第百二十六話 再びアウグゼストへ


 「本当にありがとうございました。あなた方はこの村を救った英雄です!」


 「いえ、困っている人を助けるのは魔王の務めですから」


 結局、俺達は有力な手がかりを掴むことができずに夜を明かした。クロウが言うにはヘルーガ教の本拠地というのは分からないらしく、各地を転々としている線が濃厚だとのこと。なので見つけたら捕まえて聞くしか方法はない。

 ちなみにアヒル化した冒険者は先に町へ戻ってこのことをユニオンへ報告すると、早くに村を出ていった。とりあえず聖女に会う前に、一度ユニオンに顔を出さないといけないようだ。


 そんなわけでメリーヌ師匠を助けた俺達はこの村にはもう用は無くなったため、出発する所である。村長が涙ながらにティリアへお礼を言う。その様子を、また金髪美人に戻ったレヴナントがじっと見ていることに気付く。


 「……」


 「どうした? 何か気になることでもあるのか?」


 「ん? ダーリンかい。いや、ちょっとね。魔王という存在について考えていたんだ」


 「俺とティリアのことか?」


 俺が聞き返すと、レブナントは首を振ってから背を向けて歩き出した。


 「いや、魔王全体のことさ。まだ私の中でもハッキリとしていないから今は話せないけど、聖女との会話がカギになる。そんな気がするよ」


 「……?」


 聖女との会話で魔王のことが分かる……? さっぱりわからん。首を傾げていると、クロウが寄ってきて俺に声をかけてきた。


 「行こうカケル。今日のところは町に戻って、明日、聖女様に会おう。ヘルーガ教についても何か分かるかもしれないしね」


 「ああ、デヴァイン教はお前に任せるしかないからな。頼むぞ」


 こくりと頷いてクロウもレヴナントやリファ達を追いかける形で歩き出す。


 「……とりあえず助かったぞカケル」


 「師匠」


 「わしを謀るようジャネイラに指示したのはもしかするとヘルーガ教かもしれん。話に出て来たので言うが、破壊神の封印について、ヴァント王国のどこにあるかを前国王であるゼントから聞いたことがあるのじゃ。ジャネイラを唆して封印を解く、そういう計画だったのかもしれん。まさかカケル達がそれに関わることになるとはのう……」


 「そりゃ本当か師匠!? ……逆を言えば師匠と王族以外は知らないのか?」


 「そうじゃな。お主の友人である王子は継承権があるからもしかすると知っておるかもしれん」


 予期せずして二つ目の封印の在り処を知ることになるとは。聖女との面会が終わったらレリクスに会いに行くのもアリだな。無事なら他の封印を探しに別の国……リファを返すのもいいかもしれない。


 「さて、二度も助けてもらったからのう。夜はサービスしてやろうかのう」


 「……いいよ、そういうのは……」


 「カケルさーん! 早く早く!」


 師匠と話していて歩が遅れているのをルルカが手を振って呼んでくる。


 「ああ、分かった! 少し急ぐよ」


 「あの娘もお主を好いておるようじゃのう。もういっそ全員孕ませたらどうじゃ? わしも含めて」


 「俺にそんな甲斐性はないって!? ほら、アホなこと言ってないで行くぞ!」


 師匠の手を引いて歩き出す。


 「あん♪ 強引じゃのう」


 「変な声を出すなババア!?」


 「ふん!」


 「ぐえ!?」


 師匠のボディーブローを受けて俺は悶絶する。


 しかし、まったく師匠は何を考えているのやら……


 すぐにティリア達と合流し、魔物が少なくなった草原をのんびりと歩きながら俺達はアウグゼストへと戻って行った。





 ◆ ◇ ◆



 カランカラン……


 宿へ戻って一休みした後、夕食がてらユニオンに顔を出すことにした。一応、村にいた冒険者には、ティリアとリファはたまたま依頼を受けた風を装っていたので二人は宿へ置いて来た。明日あたり、俺達が聖女と面会している間にでも報酬をもらいに来ればいいだろう。


 中へ入ると、がやがやと冒険者が狭い店内を埋め尽くしていた。押しのけてカウンターに行くと、アヒル化していた冒険者が声をあげる。


 「お! 助けてくれたやつらが戻って来たぜ!」


 「本当だ! あの時は本当に助かったぜ! もう少し遅かったら食べられていたかもしれん」


 「一杯やろうぜ、俺の奢りだ! ……最初の一杯だけな……」


 などと、思い思いの言葉を俺達にぶつけながら、笑顔で感謝されつつ、目的地のカウンターへようやく到着した。


 「あ、お金持ちの人!」


 「カケルだ。そういう覚え方は良くないぞ……」


 「まあまあ。ともあれ、冒険者さん達からお話は聞きました。その元凶も倒したということも。おかげでユニオンも元の活気が戻りそうです! ありがとうございました!」


 イザベラがにっこりとおじぎをし、お礼を言う。そしてすぐに真顔になり報酬の話へと変わった。


 「ヘルーガ教徒が噛んでいた、ということでデヴァイン教へ報告をあげておきました。そのおかげで特別報酬がプラスされ、本来の事件解決分の15万と、特別報酬30万で、計45万セラが支払われます」


 スッと封筒を出し、受け取る。命がけだった割には安い気もするが、これが冒険者稼業というものだろう。初めてグランツ達と会った時も死にかけてたし。


 「とりあえず分けるか」


 分け前としてはティリア、ルルカ、リファ、レヴナントとクロウ。そして俺になるだろう。約三名ほど役に立っていなかったが、危ない目にあった料金だ。俺がそう言うと、横にいたルルカが腕を絡ませながら言う。


