第百二十五話 村人の帰還とヘルーガ教徒


 ヘルーガ教徒を連れて村へ戻ってきた俺は、入り口でレヴナントと鉢合わせになり、かくかくしかじかすることになった。


 その結果、村長以下、嫁や恋人、子供をアヒル質にされた人達と共に、再度鍾乳洞へと戻って行く。村の放火阻止を優先したため、囚われのアヒルを探していなかったからである。


 

 ――そしてそれから数時間。


 村の広場へ集まり、俺が捕縛したヘルーガ教徒を地面に転がして村長に問う。


 「――と、いうわけだが、この男で間違いないな?」


 「え、ええ! 間違いありません! 憎々しい……私の妻を元に戻せ、この悪魔め!」


 「ガアガア」


 村長の手の中にいるアヒルが奥さんだそうで(俺には見分けがつかなかったけど……)それを抱きながら怒声を浴びせていた。それに続くように村人がやいのやいの言い始めたので、俺は手を叩いて一旦黙らせる。


 「そこまでだ! こいつから元に戻す術を聞いているから、落ち着いてくれ。元に戻す為には人間の血が必要なんだが、誰か協力してくれないか?」


 俺がそう言うと、横にいたレヴナントはぶるぶると首を振っていた。


 「どうした?」


 「悪いけど私は自分の血を見るのが嫌なんだよ。だからここは遠慮させてくれるかなダーリン」


 「ダーリンはよせ。放火犯の制圧者に無理はさせられないよ」


 レヴナントがありがとう、と少し離れたところに腰掛けると、村長と門にいた男が前へ出てきた。


 「私の血を使ってくれ」


 「俺のも頼む。子供なんだ」


 「ガァ」


 小さめのアヒルを前に出して言うので、俺は頷いてから緑の玉と洗面器を用意し、水に浸す。


 「このナイフで指先を切って血を入れてくれ」


 「分かった」


 二人が血を垂らすと、鈍い光を放ち、やがて消えた。


 「これでいいのか?」


 「……恐らくな。私がアヒル薬(仮)を作った時と同じ現象だ」


 なるほど、こいつが嘘をついていないなら正解ってことだな。俺はコップにその水をすくい、村長に手渡す。


 「ありがとうございます。戻ってくれ……! アウロラ様、ご加護を!」


 「……ふん」


 まさに神頼み。ご利益があるとは思えないが。アウロラの名前が出たからか、黒ローブの男が不機嫌そうに鼻を鳴らした。


 そして、村長が奥さんアヒルに水をかけると、すぐに効果が発現した!


 「お、おお……!!」


 パァァァァァ……


 「あ、あなた……!」


 見事、村長さんの奥さんが元の姿に……! 効果ありと分かり、子供を戻して、そのまま順番に水をかけて無事、村人は元に戻ることができたのだった。


 

 後はもちろんうちのメンバーも――



 「うわーん! カケルさーん!」


 「おう、良かったなルルカ」


 「……まさか僕がアヒルになるなんてね……カケルといると退屈はしないけど命が危ないね……」


 ルルカとクロウも元に戻った。


 「ふう……手間をかけたのうカケル」


 「無事でなによりだよ、メリーヌ師匠」


 「さて、ではこやつらを……」


 「あ、待ってくれ、もう一人アヒルにされている人がいるんだ。おーいティリア!」


 「あ! はい! もう、リファ、暴れないでください!」


 「ガア! ガア!」


 バタバタと他の人間じゃないアヒルの方へ走って行こうとするリファアヒルを、ティリアが必死に捕まえて抱っこしていた。


 「はい、カケルさん。お願いしますね」


 「オッケーだ」


 俺はコップに汲んだ水を、リファアヒルの頭へとかける。


 だが……


 「ガ」


 ぶるぶるとかけられた水が煩わしかったのか、頭を振って水をとばしていた。


 「……あれ!?」


 「ど、どどどどどういうことですか!?」


 ティリアが小刻みに震えながら俺の首をガクガクする。無理もないだろう、リファアヒルにはまるで変化が無かったからだ!


