第九十二話 先手を取られるウェスティリア
「こちらでお待ちください」
カケルが姿を消して城内へ侵入した時間に、ティリア達が城へ招かれていた。クリューゲルは屋敷で待機し、ティリア達が半日戻って来なかった場合、ティリア達がどうなったのか、という抗議のため城へ突撃するという手筈になっていた。
「まさか向こうから来るとは思いませんでしたね」
「いえ、私はこれも視野に入れていました。それを狙って荷物検査の時に暴れてみるようなこともしましたし」
「あれ、本気じゃなかったんだ……」
絶対嘘だ、とルルカは思いながら応接室を見渡す。貴族にありがちなゴテっとした装飾などは無く、絵画と像が数点あるだけのシンプルな作りに好感を覚えていた。
「国王様ってどんな人なのかしら……?」
「私も会ったことがありませんね、貴族の社交場には兄上か姉上だったので」
「さて、どんなのが出て来るか……」
三人が雑談をしていると、カチャリと扉が開き灰色の髪をした男性が入ってくる。着ているものもそうだが、雰囲気で国王だと分かり、三人は立ち上がって迎える。
「はるばるエリアランドへようこそ光翼の魔王様。私が国王のハインツです」
「ご丁寧、いたみいります。私は光翼の魔王、ウェスティリアで、す……!?」
初めまして、と握手を求められウェスティリアは微笑みながら握り返すが、国王の後ろに控える黒のローブの集団を見て顔をこわばらせた。
「(まさか本命が一緒に来るとは、ね)」
「(ああ……これは文字通り黒のようだな。カケルは無駄足になるか?)」
ルルカとリファが小声で話していると、ハインツは着席を促し三人はソファへ座り直す。
「……それで、私をここに呼んだ理由をお聞かせ願えますか?」
「ふふ、魔王様ともあろうお方がそんなに急いて如何なさいましたかな? 何か思い当たるふしでもおありで?」
「魔王様に向かってその物言いは無礼ではありませんか?」
「ふむ、あなたは?」
「私はシュトラール王国の第三王女、リファルと申します」
「おお、左様か! 貴女のことはお父上からよく聞いておる! 父上は元気でやっているのかな?」
ハインツは柔和な笑みを浮かべ、長年の友人と話すような口調でリファへ語りかける。だが、リファは先程のこともあり喧嘩腰で話していた。
「父上は元気ですよ。元気すぎるくらいです。それより、先程のウェスティリア様への探るような物言い、どういうことでしょうか?」
「何、我等が異種族狩り……ひいては、エルフと戦争をすることに対してなにか進言でもしに来たのか、と思ったのだが違うのかね? 遅かれ早かれこちらに来るつもりだったのではないだろうか、ん?」
「(なるほどね。ボク達が来ることはお見通しってわけだ。となるとエルフの集落あたりから監視されていると見て間違いないかな……? 話はリファとお嬢様に任せてっと……)」
食えない男だ、とルルカはハインツを見ながら慎重に周囲を見る。いざとなれば戦いになるかもしれないので、戦力と脱出経路の確保を考えなければならないからだ。
ハインツ一人なら恐らくウェスティリアだけで何とかなる。が、黒のローブを着た集団の力は未知数なのが厄介だと思っていた。
「(ステータスまでは見れないからなあ……とりあえず準備だけはしておこうか)」
ルルカが見えないように手元で魔法を使っていると、ハインツに対してリファが声を上げていた。
「そこまで分かっているなら話が早い、率直に言いましょう。異種族狩りなどやめるべきです。こんなことが他の国に知られたらいい恥晒しになると思いませんか? それに獣人の国は黙ってはいないでしょう」
「フ、他国がどうだというのか。あのエルフの集落がある森を切り開けば土地はかなり増えるというのに、応じようとせん。エルフの森から西にある山を越えればヴィント王国との国交も容易くなる。相当な利益を生み出せるというのに……まったく……あの耳長どもは……!」
最初はリファに向かって言っていたが、後半は虚ろな目でぶつぶつと呟いていた。ウェスティリアとリファが声をかけようとしたところで……
パチン!
「ん、んん……そう言う訳で、我が国の為に彼等との戦いは避けられんのだよ。何、絶滅まではせんよ。森を明け渡してくれれば奴隷として使ってやるくらいはな」
「あなたは!」
ウェスティリアが聞き捨てならないと立ち上がって叫ぶと、ハインツが片手をあげ、その合図とともに黒のローブたちがソファの周りを取り囲んだ。
「……貴様等……! どういうつもりだ?」
リファが剣に手をかけると、集団の内の一人が口を開いた。
「どうもこうもないよ? 国王様のご指示だからね。どうしますか国王様」
「フフフ、ことが終わるまでしばらくこの城に滞在してもらおうじゃないか」
「……私が大人しくするとでも?」
「するさ。こっちも被害を覚悟せねばならんが、リファナ姫の首はこの距離なら取れるぞ? エルフは助けるが姫を見捨てるというのはどうなんでしょうな?」
「(ゲスい。けど、国王の言うとおり、リファを犠牲にしたらお嬢様がリファの父上に断罪されるだけじゃなく、シュトラールとエリアランドの全面戦争は間違いない。いや、それが狙いかも)」
「……いいでしょう。今は大人しくしておきます。風斬の魔王を倒せるとは思えませんしね(ルルカ、脱出は止めましょう。もう少し様子をみたいです)」
「(了解)」
ウェスティリアがソファへかけなおすと、リファも座る。ルルカが魔法を中断すると、先程喋っていた男が軽い感じで話しかけてきた。
「あれ? 止めちゃうの? 降参かな。まあ、楽でいいけどさ」
「そのローブ……君達はヘルーガ教徒かな?」
「失礼な、僕達はデ……」
ドス!
