第九十三話 エリアランドのお姫様
「きっ……!?」
「よーし、ストップだ。こんなところで大きい声を出されたらたまらん」
『速』が上がっているので、女の子が叫ぼうとしたところで後ろに回り込み口を塞ぐ。もごもごじたばたと暴れる女の子に耳元でささやく。
「大人しくしろ、叫ばないと約束するなら放してやる」
こくこくと青い顔をして頷いたので、俺が手を緩めると……
「ど、どろぼ……!」
「はい、ストップ!?」
これは埒が明かないと、俺はもう一度耳元でささやく。
「……とりあえずその辺の部屋に入ってから解放してやる。悪いようにはしない。俺は黒のローブたちを探しにここまで来たんだ」
「……! んー!? んー!」
もがく女の子を抱えて、適当に部屋へ入るとベッドに座らせて拘束を解いた。部屋からなら、叫ばれたとしても即座に逃げることができるし、どこへ行ったか読みづらいと考えた結果だ。
だが、予想に反して女の子は押し黙り、じっと俺を見ていた。
「……叫ばないのか?」
「あなたこそ逃げないの?」
「もう行こうかと思っていたところだ、怖い思いをさせて悪かった。じゃあな」
俺がさわやかに立ち去ろう背を向けると、声をかけられた。
「黒のローブ達、って言ってたわね。あいつらのこと知ってるの?」
「……いや、正直言うと良く分からない。ここの大隊長だったっていうリューゲルの頼みで調査にきたってところだ」
俺がクリューゲルの名を出すと、女の子は目を見開いて俺の首をガクガクさせて喋りはじめた!
「クリューゲル! 彼と知り合いなの!? どこにいるの!」
「ま!? 落ち着け!? クリューゲルの知り合いかお前!?」
ようやく首から手を離してくれ、目をパチパチさせながら俺に言ってくる。
「知り合い……というより、婚約者、だけど……あ、もしかして私を知らない?」
「……悪いがさっぱりだ……」
嫌な予感がする、俺の勘がそう言っている……。そしてその予感は見事に的中するのだった。
「エリアランド王国の王女、シエラよ」
やっぱりな! だと思ったよ! 面倒事ではあるけど、クリューゲルの婚約者なら……婚約者!?
「あいつ国王候補だったの!?」
「彼をあいつ呼ばわりできるなんて、結構親しいみたいね? それで、何か分かったことはあるの?」
さっきびびってプルプルしていた様相から一転、気が強い王女へと変貌を遂げ、腕を組みながら俺に質問を投げかけてくる。
「俺が嘘をついているとは思わないのか?」
「……今の彼はありとあらゆるものを剥奪されてしまってるから、彼の頼みを聞く人なんていないわ。城に潜入するのは危険だしね。信用のないクリューゲルに頼まれた、という人は信じてみてもいいんじゃないかしら?」
「なるほどな。とりあえず俺はシエラ姫さん達をどうこうする気は無い。黒のローブ達も出払ったみたいだし、どっちかの後を追いかけるつもりだ。後は……三階に仲間が捕まっているらしい」
「ふんふん……三階までどうやって行くつもり? 一階はそうでもないけど、二階から上はメイドや使用人の部屋もあるから目立つわよ?」
「一応隠れるスキルはあるんだが、後二十分は使えない。まあ、ここで待つのもアリか」
「……それだと時間が勿体ないわね……いいわ、私が案内する」
シエラがベッドから立ち上がりそんなことを言う。
「いや、無理しなくても……」
「無理じゃないわ! あの黒の変態が来てからロクなことがないの! お父様を治してくれたまでは良かったけど、それからお父様がおかしくなって、お母様が倒れて……ああーもうむしゃくしゃするー!!」
お転婆姫、というフレーズが浮かんだが黙っておこう。それはそれとして、姫がいるなら心強い。
「なら頼めるか?」
「まっかせて! どうせお母様の様子を見に行く途中だったから問題ないわ。監禁するとすれば奥にある窓の無い部屋かしらね……それじゃ行きましょう」
<鬼が出るか蛇が出るか……>
嫌なこというなよ……。
「あら、シエラ様、王妃様の所へ?」
「ええ、様子を見に」
「そちらの方は?」
「あ、えっと……」
「今日から使用人として働くことになったらしいんだけど、迷子になっていたから案内している所なの」
「まあ、そうでしたか。シエラ様はお優しいですね、それでは」
おばさんメイドが俺達の横を通り過ぎ、冷や汗をかきながら俺は一息つく。
「そういえばまだ名前を聞いていなかったわ」
「ああ、俺はカケル。何とでも呼んでくれ」
「……カケルさんって以外に呼びようがないじゃない……まあいいわ、こっちよ。しっかし変ねえ、今日は非番の騎士達の姿があまり見えないわ」
何やらぶつぶつと言いながらシエラがきょろきょろしながら廊下を歩く。何か違和感があるようだが、俺にはさっぱりわからない。
「ごめん、先にお母様の様子を見させて」
「構わないぞ」
奥の部屋へ行く前に階段を上がりきってすぐのところにある大きな扉を開けて中に入る。扉の大きさ通りの広さがある部屋の中央にベッドが置かれ、メイドさんが数人肩を落としながらもせわしなく働いているのが見えた。
