第百三十話 疑惑から疑惑へ
「それで、君の聞きたいこととは何かね?」
エドウィンが椅子に座り直して尋ねてくる。俺は頷き、エドウィンとユーティリアへ顔を向けて話しはじめる。
「まずは俺のスキルを使わせてもらう『生命の終焉』」
「な……!?」
『エドゥイン=コール 寿命残:51年』
『ユーティリア=トリス 寿命残:128年』
あれ、ユーティリアって18歳くらいだと思うけど長いな。聖女補正ってところだろうか? そんな俺の思考とはよそに、ユーティリアが俺の目をじっと見ながら呟く。
「その目は……魔王の証、ですね。でも、六人の魔王とは違う力を感じます」
「継承されたわけではないのか?」
「ああ、信じてもらえるかは分からないけど、俺は異世界から来た。お前達デヴァイン教のシンボルであるアウロラによってな」
「え!? そこまで言っちゃうの!? まだ味方だと決まった訳じゃないのに!」
俺が魔王の力を発現させ、さらに異世界人であることを言うと、ルルカが悲鳴に近い声をあげて首をしめてガクガクと揺さぶってくる。苦しい。
「落ち着け、どちらにせよこれはするつもりだった」
「じゃあどうしてお嬢様とリファは残してきたの?」
「……万が一、俺達が戻らないようならあの二人に助けてもらうなりしないといけないからな。だから分けたんだ」
するとエドゥインが顎に手を当てて感心したように言った。
「なるほど、理に適っている、か。まあデヴァイン教は人を救うためにあるから、滅多なことでは敵対行動を取ることはないぞ。逆に言えば、私は聖女様の前に魔王を連れてきてしまったという恐怖がある」
確かに額には冷や汗が流れていた。お互い様というところではあるか。
ともあれ本題に入ろう。
「まず一つ目だ。アウロラの神託の内容を詳しく聞かせてくれないか?」
「詳しく、ですか?」
「ああ、さっきクロウに『そんな指示は出していない』と言った。なら本来の内容はどうだったんだ?」
俺が尋ねるとユーティリアは目を閉じて口を開いた。
「『時は来た。各国に女神の力を封じた封印を解き放ち、私を復活させなさい。そうすれば救いが広がる』というものでした」
「時は来た……」
レブナントが呟く。
「復活って……俺が会った時は元気そうだったけどな。無理矢理この世界に落とされそうになったし。他には何か?」
「そうなんですか? あ、でも神託を与えられるということだから存在はしているんですよね。後は……そう『封印の在り処は現地にあって、自分でも分からない』と言っていました」
「破壊神のことは?」
「何も……私はそれを聞いて減っているマナが関係しているのではないと思いました。それで、クロウ君達を向かわせたのです」
……アウロラは何を考えている?
復活したのはアウロラの力ではなく、破壊神の力だった。それを知らないとは思えない。
考えられる可能性はいくつかあるが……
一つ目は、本当にアウロラが嘘をついている。
二つ目は、ユーティリアが嘘をついている。
三つ目は、本当にアウロラが破壊神を知らない。(これはかなり極わずかなことだが)
しかし、今はそれを追及しても仕方がないので次の質問へ移ろうと口を開く。
「分かった、ありがとう。とりあえず、封印の件はもう少し調べてから解いた方がいい『たまたまエリアランドで解放した封印が破壊神の封印で、他にアウロラの封印もある』という可能性もある」
「む、むう……そうだな。幸いなのはクロウ達しか出していなかったことか」
「そいつは何よりだ。で、次の質問だが……」
ちゃーちゃーちゃっちゃらーらー♪
と、俺が言いかけたところでスマホが音を鳴らし始めた。この世界で音が鳴るということはまさか……! すかさずポケットからスマホを取り出すと、非通知の文字。通話のボタンを押して耳に当てて言う。
「……もしもし」
『あ、カケルさん? 私よ』
「やっぱりお前かアウロラ……!」
「「「え!?」」」
『何か私の話をされている気がしてね? あ、“はんずふりい"ってやつにしていいわよ』
「……」
俺はハンズフリーにして、手に持つと、アウロラはそのまま話を続ける。
『いきなりでごめんなさいね。女神アウロラよ。聖女は私の声、分かるわよね?』
「は、はい! え、本物……?」
『間違いなく本物よ? それで、封印のことについて伝え忘れていたことがあったから電話したわ』
「(タイミングが良すぎるが、ここはチャンスと見るべきか?)聞こう」
『私の封印って、その昔に破壊神を封じた時に使った力なのよ。一つだけだと困るでしょ? だから六つに分けたの。で、最近そっちでマナが枯渇しているでしょ?』
ティリアが言っていたことだな。
「ああ、どうもそうらしい。それと何か関係があるのか?」
『私の力が弱まっているから、どうも世界の維持ができにくくなっているみたいなの。だから一度封印を解いて力を完全に戻したうえで世界を治すつもりよ』
