第百八十八話 真・ナルレアとおまけ

 

 コンコン



 「ヒッツェ、居る?」


 芙蓉(制服Ver)が、船の底に近い場所までみんなを案内し、とある部屋でノックをする。すると中から、気怠そうな声で返事があった。ちなみにクロウとフェアレイターは興味が無いと言ってここには来なかった。


 「その声は芙蓉さんかい? 居るよ、散らかってていいなら入っても構わない」


 「それじゃ遠慮なく」

 

 ガチャリと扉を開けると、そこはさながら実験室の様相をしていた。所々に酒瓶だか、ビーカーだか分からないものが散乱し、匂いもきつい。


 「くちゃい……」


 「吾輩、外にいるぞ……」


 アニスが珍しく、少し眉を曲げ、チャコシルフィドが早々に退散した。他の面々も顔を顰めていると、ヒッツェと呼ばれた男が机の上に腰掛けて呆れたように口を開いた。


 「だから言ったろう、散らかっていてもいいならってさ。で、正体を明かした頭が何の用だい?」


 「例の件よ。素体はできてるかしら?」


 それを聞いてヒッツェは口元を緩ませて手をパンと叩いた。


 「戻ってくる間に仕上げておいたよ! じゃあそこの彼は今?」


 「ええ、身体を頼んだナルレアです。それで、どこに?」


 ナルレア(カケル)が尋ねると、ルルカもずいっと前へ出る。


 「早く早く!」


 「うわ!? 何だい君は? まあいい、こっちの部屋だよ」


 ヒッツェが隣の部屋へ行き、その後に続くナルレアとルルカ。その後ろをメリーヌとウェスティリアが追う形になった。


 「わくわくしますね!」


 「しかし眉唾な話じゃがなあ……」


 最初の部屋とは違い、全員が余裕で入れるほどの空間があり、綺麗に片づけられていた。部屋の隅にあるベッドに、女性が寝かされているのが見え、ナルレアはそちらへ近づいて行く。


 「これが――」


 「そう、人工的に作った素体だよ。魔物なんかの材料で、それとなく人間に近い形にはなっているけど、基本的にはゴーレムだと思ってもらっていい」


 芙蓉が覗き込むと、すこしだけがっかりした感じで言う。


 「ゼラチン質なスライムで人工皮膚を作ったり、攻撃に耐えうるように皮膚の下を鉄と樹木で構成したり、ってところだけど、やっぱりごついわね。重いマネキンね」


 「仕方ないだろう。マネキンとやらは芙蓉さんの知識にしかないんだから、あとは自分の想像で補完するしかない。これでも美人に作ったと思うけどね。……小さいけど」


 なんせ初めてなものだから幼女サイズしかね、と肩を竦めて答えていると、ルルカがナルレアの素体を触りながらぶつぶつと呟いていた。


 「――ふーん……スライムをここまで薄くできるんだ。一回溶かしてから伸ばすとかかな……間接は歯車? 髪の毛は難しいけど、かつらを使えば……」


 「ふむふむ、君は研究者かな? どうだい、凄いだろ?」


 「ボクは賢者だよ。凄いというのはそうだね。ここまで人間っぽいのを作ったのなら凄いと思う! でもゴーレムだから武骨だねえ」


 「そうなんだよ……一応、樹木ベースで作っているから柔軟性はあるけど、火に弱いし動き硬いんだよ」


 難色を示す二人だが、ナルレアはにっこりと笑って素体を撫でていた。


 「これで十分ですよ。ありがとうございます! 後は私がうまいこと組み替えますから」


 「組み替える? まあいいわ。で、どうやってこっちに移るの?」


 「そうですね、そろそろカケル様も目覚めそうですし、早いとこやっちゃいましょうか!」


 ナルレアがそう言うとスッと素体に口づけをした。


 「ああ!?」


 ルルカの叫びも虚しく、ナルレアの”作業”が終わり、カケルの体がぐらりと揺れて倒れ込む。それを慌ててルルカとメリーヌが支えると、素体に変化が起きた!



 カタカタカタ……


 「震えてるな」


 「ナルレアさん、大丈夫でしょうか……」


 リファとウェスティリアの言葉に反応するように、身体の揺れが激しくなっていく。やがて――


 カッ!


 「うわわ!? 目、目がぁ!?」


 「眩しい!?」


 「ルルカ、こっちへ来るのじゃ!」


 「これは見逃せないわね!」


 ヒッツェが尻餅をつき、メリーヌが目を細めながらルルカを引っ張って行くのを尻目に、芙蓉はサングラスを装備して見入っていた。その内、光が消え、静かに素体が佇んでいる先程と変わらない状況に戻った。


 「失敗、か……?」


 「いいえ、これは……!」


 リファが残念そうに呟き、芙蓉はふるふると肩を震わせながら叫ぶ。すると、素体が上半身を起こしたではないか。


 <ふう……成功しました!>


 ニコリと笑って力こぶを作るナルレアに、ポカーンとする一行、。それも無理はない……なぜならば!


