第百三十一話 その男、大司教


 エドウィンがガリウス大司教を呼びに部屋から出ていき、俺達は再度待つことになった。


 「それにしてもアウロラ様があのような物言いをされるなんて……」


 言い分として間違っていると言う訳ではないが、信奉している身としては『ちょっと破壊神も復活するけど、世界が危ないから封印解いてね』は、そうそう納得いくものではない。ユーティリアは電話が切れた後、酷く落ち込んでいた。


 「俺がこっちに送られる時もあんな感じだったから、割と適当なんじゃないか? で、ルルカはまだ満足しないのか?」


 「ちょっとその言い方だとエッチな感じに聞こえるよね……もうちょっとだけ。枢機卿が戻ってきたら返すから」


 ルルカはハンズフリーで会話していたスマホがやはり気になり、色々といじっていた。こうすれば……とか、セフィロトを使えば……とかぶつぶつ言っていたのが気になる。


 「それにしても遅いのう。枢機卿はどうしたんじゃ?」


 「……確かにね。何かあった――」


 ドゴォォォォン……!


 レブナントが言いかけたそのとき、外から轟音が鳴り響いた!


 「何だ!?」


 クロウが叫び、扉を開けると遠くから悲鳴が聞こえてきており、ただ事ではないと悟り、俺はクロウを押しのけて外へ飛び出す。


 「あ! カケルさん!」


 「相変わらず早いのう、待たんか! 一人では危ないぞ!」


 「聖女様はここでお待ちを……」


 「いえ、もし怪我人でもいたらいけません。私も行きましょう」


 ルルカと師匠、クロウにユーティリアが追いかけて来る気配があったが、構わず俺は騒ぎがある方へと急ぐ。



 「ここか! ……枢機卿!?」


 騒ぎの場所は礼拝堂だった。信者と思われる人間が倒れており、その中にはエドウィンも倒れていた。


 「う、ぐ……気をつけろ……そ、そこに居る紫のローブを纏った男が大司教ガリウスだ……」


 床に倒れているけど、説明的なセリフをありがとうエドウィン! 部屋の中央に陰気な顔をした男が俺に気付き、ゆっくりと顔を向けてくる。警戒されるかと思ってエドウィンだけに行かせたが、すでにこっちの動きがバレていたってことか? すると、ガリウスが口を開いた。


 「初めまして。私が大司教ガリウスだよ。私に何かご用かな?」


 微笑むようにそんなことを言う。


 「……白々しい。一応聞いてやるがどうしてこんな真似をした? デヴァイン教は人を救うんだろ? 死にかけている人もいるじゃないか」


 <『速』へ振り分けます>


 「む……!?」


 俺は一瞬でケガをした人達へ近づき、回復を行う。意識は戻っていないがこれで問題ないだろう。『生命の終焉』でみても死ぬ気配は無かった。


 「その瞳……魔王か。しかし、お前のような者は見たことが無い……フッ、悩める人間を救うなら殺してしまっても構わんだろう? 死ねば悩みは無くなる」


 「新参者で悪かったな。で、その言い方にこんな真似を……お前はヘルーガ教徒ってところだな? 言い訳でも聞きたかったが、まさかその前に正体を現すとはな」


 俺がさっさと正体を突きつけてやると、ガリウスは口の端を歪ませて言い放った。


 「その通り。ヘルーガ教が幹部の一人、ガリウスとは私のことだ。エドウィンの態度で私をおびき寄せようとしたことは分かっていた。ならばその前に脱出をはかるべきだろう?」

 

 確かにその通りではある。アヒルの村でもそうだったが、こいつらの厄介なところはプライドよりも目的にある。分が悪ければさっさと逃げようとするしたたかさは何気に面倒くさいのだ。睨みあっていると、師匠達の声が聞こえてきた。


 「追いついたわい。そいつがガリウスかのう」


 「カケル! ……う、ガリウス……!」


 師匠とクロウが追いつき、クロウが呻く。師匠を見て、ガリウスが面白くなさそうに言う。


 「そこの女……なるほど、ガイサック達から連絡が途絶えたのはお前達がやったのか。アヒルになった気分はどうだったかな?」


 「そういうことだ。お前には聞きたいことが山ほどある。大人しく捕まってもらおうか」


 俺がカバンから槍を取り出して構え、クロウがチャクラムを取り出し、師匠と追ってきたルルカも武器を構えた。

 しかし、そこでユーティリアが一歩前へ出てガリウスへ尋ねた。


 「ほう、聖女様もいらっしゃったとは」


 「あなたは、信者の話を親身に聞く模範的な司教だと思っていました。クロウ君を唆し、エリアランド王国を混乱に導こうとしたのは何故です」


 それを聞いてくっくと笑う。


 「それはもちろん……世界のためですよ」


 「異種族を争わせてなにを……!」


 「良いではありませんか。封印が解ければ破壊神様が復活されて世界は混沌に包まれるのです。それくらい些末なことです」


 「うるさい! 封印を解けばアウロラ様も復活するんだ、破壊神はまた倒されるんだよ!」


 クロウが激高し、チャクラムを投げつけた!


