第百二十七話 デヴァイン教と聖女


 「うー……昨日、酒場に行ってから記憶が無い……カケル、僕は何をしていた?」


 「世の中には知らないほうがいいこともある」


 「気になるだろ!?」


 少しアルコールに慣れたのか、酒を飲んだ翌日なのにクロウは割と元気だった。眠そうではあるが、船の時みたいに寝たきりということにはならなかった。


 「さて、今日はデヴァイン教へ行くのじゃな? わしも行っていいかのう?」


 あれだけ飲んでまったく変わらない師匠が真面目な顔で言う。


 「どうだ、クロウ?」


 「問題ないかな。神官である僕が信者候補として連れて行く分には御咎めは無い」


 「よし、ルルカとレヴナントもそれでいいか?」


 俺が二人に声をかけると、部屋の隅からすすり泣く声が聞こえてきた。


 「……私達はお留守番ですね……」

 

 「そうですねお嬢様……」


 まだいじけていた。


 「いい加減機嫌を治せよ……昨日散々奢ったろう?」


 「はい、美味しかったです!」


 悪びれた様子も無くティリアが答えてきた。まあ、忘れていたのは俺達なので、腹いっぱい食べさせることに抵抗は無い。するとリファが立ち上がって口を開いた。


 「冗談はここまでにしよう。カケル達が戻ってくるまで、宿で待機でいいのか?」


 「お前等……こほん。そうだな、時間はそれほどかけない予定だし、万が一ここから脱出することになった場合、居場所が分からないのは困る。だから、俺達が帰って来るまで頼むよ」


 「分かりました。封印の場所や破壊神のこと、何か分かるといいのですが……」


 「相手は聖女だし、何か分かるだろうさ」


 「それじゃ行ってくる」


 「気を付けてな!」


 ティリアの言葉にレヴナントが答えた後、二人に見送られて俺達は朝も早くから聖堂を目指した。クロウが言うには信者が集まる朝9時までが勝負だとのこと。現在7時半、余裕を持っての出発であった。



 ◆ ◇ ◆



 ――聖堂は町の裏から別の門をくぐって行く。


 見れば、聖堂の周りは高い壁に覆われていて、門以外の所から侵入するのは難しそうだ。


 「私なら余裕だけどね」


 何故か俺の頭の中を見たようなことを言うレヴナント。それには構わず肩を竦めて歩いていると、目的の聖堂へ続く門へと辿り着く。


 「……これは、クロウ様……! お戻りになられましたか!」


 門番……白いローブを着て槍を持っている、僧兵と言った感じの人がクロウを見て歓喜の声を上げた。クロウは頷き、門番へと告げる。


 「ああ、ご苦労様。レオッタ達が先に戻っていただろ?」


 「ええ、後から戻ると聞いていたので無事だとは思っておりました! ささ、お入りください……おや、後ろの方々は?」


 「旅先で出会った信者候補の者達だ。是非、聖女様のお言葉を聞きたいと言うから連れてきたのさ」


 「おお! さすがはクロウ様、信者集めに余念がありませんな。聖女様はお部屋におられると思います。枢機卿へお伺いしてみては?」


 「分かった、それじゃ通らせてもらうよ。行こう」


 俺達は無言で頷き、クロウの後を追い、全員が中へ入ったところで門番が門を閉めた。


 まっすぐ聖堂まで道が伸びており、だいたい100mくらいで中に入れそうだ。てくてくと歩きながら、俺はクロウへ尋ねる。


 「門番、えらく恐縮していたな。……実はクロウってかなり偉かったりするのか?」


 「……偉いかどうかは分からないけど、六神官の内の一人ではあるかな。聖女様の次が枢機卿、そして大司教、次いで僕達、神官職の順だ。僕から下はレオッタ達のような司祭で、信者は聖堂に属さない一般人ってところ」


 「結構高いな……」


 「それでも、結局今回みたいに各地へ派遣されるから、レオッタ達とそれほど変わらないと思っているけど……さ、入ってくれ」


 クロウに案内され、静かな聖堂へと入る。先程説明のあった司祭だろうか、せわしなくあちこち走り回っている人影が目に入る。特に声をかけられることなく、ある部屋へと到着する。


 「……枢機卿、いらっしゃいますか? クロウです」


 クロウがノックをして声をかけると、中から渋いおっさんの声が聞こえてきた。


 「戻ったか、入れ」


 「……失礼します」


 少し強張った顔でクロウが入り、俺達にも入るよう促し、俺、ルルカ、師匠、レヴナントの順で中へと入った。目の前には机に座った、40代くらいの男が手を前に組んで座っていた。


 「……無事だったか。む、その者達は何だ?」


 「はい、信者候補を連れて参りました。私の言葉に共感を覚え、いずれここで従事したいとのこと。報告を兼ねて、聖女様にお目通りしたいと考えていますが、よろしいでしょうか?」


 すると枢機卿が目を細めて俺達を見て、口を開いた。


 「では私も同席させていただこう、良いな?」


 「……問題ありません。場所は洗礼の間で」


 クロウが眉を少し上げて、明らかに嫌そうな表情になったがすぐに平素を取り戻していた。


 「よかろう。先に行っておれ、聖女様は私が呼んで来よう」


 「ありがとうございます。では行きましょう」


 「お、おう……」


 クロウが振り返って、外に出るよう促し、廊下へと戻った。クロウは無言で前を歩きしばらくすると『洗礼の間』と書かれた部屋へ俺達を招き入れる。


 洗礼の間は俺達が入ってきた扉と、玉座のような豪勢な椅子の後ろにもう一つ扉があった。玉座の逆サイドには待合室のように椅子が並んでいて、洗礼を待つ人が座るものであろうことが伺える。クロウが俺達を椅子に座らせると、ようやく喋りはじめた。


 「……ここなら大丈夫か……? すまない、枢機卿が同席することになった」


 「聖女の次に偉いヤツだっけ? 何か重い雰囲気だったが……」


 「ボクはあのおじさん、嫌な感じがしたね」


 ルルカも嫌そうな顔をして舌を出すと、クロウが話を続ける。


 「枢機卿のエドウィンだ。聖女様のお世話係と言っても差し支えない。ルルカの言うとおり、いけ好かない男だ、僕たちを小間使いか何かと勘違いしているくらい、顎でコキ使ってくれるんだ。枢機卿だから命令には従うけど、くだらない用事も結構多くてね……」


 文句をいうクロウ。しかし、その後に『だが』と、後追いで言う。


 「頭はかなり切れる。下手に嘘をついても看破されて左遷や追放になった人間も多い」


 「そういう手合いが同席するのは厄介じゃな。お主の顔が曇ったのはそれが原因か」


 「そう。ただ、さっきも言ったけど報告を兼ねてだから、封印を解かせるよう僕に命令した枢機卿に、聖女様の前で質問をすることができるのはありがたい」


 恐らくだが、聖女の神託で封印を解くことになったのかどうか疑問を持っているみたいだな。だけど、聖女の前で報告すると言った時、同席するとしか言わなかったし、慌てた様子も無かった。なので聖女の神託が嘘という線は薄いような気がする。


 「ま、聞いてみようじゃないか。聖女様とやらにさ」


 レブナントがそう言うと、玉座の後ろにある扉から、薄い青……水色の髪をした女の子が入ってきた。若干、ボーっとしている感じの目をしている。そして大あくびをしながら『お腹すいた』と呟き、お腹をおさえて困っていた。


 「あ」


 そして俺達を見つけ、おろおろし始め、一言。


 「何か食べ物を持っていませんか……?」


 いきなり食べ物をたかられた。

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