 「いやいやいや、おかしいでしょ!? さっきまで髪の毛が無かったのに、めっちゃさらさらな青い髪ロング! ごっつくて、ぷるんぷるんだった腕が、シルクかってくらい白くて艶があるし! ……あ、でも質感はスライムね。関節のつなぎ目も無いし、極めつけはなんで等身があがっておっぱいがでかくなってるのよ!!!」


 芙蓉が捲し立てるように叫び、相変わらずボーっとしていたルルカがハッと我に返り、参戦する。


 「そ、そうだよ! どう考えてもその結果にはならないよ!? カケルさんの力でもしかしたら何とかなったのかもしれないけど、それにしても……ちょっと……」


 また女の子が増える……と、小さく呟いた声は聞こえなかった。一方、目を瞑ってにこやかに、うんうん、と聞いていたナルレアがひととおり聞いた後、口を開いた。


 <なんででしょうね!>


 「こっちが聞いてるのよ!」


 スパン!


 <痛い……>


 「痛覚もあるのか……興味深い……」


 ヒッツェがナルレアの頬に手を触れようとしたところ、ナルレアがぴしゃりとその手を払っていた。


 <あ、男性のおさわりはカケル様以外許可していませんからあしからず>


 「造ったのは俺だけどね!?」


 わいわいと言い争う光景を、遠巻きに見ていたウェスティリア達が、顔を見合わせてため息を吐いた。


 「また厄介な人が増えましたね。いえ、戦力としてはありがたいのですが……」


 「だな……この先大丈夫だろうか。城に帰りたくないなあ……」


 「むう、わしより大きい。狙っておるのか……?」


 「メリーヌお姉ちゃん、狙ってるって何?」


 「うむ、アニスはまだ知らなくていいのじゃ」


 「?」


 メリーヌは遠い目でアニスの頭を撫でるのであった。


 


 ◆ ◇ ◆



 「ん……んあ……?」


 「目が覚めたか」


 「チャーさん? 俺は一体……って近いな」


 「にゃー」


 目が覚めると、目の前に……本当に目の前にチャーさんがいて、獣臭いと思い、とりあえず顔の前からどける。猫みたいな声を出すチャーさんをお腹に置いて、俺は体を起こした。


 「ここは俺の部屋か。そういや、芙蓉の格好を笑ってから記憶が無いな……」


 「うむ。その後大変だったのだぞ。とりあえずリファ姫がここまで運んできてくれたのだ。しきりに匂いを嗅いでいたが特に体に異常はなさそうだな」


 チャーさんから気絶してからなにがあったのかを教えてくれた。それと聞きたくない情報まで。どうやら、俺が気絶した後にナルレアが表に出て好き勝手やってくれたことが判明。


 ちなみに最初、チャーさんは外で待っていたらしいが、すぐにみんなも外に出て来たらしく、その中に見知らぬ人物……ナルレアがいたのだそうだ。



 「ナルレア……おいナルレア!」


 シーン……


 ナルレアに呼びかけるもまったく反応がない。ステータスを開けてみると、スキルは残っているので無くなったと言うことでは無さそう――


 <ごめんなさいご主人様!>


 そんなことを考えていると、突然頭にキンキン声が鳴り響いた!? なんだ!?


 「やかましっ!? 何だ、ナルレアか? それにしちゃ声が幼いが……」


 <はい! お姉ちゃ……ナルレアさんは、”素体”に移りました! これからはわたしアリゲーターを務めます!>


 「ナビゲーターな。お前はナルレアじゃないのか?」


 <んー、良く分からないですけど、能力の一部をこっちに残したとか言ってました! お姉……ナルレアさんは、だから少しレベルが下がっているです>


 「なるほどな。まさかマネキンだかゴーレムに移るとは……器用な真似をしたもんだ……それじゃ、これから頼むぞ? えーっと……」


 <わたしのことはミニレアと呼んでください!>


 「分かった。ミニレア」


 <えへへー! あ、誰か来ますよ>


 早速役に立ちたいのか、そんなことを言うミニレア。程なくしてコンコンと、部屋にノックが響く。


 「誰だ?」


 「私よ、そろそろ夕ご飯だけどどう?」


 「……お前にやられた傷は深い」


 声の主は芙蓉だった。俺が痛がるフリをすると、最初は激昂しつつもすぐにしゅんとなった。


 「あ、あれはカケルさんも! ……ご、ごめんなさい……」


 「はは、まあいいさ。俺も悪かったよ。それじゃ、夕食がてら、チャーさんから聞いた話をもう少し詳しく効かせてもらおうか――」


 俺は食堂へと向かった。

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