 しかし、ガリウスはスッと身を翻し、攻撃をかわしながらクロウに言う。


 「君は中々いい素質がありそうだったから人を殺せばふっきれると思ったんだがね。それにアウロラが復活する? ……フフ、何も知らないということは幸せでいいのかもしれないな!」


 「どういう意味だ!」


 「それを教える必要はない!」


 「うぐ……!」


 「クロウ!」


 ドッ! と、見えない衝撃波でクロウが壁に叩きつけられる。それを皮切りに、俺はガリウスへ攻撃を仕掛けた!


 「援護するぞカケル!」


 「ボクも!」


 二人の魔法がガリウスを襲い、俺も槍で突きかかる!


 「やあ、これは分が悪いかな?」


 「こいつ……!」


 のらりくらりと槍を回避し、その後とんでもない光景を目にする。


 バシュ!


 「ま、魔法が!?」


 師匠達の魔法がガリウスに届く寸前で打ち消されてしまった!? 驚く俺にどこから取り出したのか、左手にもった小さめのメイスを振り降ろしてくる!


 「避けたか。今ので頭を潰してやるつもりだったのだがな。だが、まだ終わらんぞ」


 ヒュンヒュンと、軽々振り回し俺に猛攻を仕掛けてくる。懐に飛び込まれたら槍は厳しいか。それにこいつ、意外と速い!


 「カケルさん! ≪炎の牙≫!」


 ルルカの魔法が再度ガリウスを狙うが、やはり手前で煙のように消えてしまっていた。


 「フフフ、私に魔法は効かないよ? それ!」


 「きゃあ!?」


 「ああ!? 何と言う邪悪な気……!」


 ガリウスが手を横に振るうと、クロウを襲ったやつよりも大きい衝撃波が駆け寄ろうとしたユーティリア達の足元で炸裂した。


 「まずはこの男から始末してやる。聖女殿にはまだやってもらうことがありますが、枢機卿やそのほかの者には用はないので、ゆっくり殺してろう」


 「……ぐ……他の神官が黙っていないぞ……もうじき駆けつけてくるハズ……」


 するとガリウスがクロウの言葉を受けて笑い始める。


 「愚かな。ここで、今、こうして行動を起こしたのが突発的だと思っているのか?」


 「ま、まさか……!?」


 「今頃はお前達の大好きなアウロラのところへ逝っているんじゃないかな? フフ……ウフフ……」


 「なんてことを……!」


 「後を追え!」


 <カケル様、最速にしておきました>


 「お前がな!」


 ナルレアの声を受けて俺は槍を手放し、腰の錆びた剣を抜き、一瞬で後ろに回り込む!


 「いない!?」


 「これなら真っ二つにはならないだろ!」


 ザクッ! 


 「ぐああああああ!?」


 「な、何だ、こいつ……?」


 背中をざっくり切ったのは間違いないが、恐ろしく苦しんでいるガリウス。背中からシューシューと煙を噴き上げさせながら、振り向きざまにメイスを俺に叩きつけようとした。


 「おっと……!」


 「おのれ……その剣は……! まだ完全じゃ無いようだが、まさかそれを持っている者がここにいるとは……それに扱えると言うことは貴様……異世界人……」


 「な……!?」


 「その剣相手では分が悪い、ここは退かせてもらう」


 ガシャァァァン!


 バッ! っと、とんでもない跳躍力でステンドグラスのガラスをやぶり、その縁に立つ。


 「逃げるのか? グラオザムも逃げたし、破壊神に関わるやつは腰抜けが多いな!」


 「いくらでも吠えるがいい。最後に成し遂げた者が勝者なのだ。封印は必ず全て解く。楽しみにしていろ」


 「逃げる気じゃな! とっておきを食らえ ≪炎王の剣≫!」


 師匠の使った魔法は、炎で巨大な剣を形成し、師匠はそれを一気に振り下ろす!


 天井に刺さり、そのままバキバキとガリウスに向かって炎が迫る!


 「これは……いかんな!」


 「避けた!?」


 「チィ!」


 「侮れんやつらだ……さらばだ。もう会うこともあるまい≪飛翔≫」


 「待て!」


 俺は慌てて崩れ落ちた壁を乗り越えて追いかけるが、どこかの宇宙人のように空を飛んで逃げ去って行った!


 「地獄の劫火で……!」


 俺は死なない程度の魔力で魔法を放つ!


 「何!? うおわぁぁぁ!?」


 ガリウスに直撃! だが、魔法を打ち消す効果でガリウスのローブと髪の毛を焼く程度におさまり、まだ飛び続けていた。頭はアフロだが全裸にはならなかった。


 それはともかく、あの魔法を打ち消す何かは、一定以上までしかレジストできないみたいだ。


 それならと、二発目を撃とうと構えるが、直後ナルレアの声が響く。


 <射程外です>


 「逃がした……!」


 グラオザムと違い、ガリウスは何とかなりそうだったのに……俺は壁を殴りつけながら空を見上げていた。




 ◆ ◇ ◆



 

 <聖堂地下>

 


 「カケル君には悪いけど、お仕事をさせてもらうよ」


 レヴナントは全員部屋から出払った後、カケル達を追わず、別行動をしていた。これはカケル達も聞いていない独断である。


 「……この程度の鍵、私にかかれば……」


 カチャン……


 「さて、ここなら目的のものがあるかな。……もう私自身、諦めていたと思っていたけどね……」


 そう呟いて、レヴナントは地下書庫で探し物を始めるのだった――

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