 「ボクは奥さんだから、カケルさんが持っていてよ♪」


 「な、なぬ!? カケルどういうことじゃ! わしを差し置いて小娘とじゃと!」


 「いや、師匠も見た目は完全に小娘だからな? (デヴァイン教に入る名目で演技をしているんだよ)」


 「(それならわしも……)」


 「(嫁が二人はおかしいからな?)」


 「(貴族なら……!)」


 「(俺はただの冒険者っての! 悪いけどここは話を合わせてくれ)ほら、レヴナント」


 納得のいかないメリーヌ師匠をおいておき、俺はレヴナントへ7万5千セラを別の封筒に入れて渡す。村の防衛をしてくれた一番の功労者だが色をつけられないのは残念だ。


 「ありがたくもらっておくよ(大所帯だからね、うちは)」


 クスクスと笑いながら、レブナントが受け取ってくれた。こいつのこういう、遠慮のない潔さは好感が持てる。続けてクロウへとお金を渡す。


 「ぼ、僕もかい? ……いい、役に立っていなかったし、カケルが持っていてくれ……」


 割とアヒル化は堪えたらしく、落ち込んだ顔で首を振る。なら、こいつが入用になったときに渡せるよう貯金しておくか。ティリアとリファは帰ってから渡そう。


 「おかげで師匠を見つけることもできた。ありがとう」


 「いえいえ、こちらも冒険者が戻ってきて助かりました! ……奥さんが生き残ったのは残念でしたが……」


 「ああん?」


 ボソリと呟いた言葉を聞き逃していなかったルルカが目を細める。


 「な、なんでもありません! あ! 依頼ですか! で、では私はこれでー!」


 イザベラが慌てて他の冒険者の相手をし、俺達は取り残された。何にせよ、これで聖女と会うことができるな。


 「それじゃ宿へ帰るか」


 俺達が立ち去ろうとすると、冒険者達が寄ってきて声をかけてきた。


 「待ってくれ、俺たちからも礼がしたい。これから酒場で集まるんだが、来てくれないか? 代金は我々で君達の分を払う」


 うーむ、ティリアとリファを残しているので、戻っておきたい。しかし、俺が返事をする前に、師匠が手を上げて承諾した。


 「いいのう、わし行きたい(どうせあの二人にとは一緒には食事ができんじゃろ? 軽く一杯だけ飲んで義理を果たせばよかろう)」


 なるほど、無下にするなということだな。


 「よし、ならお邪魔させてもらう!」


 「そう来なくっちゃな! よし、みんな、酒場へ繰り出すぞ!」


 オー! と、ガヤガヤしながら酒場へ向かって歩き出す。


 「……酒……お酒……」


 「大丈夫かクロウ? お前にはジュースをもらってやるから」


 「う、うん……デヴァイン教は別に禁止していないけど、あれは……」


 「働いた後のお酒は美味しいからね♪ ただ酒ただ酒」


 クロウは船での出来事であったトラウマが発動しガタガタ震え、レヴナントは舌を出してステップしながら冒険者達を追いかけていた。


 ま、おみやげでも買って帰ればティリア達なら許してくれるだろう。


 そう思っていた。宴会が始まるまでは――





 ◆ ◇ ◆





 「ぷはー! わしの勝ちじゃな!」


 「おおおお! この中じゃ酒豪のこいつが潰されたぞ!? すげぇ姉ちゃんだ……! メリーヌ! メリーヌ!」


 「むははは! つまみが無いぞ、持ってくるのじゃ!」


 「ははー!」


 メリーヌが豪快に笑い……


 「私は安くないわよ? んふふ♪」


 「そ、そこを何とか……! 一目ぼれなんだ!」


 「だーめ、あそこにいるダーリンにぃ、私はぞっこんなんだよー?」


 「くそ……命の恩人とはいえ憎い……!」


 レヴナントが男達をあしらい……


 「君、デヴァイン教の神官なの? かわいい~」


 「僕ぁ、かわいいとか言われたくないうぇ! カケルみたいになるんら! 僕は真剣だぞ! 神官だけに!」


 パチパチと、女性冒険者に囲まれてお酒を飲まされたクロウが演説をしていた。


 「カケルさーん、飲んでる?」


 「お前は無事なんだな……」


 俺とルルカだけは酒に強く、特におかしくなるほど酔ってはいなかったが、他の三人は埒が明かないので、俺はメリーヌ師匠とクロウを引き、ルルカにレヴナントを任せて酒場を出る。


 「わしはまだ飲むのじゃ! カケル口移しでくれ!」


 やばい野獣が覚醒したような気がするが、スルーし、何とか宿へと戻ることができた。


 しかし部屋へ戻ると、薄暗い中、すすり泣く声が聞こえてくる……


 「う、うっうっう……」


 「うう……」


 「何だ!? あ、灯りを……」


 部屋を明るくすると、隅っこで体育座りをしたティリアとリファが居た。入り口に立っている俺を見て、睨みながら言う。


 「……すぐ帰って来るって言ったのに……」


 「私達をのけものにしてお酒を飲んでくるなんて……」


 「あ、いや……」


 ……二人がそう言うのも無理は無かった。なぜなら、最初の一杯と言いつつ、すでに5時間は経過していたからだった。


 すまん二人とも……俺も十分酔っていたみたいだ……!


 俺は平謝りで二人を宥めることに。これからはこいつらとの酒は控えよう……そう思った。

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