「あ……シエラ様」
「どう?」
「芳しくありませんね……このままではいつ……」
すると年配の人が弱気なメイドさんを怒鳴りつけた。
「何を不吉なことを言うのですか! 王妃様はきっと助かります! シエラ様、明日にはまたお医者様がいらっしゃるので、ご心配なく……」
「ありがとう。……きっとあいつらの仕業よ……お父様だけでなくお母様まで……! ああーもう悔しいっ!!」
地団太を踏みかねないお姫様は大層ご立腹だった。病気か毒か呪いか分からないが、寿命を量ることはできるので確認してみるとしよう。
「(『運命の天秤』をば……)』
『????(42) 寿命残:二十日と九時間』
今すぐではないけど、危険な状態には変わりないか。
<ハイヒールですよハイヒール! ここで恩を売りましょう!>
「(やかましいわ!)」
ゲスいことを明るい声で言うナルレアを黙らせてから、俺はポツリと呟いた。
「……仕方ない、案内してくれるお礼はしないとな」
「ん? 何よ? あ、ちょっと!?」
「無礼者! 下がりなさい!」
俺が王妃様とやらに近づくと、シエラが慌てて止めに入り、歳のいったメイドさんが目くじらを立てて怒る。
「無礼は承知だけどこのままだと命が危ない。それにこの騒ぎが終わったらこの国を出るし」
「そういう問題じゃ……」
シエラの言葉を無視して、王妃のベッドの横に立つ。なるほど、顔はシエラそっくりだが、こっちは優しそうな顔をしている。
「勿体つけずに≪ハイヒール≫!」
「そんな魔法で治せると……! あ、あれ?」
ふわりと光の幕が王妃を覆うと、顔色がみるみる良くなっていき、うっすらと目を開けた。
「……ここ、は? シエラ……?」
「う、嘘でしょ……お医者様も魔法使いも治せなかったのに……お母様……!」
「なんだか頭がすっきりして……あら、お客様かしら?」
「お構いなく」
俺は泣いて母親に抱きつくシエラを相手してくれと目で合図し、心の中で喋りかける。
「(ナルレア、何か隠しているだろ?)」
<ギクリ>
抑揚の無い声で怪しいことこの上ない擬音を口にしたナルレア。わざとだろうが、続けて俺に言い放つ。
<……ルルカ様も言っていましたが、カケル様のハイヒールはすでにハイヒールとは一線を画しています。もちろん最初。リンゴ娘と会った直後くらいはただのハイヒールでしたが>
「(なら、教えてくれるんだろうな? お前は俺のアシストだろ?)」
<今の私ではそこまでの情報を与えられません。カケル様が……そうですね後二つほどレベルを上げて頂ければ『開示要求に答えられません』を話すことができると思います。私はあなたのアシスト。レベルアップの効果で能力が上がるのは同じなのです>
すごく胡散臭いが言いえて妙だ。『開示要求に答えられない』という機械的な声は一応俺に伝えようとしていたからか?
「(レベルアップか……まあいい、今の所困るわけでもないし、後回しにしよう)」
<申し訳ありません>
さて、次はティリア達の救出か。シエラも泣きやみ、俺に話しかけてくる。
「ご、ごめんなさい……お母様が治って嬉しくって……それじゃ、ネイラお母様をお願いします」
「は、はい……!」
「何だか分からないけど気を付けてね?」
シエラの凛とした言葉でメイドと母親が見送ってくれた。
「多分こっちよ」
「分かった」
俺が頷いた時、廊下から見える窓の外が一瞬、暗くなった。
「なんだ!?」
「え!?」
俺達が窓の外を見ると、無数のワイバーン……そう、竜の騎士が空へ飛び立つところだった。一番最後に飛び立ったのは……ワイバーンではなくまぎれもないドラゴン……! その背に乗る人物を見てシエラが驚く。
「お父様……!?」
「あれが親父さんか……! それに……」
赤いドラゴンの背には国王と、黒いローブを羽織った人物が一人、同乗していた。そこで俺は背筋がゾクリとなるのを感じた。
「黒ローブ!?」
すると、国王が高らかに宣言をする。
「これよりエルフの集落に攻撃を仕掛ける! やつらは光翼の魔王を派遣して油断しているはずだ、抵抗する者は皆殺しにせよ!」
おおおおおぉぉぉ!
「やられた……! シエラ、急いで案内を頼む! すぐに戻らないと!」
「は、はい! 操られているとはいえ、お父様、早まったことを……!」
どこからこの筋書きはできていたのかと俺は走りながら考えるが、答えは一つしかない。『最初にティリアがこの町に入って』からだ。
もしかすると斥候が居たのかもしれないが、すぐに城に報告があがったのを聞いて、ティリアを城に招くと同時にバウムさん達へ攻撃を仕掛ける準備をしていたのだろう。シエラが廊下で『騎士が少ない』と言っていたのも納得がいく。朝の時点ですでに待機状態だったに違いない。
「ここです!」
シエラが指さした先に、頑丈そうな扉が目に入った。
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