横に居た大柄なローブに想いっきり殴られ、何かを言おうとした男が呻きながら片膝をつく。
「……おお……そ、そうだよ! ボクタチハヘルーガ教徒サ! エルフとの戦争はタノシミダナア! 破壊と混沌ヲ!」
「……?」
「……貴様等、ハインツ殿に何をした」
「何もしてないわよぉ? あれが彼の本心……ちょっと背中をおしただけ」
「くだらんことは言わなくていい。一番いい部屋へ連れて行け」
ハインツが吐き捨てるように言うと、ローブ軍団は頷きウェスティリア達を立ち上がらせ部屋から連れ出そうとする。
「さ、こっちだ。大人しくこい」
「……私達が戻らなかったらクリューゲルさんが迎えに来るようになっています。どう言い訳するか楽しみですね」
「フン……」
ウェスティリアの言葉にハインツは鼻で笑うと、応接室の扉がパタンと閉じられた。
「クリューゲル? あの腰抜けが何をしに……う、ぐ!?」
クリューゲルの名を口にした途端苦しみだすハインツ。痛む頭を掻きむしりながら一人ごとを呟いていた。
「ク、クリューゲル……戻ってこ、い……そして私を、と、とめ……」
そこまで呟いた後、何事も無かったかのように立ち上がり目を細めて窓へと近づいた。
「……クク、もはや手遅れよ……」
◆ ◇ ◆
「広い」
<お城ですしね>
「そうは言うが、ゲームじゃないんだから入り組んだ造りは辞めて欲しいよな」
ティリア達が城へ入ったのと同時に、俺も裏口から姿を消して侵入し台所で腹ごなしをしつつ、かれこれ一時間はウロウロしている。しかし、慎重に扉を開けていってもこれといった収穫も無く、気だるさだけが蓄積されていた。
「一人でウロウロするのも寂しいものがあるな……こう、お供とか居ると違うんじゃないかな、と思うんだよ。狼とか、犬とか、ニワトリとか……いや、ニワトリがお供ってないな……」
<私が居るじゃありませんか>
――がない、急ごう。
「脳内で勝手に喋ってるだけだろ? ……っと、誰か来た」
ナルレアと脳内会議をしているところで、階段から声が聞こえてきたので、俺は通路の脇に隠れて聞き耳を立てる。
「光翼の魔王様は?」
「三階の一番奥にある窓の無い部屋へ監禁した。魔封じを施してあるから魔王といえど簡単には出られまい」
「なら早い所封印を探してぶっ壊してやろうじゃないか」
「そうだね。そっちは君達に任せるよ。僕はハインツ王と話があるから外させてもらうよ」
「王はグロルの傀儡だ、任せよう。封印はどうもこの城ではないらしい、書庫にあったこの国に伝わる本にそう書いてあった」
「場所は?」
「……ここから東の山にある洞窟がそれっぽい」
「ふうん。なら皆で行っておいでよ!」
「そのつもりだ。我等は封印以外に興味はない。終わったらすぐ次へ行くぞ」
階段を降りながらペラペラと目的を喋ってくれる怪しい集団が俺の目の前を過ぎていく。どうやら城はこいつらに掌握されているようだな。
「そう言えば王妃と王女は大丈夫か? 逃げていないだろうな」
「無論だ。王妃を仮死状態にしてあるから実質人質だ。王女がそれを見捨てて逃げるとは思えん」
「おかげでハインツ王を洗脳するのも楽だったから王女様々だね♪ それじゃ頼んだよ」
任せておけ、と、でかい男達と軽い口調の男が別れて行った。
「……そういうことね。封印が何のことか分からんが、くだらないことをしてくれる。だから宗教ってのは……」
家族を人質にしているという事実に、俺がイラ立ちながらポツリと呟くとナルレアが語りかけてきた。
<ウェスティリア様も捕まっているようですね>
「居場所はアホ共のおかげで分かったのは幸いだったな。後は王女を探さないといけないか、もしかすると最後の切り札になるかも……ああー、封印とやらも気になる……!」
<カケル様、今こそ分身を!>
できるか!?
くそ、情報が多すぎて俺一人じゃさすがに処理しきれん! かといって分身はできないし……。
……ええい! やっぱりまずはティリア達を助けてから考えるか!
「よし、行くぞ!」
<はい!>
ドン!
「え?」
「え?」
俺が振りむいた瞬間、薄水色のドレスを纏った女の子(推定19歳くらい)にぶつかり、ふぁさ……と言った感じで『存在の不可視』が消える音を聞いた。
「……あなた、誰?」
「それは俺も聞きたい」
焦りながら、俺はそう聞き返すのが精一杯だった。
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