その言葉にエドゥインが慌てて声をあげる。
「し、しかし、この者達の話では破壊神の力も同時に復活するというではありませんか! アウロラ様の力が戻るのはめでたいことですが、破壊神についてはどうなさるおつもりですか?」
『大丈夫よ、復活したらまた抑えてあげるから。そっちには魔王もいるでしょ? カケルさんという新しい人材も送ったから抵抗はできるはずよ』
「……お前、こっちに来るとき自由にしていい、と言ったはずだぞ。そんな話は聞いていない」
俺がイラついた調子で言うと、あっけらかんとして言い放った。
『状況が変わればそういうこともあるわよ? 別に協力してくれなくてもいいけど。封印を解くたびにデヴァイン教徒の誰かが死ぬくらいだし』
すると、ユーティリアが静かにアウロラへ口を出す。
「……アウロラ様、私達は人々を救うために存在しているはずです。誰かが死ぬ、という発言は見過ごせません」
『……あーまあ、さっきも言ったけど状況が変われば手段も変わるわ。だから、仕方のないことなのよ。このままだと世界はバラバラになるわ。後は私が何とかするから、まずは封印を解いてちょうだい。犠牲を出したくないなら、ほら……そこにいるカケルさんに頼んでみたら?』
「……」
ユーティリアは納得いかないといった表情だが、世界と数人の人命を天秤にかけた場合、どちらを取るかは火を見るより明らかだ。
そしてアウロラはこの為に俺をここに送り込んだのではないか、と思い始めていた。
「アウロラ。これはお前の筋書き通りか?」
『ん? 何のことかしら? ちゃんと辺境の地に送ってあげたでしょ? 今の状況はカケルさん、あなたが作りだしたのよ? 嫌なら最初の町でリンゴ娘と一緒になれば良かったじゃない』
見ていたのか。だが、この世界のルール、そして俺に
「どうだか……他の魔王は俺を感知できると言っていたぞ? 回復魔法ではなくて回復魔王にしたのは遅かれ早かれこうなる予定だったんじゃないか? 転生者の能力は高いとお前自身語っていたハズだ」
俺が問うと、アウロラは少し間を置いてから喋りはじめる。
『……さて、ね。どちらにせよ世界を救うなら封印を解くしかない。それは覚えておきなさい? エリアランドで逃がした破壊神の手下が動きだしたら、なんちゃら教ってやつらも動くと思うわ。自分たちで出向いて、封印を解いた瞬間、倒しておく方がいいと思うけど』
チッ、ああいえばこういう。こいつは確信犯だと思うが、伊達に女神ではないということか。言い逃れはいかようにもできるし、聞いた限りだと俺達に選択の余地はない。
「とりあえず状況は分かった。封印の件については話しあいの余地はあるが、行く必要がありそうだな」
「いいのカケルさん? アウロラ様には悪いけど、ボクはちょっと虫が良すぎると思うんだよね」
『そうかもしれないわね。でもこの世界を創ったのは私。だけど行く末を決めるのはあなた達よ? フフ……あ、そろそろ充電がー』
それを聞いて反論できず、キー! となっているルルカを抑え、俺は丁度いいとばかりに、ユーティリア達に聞いてもらうつもりだった質問をアウロラにする。
「なら、最後に一つ聞かせろ。お前はこの世界に『勇者はいない』そう言ったな?」
『……覚えていないわね。それが?』
「エリアランドで封印を解いた時に現れたグラオザムというヤツは光翼の魔王のことを『光の勇者』と呼んでいたぞ? これはどういうことだ」
『分からないわ』
即答だった。
「分からないってことは無いだろ! お前の作った世界だぞ!」
『あ、電池が――』
プツ……ツーツー……
「~!! くそ!」
ダン! と、俺は激高して椅子を蹴り上げ、ルルカと師匠がビクッと身を強張らせた。
「あ、ごめん……」
「う、ううん……大丈夫……」
「……良い。横で聞いておったが、雑な話じゃな。何か隠しておるのは見え見えじゃ」
師匠がため息を吐いてからそう言う。そこでずっと黙っていたレヴナントが口を開いた。
「どちらにせよ封印は解放しなければならないようだね(勇者の件を知らないと言うとは恐れ入ったね)」
「みたいだな。あれじゃ殆ど脅迫だぞ……ん? 今、何か言ったか?」
「……」
聞き間違いか? レヴナントを見ると難しい顔をして椅子に座って腕組みをしていた。話がひと段落したところで、ユーティリアが喋りはじめる。
「……一体アウロラ様は何を考えて……カケル様とおっしゃいましたか。どうか、私達……いえ、世界のためにお力を貸していただけないでしょうか? 私にできることなら何でもします!」
「何でもはダメですよ聖女様!?」
クロウが大声を出し、ユーティリアを止める。世界を救うかどうか以前にまずやることがあると、俺は告げる。
「とりあえずガリウスというやつの話を聞かせてもらおう。俺の予想が正しければそいつは――」
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