 「血が薄くなったから……?」


 「むう、ならわしが入れてやろう」


 ポタリと水に師匠の血が混じったのでもう一度水をかける。


 「ガ」


 やはりぶるぶると頭を振るだけで変化はなかった。


 「はふん……」


 謎の呻き声と共にティリアが膝から崩れ落ちる。


 「ティリアー!?」


 「も、もうダメです……元に戻らなかったら、私は国を相手に戦争……うっうっ……リファ……どうして戻らないのですか……」


 「お嬢様……」


 戦争よりも友達であるリファが戻らないのが悲しいのだろう。アヒルをぎゅっと抱いて泣いていた。


 「……ここまで連れてきたのは俺のせいでもあるからな、リファの国に行くときは俺も謝りに行くよ」


 「カケルさん……」


 「ボクももちろん行きますからね、お嬢様」


 「ルルカ……ありがとうございます……帰るまで私がリファを守ります!」


 ぐっと拳を握ってティリアが立ちあがった瞬間、後ろから俺達を呼ぶ声が聞こえてきた。


 あれは――



 「お嬢様ー! カケルー!!」


 「リファ!!?」


 「え? あれ?」


 「ガ」


 「お、お前……」


 俺が口を開こうとする前に、リファが捲し立てるように言う。


 「酷いじゃないか、置いていくなんて! 池に落ちてから何とか這い上がったら、二人ともいないし……。明かりが無いから洞窟内で迷っていたんだ! ざわざわしていたからその音を頼りに、何とか出て来たんだよ。ん? そのアヒルは村人か冒険者?」


 なんと……!? リファはアヒルになっていなかったのか……!? リファの問いに俺は頭を下げて答える。


 「す、すまん……俺達はてっきり池の水でアヒルになったものだと思って……」


 「え!? まさかこのアヒルを……? あの、結構間抜けな顔をしてるんだが……」


 確かに、虚ろな目をして虫を食べていたこのアヒルはリファの気品さの欠片はどこにもない。そういえば俺はこいつの言葉は分からなかったしな……思い込みというやつは怖い。そう思った。



 「ガ」


 もういいか? と、ばかりに一声鳴いた後、村の小屋へと突撃して行った。


 「……」


 「……」


 「……二人からみた私は間抜けだと思われていたのか……」




 

 ◆ ◇ ◆



 「本当にありがとうございました。好きなだけ村に滞在してください。あのヘルーガ教徒の死体はこちらで埋めておきますからお気になさらず」


 村人たちからのお礼を受けながらリファを慰め、俺達は宿へと戻った。


 広めの部屋に集まり、中央に縛ったヘルーガ教徒二人……俺が捕まえたヤツはガイサックで、村を襲った方はグスタフというらしい。彼等を座らせた後、取り囲むようにそれぞれ配置につくと、クロウがまず質問を開始した。


 「この島がデヴァイン教の本拠地で、聖女様がいると知ってこの所業か? 神を恐れぬ行為だね」


 「我等の神はエアモルベーゼ様のみ。アウロラなど知ったことではない!」


 ガイサックが吠える。


 「まあ別の神を信仰するってのは別に構いはしないけど……」


 「カケル! こいつらは世界の破滅を望んでいるんだぞ!」


 「落ち着けクロウ。お前だって一歩間違えれば人間と異種族の戦争を引き起こしかけたんだ、知らない人からみたら同じに見える」


 「ほう……やるな小僧、ヘルーガ教に鞍替えをしないか……?」


 「するか!」


 クロウが怒りを露わにしてヘルーガ教徒へ怒鳴っていると、メリーヌ師匠がヘルーガ教徒へと話しかける。


 「……わしはアヒル化されたが、聖女をアヒルにしてどうするつもりだったのじゃ? 破壊神の復活をするのであればさっさと封印とやらを解けばよかろうに」


 「……エアモルベーゼ様が……」


 「ん?」


 「エアモルベーゼ様が神託を下さったのだ、聖女を無力化しろと。聖女がデヴァイン教だけにいると思うなよ……? 我等が破壊神を崇める魔女が聞いたのだよ」


 「魔女……私も初めて聞くね」


 レヴナントが呟くと、グスタフが狂ったように笑いながら俺達を見て叫ぶ。


 「破壊神復活のカギは聖女にあるというのだ! 無力化した後はどうするのか分からんが、どちらにせよ忌々しい聖女の存在を失くすというこの計画は――」


 「お、おい! 喋り過ぎだぞグスタ……」


 ガイサックが焦って止めようとするが、その前にグスタフに異変が起きた!


 「ガ、うががが!? こ、これは! か、体が……!?」


 「グスタフ!? しっかりし……う、ぐげげげ……!?」


 「!? まずい。伏せろみんな!」


 嫌な予感がして俺が叫ぶと、全員が床に伏せる。その直後、二人の頭が『ボン』という音共にはじけ飛んだ!


 「……マジかよ……」


 寿命があとどれくらいかなんて見る暇は無かった……見れたとしても対策を取れたとは考えにくい。どうやって頭が吹き飛んだのかまるで分からなかったからだ。


 「カケルさん……」


 青い顔をしたティリアとルルカ、そしてリファが俺に近づき、身を寄せてくるのだった。



 聖女が破壊神復活の鍵、か。


 もう少し話を聞きたかった……俺はどぼどぼと血を流す二人の死体を見ながらそう思うのだった。

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