ちください」


 「何? 疑いが晴れたんだから入ってもいいよね? ボクはルルカ。この城に仕える賢者だけど、誰か分かる人を連れて来てよ」


 「あなたはルルカ様、ですか……? 申し訳ありません! しょ、少々お待ちを」


 二人が馬車から離れ、何やらひそひそと話しだした。


 「(――か、本当――する?)」


 「(連れてい――にしても――っくり――)」


 くそ、微妙に聞き取れない……近づいて聞くか? そう思った矢先、二人がリファの所まで戻り、ニコニコしながら手を門へ広げた。


 「お待たせしました、リファル姫。国王はさぞ喜ばれることでしょう! ささ、お通りください」


 「よもや亡くなられたと思っていた姫が……! ……新しい魔王とやらはどうなりましたか? 若い男の姿をして。女性を誑かしていると聞いています。姫が毒牙にかかり、殺されて捨てられた、と……」


 ドキっと心臓が跳ね上がる。間違いなく俺のことだ。どうして俺のことを……あ、ユニオン経由で聞いたのか?でも、俺の活躍(笑)はユニオンの人達にも伝わっているはずだけどな。


 「彼はそんなことをする人ではない! 私の友人だ」


 「……そうですか」


 「(やっぱり)」


 ……? 門番二人が頷き合ってる? 今、やっぱりって言わなかったか?


 「姫様のご友人に対し、失礼を申し上げたこと、お詫びいたします。それではお進みください」


 「うむ。では行こう」


 ガラガラガラ……


 馬車はゆっくりと城下町へと入り、背にした重苦しい扉が音を立てて閉じた。何となく、衛兵二人が閉まる直前睨んでいた気がするが……


 「キナ臭いのう」


 「爺ちゃんそれ、どんな匂い?」


 「うむ、アニスよ。本当の匂いではないぞ? クロウ、どうじゃ?」


 アニスのボケに爺さんがすかさずツッコミ話を戻すと、クロウが馬車から身を乗り出して町を見渡し、目を細めていた。


 「……人は居るけど、活気が無い、かな? でも、昨日の女の人が言っていたみたいに、リファさんが死んだっていう話から、戦争の準備をしているからじゃないのかい?」


 そう言って首を傾げるクロウに、師匠が爺さんへ話しかける。


 「だといいのじゃがな。フェアレイター殿、クロウとアニスを連れて馬車を降りてくれるか?」


 「……大丈夫か?」


 爺さんが片方の眉を吊り上げると芙蓉が真面目な顔で頷いた。


 「こっちにはわたしとカケルさん、ナルレアがいるからいざという時は逃げられるわ。その二人、特にアニスちゃんはまだ戦えないしね」


 「承知したぞ。夜は宿に泊まるが、基本はこの町のユニオンで待つ。逃げる時は立ち寄るのだぞ?」


 「わ」


 「うわ!?」


 「吾輩もアニスについて行こう」


 爺さんが二人とチャーさんを抱えてふわりと馬車を降り、馬車を見送る形になる。そこに振り返ったティリアとルルカが驚いて声を上げた。


 「あの、メリーヌさん!? どうしてフェアレイターさんと二人は降りたんです!?」


 「え、え? お爺ちゃん馬車降りるの? クロウ君とアニスちゃんも?」


 「うむ。嫌な予感がするのじゃ。リファの父親が敵であるとは思わんが、念のためじゃな」


 それを姿を隠したままの俺が疑問を口にする。


 「戦力を分散させて良かったのか?」


 「ナルレアが居なかったらティリアさんを残していたでしょうね。もっとも、予感が外れるのが一番いいのだけどね。あ、そうだ、結局二人きりで話したかったこと、話せなかったわね。後でゆっくりできたら話しましょう」


 芙蓉が険しい顔で城を見ながらそう言い、馬車は城の中へと入っていった――

 

 



 ◆ ◇ ◆





 「行ったか。これからどうするんだい師匠?」


 「さっきも言ったが、基本はユニオン内で過ごすぞ。夜になったらユニオンから近い宿を探す」


 「りょーかい」


 三人と一匹はユニオンの扉をくぐり、適当なテーブルに腰掛ける。ユニオン内は他のところと同じく、食事も提供しているので、三人は飲み物を頼んた。


 「僕はまだ足手まといか。まいるなあ……」


 「私も強くならないと」


 「今回の件は強さではないぞ? 確かにまだ修行は必要だが、その辺の冒険者よりは確実に強くなりつつある」


 「実感はないけどねえ……」


 「頑張ろう、クロウ君」


 「そ、そうだね!」


 「修業が足りんのう……」


 どうもアニスが絡むとクロウはダメになると苦い顔をするフェアレイター。この辺りを引き締めたいと思っていたその時、何かに気付いたチャコシルフィドがピンと尻尾を立てて飛び出した。


 「にゃー!」


 「あ、チャーさん」


 アニスの手から逃れたチャコシルフィドが二つ先のテーブルへと着地した。そこにいた冒険者とみられる四人組が一瞬ビクッと動きが止まる。



 「あいつ、人に迷惑かけやがって!」


 「どうしたんだろうね」


 クロウとアニスがそのテーブルへ行くと、チャコシルフィドがハニワの形をした何かにじゃれついていた。


 「~!? ~!?」


 「むう、どうしたことだ……吾輩、ついじゃれてしまう……!」


 ハニワは意思を持っているらしく、小さい手でバンバンとテーブルを叩きながら助けを求めていた。

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