第百二十九話 食い違い



 「それで、聞きたいこととは何だ?」


 エドウィンが戻り、開口一番で俺達に尋ねてくる。少し顔が引きつっているのは、俺達がお茶をしていたからに違いない。

 ユーティリアがズズ……と、お茶を飲んでいるのをよそに、メリーヌ師匠が手をあげた。


 「わしからでいいかの? 一つだけじゃし、すぐ終わると思うからのう」


 「ああ」


 俺が頷くと、コクリと頷き、クロウを含むデヴァイン教メンバーへと尋ね出した。


 「今はこんな姿をしておるが、実は80歳を越えておる。この地に名前が伝わっておるとは思えんが、わしの名はメリーヌ。メリーヌ=ピースクラインじゃ」


 「メリーヌだと……!? 爺様に聞いたことがある……美貌・魔力共に当時最高峰を誇った女性の名だ。忽然と姿を消した、と聞いているがまさか生きているとは……本物……?」


 エドウィンが驚き、師匠が話を続ける。


 「信じるかどうかはこの際どうでもいい。聞きたいのは一つ。当時、18歳のわしが国王と婚約するという時に、ジャネイラという者を唆して、わしを亡き者にした、という話を聞いたことは無いか?」


 「私は産まれていませんね……それに、そういった話も聞いたことはありません。申し訳ありません」


 ユーティリアがお茶を持ったままぺこりと頭を下げ、続いてエドウィンも顎に手を当てて考え込むが心当たりはないようだった。


 「……うーむ、爺様の全盛期……70年近く前の話ですからな。しかし、デヴァイン教徒がどういった目的でそのようなことをするとお考えで?」


 「わしが王女じゃと困る者が居た、そうじゃと思っておる。ジャネイラは欲が深かったのでな。国を操るならああいう手合いの方がいいというところじゃのう。それとヤツは『アウグゼストの者に唆された』と言っておった。まあ、本当のことを言うわけは無かろうが……」


 師匠は腰に手を当ててから、ふん、と鼻を鳴らす。


 「忽然と姿を消した裏にはそのようなことがあったとは……いいでしょう、何か手がかりが無いか調べさせましょう」


 「ほう、良いのか? 無駄足になるやもしれんぞ?」


 「ええ。恐らくはヘルーガ教の者だと推測されるが、こちらも過去の全てを把握してる訳ではない故、万が一を考えてのことです」


 「分かった。当時ここで従事して居た者達が生きておれば聞いてみるのもいいかもしれんの」


 「そうしましょう。ではメリーヌ殿のお話はこれで?」


 「うむ。わしはわしを嵌めた者を突きとめてやらねば気が済まん。が、そこの弟子があまり固執するなと言うのでな、分かればラッキーくらいでいいわい」


 さりげなく俺をあげてウインクしてくるが無視した。


 「なんでじゃ!?」


 「それでは次は……」


 「レブナントは?」


 「……私は後でいいよ」


 「ならクロウはどうだ。話が被るところもあるし」


 「そうだね……僕でいいかい?」


 俺が頷くと、クロウは深呼吸をしてユーティリアとエドウィンへ目を向けた。


 「私……いや、僕は神託の言葉通りにエリアランドへ向かいました。そこでアウロラ様の封印を解く、という話は枢機卿も聖女様もご存じですね?」


 「はい。アウロラ様から直々にお告げがありました」


 「うむ。私も問題ない」


 「結構です。では、その指示に『エリアランドの王を操って混乱させた後、封印を解け』と言ったのは?」


 「え? どういうことですかクロウ君」


 お茶を飲むのを止めたユーティリアが目を見開いて驚いていた。横にいるエドウィンが目を細めてクロウを見て口を開く。


 「そんな指示を出した覚えはないぞ?」


 「そうですか。でも僕は……僕たちは確かにそう命令されて旅立ちました。ご存じない、ということでお間違え有りませんね?」


 「アウロラ様に誓って」


 「私もだ」


 ……二人が嘘をついている様子は無い、ボーっとしているユーティリアはともかく、エドウィンはちと怪しいと思っていたが、堂々とした態度に裏は無さそうに見える。


 「となると、嘘をついているのは直接僕たちに命令を下した。大司教のガリウス、ということになりますね」


 何だその古いク〇ゲーのタイトルみたいなヤツは……どうでもいいことが頭をよぎるが、今度はエドウィンがクロウに訪ねていた。


 「あやつがか……? 確かにあやつにお前達に神託の内容を伝えて旅立たせるように言った。だが、封印を解くだけならそんなことをする必要もあるまい」


 「ええ、今では僕もそう思います。あの時は『聖女様の役に立てる』アウロラ様のために、と視野が狭くなっていましたので気にも止めていませんでした……そしてこれを渡されたのです。カケル、出してくれるかい?」


 「おう」


 俺はカバンからクロウが持っていたという玉を取り出して差し出す。するとユーティリアが珍しく、明らかに顔を歪めた。


 「……これは、嫌な気が出ていますね……これをガリウスが……?」


 「はい。……人の命と引き換えに、魔王の結界を破りました……」


 「なんと……!? クロウ、お主人を殺めたのか!?」


 エドウィンは驚きとも怒りともつかない大声をあげてクロウを見る。


 「そうです……聖女様のお役に立てると信じて……」


 「むうう……まあいい、その件は後だ。それにガリウスのヤツ、どこからこんなものを……問い詰めねばならんか。ここに呼んでも?」


 「そうですね。クロウ君達に神託以外の目的を持たせていたことは聞き捨てなりません。お願いします」


 すると、レヴナントが懐から似たような玉を取り出して喋りはじめた。あれはあの時奪っていった『譲滅の秘宝』か。


 「少し待ってくれ。その男を呼ぶのは私とカケル君の話を聞いてからにして欲しい」


 そう言うと、エドウィンがレヴナントの持つ玉をみて呟く。


 「……その玉は? クロウの持っていたものと似ているが……」


 「これはメリーヌ女史が何者かから譲られたものだそうだよ。そして近くには……カケル君、メダリオンを持っているかい?」


 急に話をふられてギクッとなるが、俺はカバンからメダリオンを取り出す。そういえばこのメダリオン、師匠の潜伏していた屋敷に落ちていたな。


 「それはデヴァイン教のメダリオン……! お前が何故それを!?」


 「そ、それは僕も初めて見たぞ……カケル、これはどこで?」


 「ああ、実は……」


 俺が話そうとするも、レヴナントが横槍を入れてくる。くそう……。


 「これはこの玉を預けた人物が落としたものだと推測される。屋敷で取引をした際に落とした、とね」


 「……確かにローブを被った怪しげなヤツじゃったのう。そのローブ以外に屋敷には入れておらんから間違いあるまい。そういえばそれを渡される時に言っておったな『見返りはいらない。今は』と」


 「今は? 後から取りたてにくるのかな? でもメリーヌさん若返ったからわからないんじゃない?」


 ルルカがそう言い、レブナントが話を続ける。


 「さて、取り立てのことは置いておくとして、問題はこのメダリオンの持ち主だ。色々食い違いがあるけど、一つだけ全部の話に共通点があると思わないかい?」


 「どういうことだ?」


 俺が聞くと、口元をにやけさせてレブナントが片目を瞑って語り出す。


 「メリーヌ女史の復讐、クロウ君への聞き覚えの無い命令はどちらも国を揺るがす事件だってことさ。カケル君がいなければ、恐らく成り代わって復讐を遂げることが出来ただろう。するとどうだ、国が大きく混乱することは間違いない。それに、エリアランドで王を操り、エルフなどの異種族を争わせるということは国が傾くほどの戦争が待っていただろうね」


 ん? レヴナントにエリアランドの件を話したっけ? 封印のことだけだった気がするけど……それに俺が拾ったメダリオンのことをどうして知っている……?


 「で、この玉だ。緑の玉も先日、ヘルーガ教に占拠された村で発見した」


 「……ヘルーガ教……!?」


 ここでレヴナントの言いたいことは把握できた。少し怪しいが、今は信じて話を聞いてみよう。


 「つまり、この一連の事件はこのメダリオンの持ち主、ってことか……?」


 俺がそう呟くと、エドウィンが踵を返して扉へ向かう。


 「枢機卿?」


 「すぐに戻る。やはりガリウスに話を聞かねばなるまい」


 だが、レヴナントはそれを引き止めた。凄いスピードでエドウィンの前に回り込んで。


 「まあ、待ちなよ。まだカケル君の話が残っている。それを聞いてからでも遅くは無いさ。……いや、もうすでに手遅れなのかもしれないけど」


 「ど、どういう……?」


 エドウィンが言い淀んでいると、レヴナントは俺に声をかけた。


 「さ、カケル君。最後は君だ」


 「……」


 口は笑っているが、眼は笑っていないレヴナントを見ながら俺は気になっている点を話しはじめた。

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