第八十四話 ようこそ、エルフの集落へ!



 ハッキリ拒否されたクリューゲルが驚愕の表情のまま固まり立ち尽くす。それを余所にティリア達はさっさと歩き出した。何だったんだろうな、と思い歩いていると、クリューゲルが凄い速さで回り込んできた。


 「きゅ、急にこんなことを言いだしたのは謝る。だが、俺はどうしても風斬の魔王に会う必要があるんだ!」


 「エルフの集落は現在人間を入れることは禁じておりますので、お引き取りを。それに見たところ竜の騎士でしょう? 理由はあなたの方がご存じではないかと思いますが?」


 「し、しかし、人間もいるじゃないか」


 「この方たちは私達を救い出してくれたのですよ? お礼をするのは当然です。聞けばこちらの女性は光翼の魔王様。お供の方をお連れするのは吝かではありません」



 虫の息だった子だとは思えない凛とした口調でクリューゲルへ言葉を放つ姉エルフ。クリューゲルは苦い顔をして、また立ち尽くしていた。そして再び歩き出すティリアに追いつき小声で聞く。


 「(……エルフは人間嫌いってのは良く聞く話だが……あの子の感じだといつもはそうじゃないみたいだな。何かあったのか?)」


 「(ええ、カケルさんの連れている半獣人の子にも関係があるのですが、詳しい話は風斬の魔王の所へ行ってからで……)」


 「(分かった。クリューゲルは?)」


 「(現状、私達にはどうすることもできません。残念ですが……)」


 俺はそれだけ聞くと、森の中へと入って行った。クリューゲルは……追ってこなかった。





 ◆ ◇ ◆


 

 「お」


 しばらく、といっても一時間半は歩いただろうか。俺は体に奇妙な感覚を覚えて短く呟いた。


 「気づきましたか? 今、私達はエルフの集落がある森へ足を踏み入れましたよ」

 

 「結界ってところだね。これに引っかかると武装したエルフが捕えに来るって仕組みみたい」


 ティリアとルルカが説明をしてくれ、リファが眉を顰めていた。


 「私は全然わからないんだが……」


 「魔法を主としたジョブじゃないと中々難しいかもね。ボクでも『お』ってくらいだし」


 そんな雑談をしていると、姉エルフが口を開いた。


 「到着しました! エルフの集落です! 私です、ユリムです! 今戻りました!」


 門の前で叫ぶと、ゴゴゴ……と重い音を立てて二枚ある門の内、片側だけ開いた。


 「おお、ご無事でしたか!? ささ、早く中へ! 光翼の魔王様も……あん? 人間?」


 ティリア達が先に入り、俺が最後に門をくぐろうとしたところでメンチをきられた。さっきまでの温和な表情はどこいったんだよ!?


 「ああ、是非来てくれっていうから来たんだが……」


 「この集落に人間が居れる場所はないんだよ! ぺっ! 分かったらとっととその半獣人の子を置いて帰……らば!?」


 言いたい放題言ってくるおっさんエルフの顔がめちゃくちゃ近くなったあたりで、膝から崩れた。


 「つべこべうるさいですよ? 私の恩人にそのような口を聞くのは許せませんね?」


 「も、申し訳ございまひぇん……」


 「さ、こちらです♪」


 「ご、ご主人様にくっついたらダメです!」


 凄い変わり身で俺の腕を掴んで引っ張り始める姉エルフことユリム(さっき名乗ったのを覚えた)。痛そうだなと思いながら門をくぐると、別のエルフがおっさんをどこかへ運んで行った。仕事が早い。


 夜なので集落のはっきりした様子は分からないが、しっかりとした造りの家が建ち並んでいるようだ。しょぼい村よりはきれいなんじゃないか? 少なくともアンリエッタの家よりはしっかりしている気がする。

 そんな中、ティリア達が大きい屋敷へと足へ踏み込んでいくのを見て俺は慌てて声をかける。


 「お、おい。多分だけど、ここって風斬の魔王の屋敷じゃないのか? 先に二人を家へ連れて行った方が……」


 俺がそう言うと、ユリムがくすりと笑って言った。


 「大丈夫です。だって、私達は風斬の魔王の娘ですから!」


 「何ぃ!?」


 ラノベかってくらいできすぎだ。だが、逆にティリア達が慌てて救出に来た理由を考えればその可能性はあったことに気付く。なんせ各魔王と協力しようってくらいだ、恩は売っておいた方がいいしな。


 そして何故かチェルを見て勝ち誇った顔をしているユリムと、ぐぬぬ、という顔をしたチェルが緊迫した空気を作っていた。半獣人とエルフは仲が悪いのだろうか?

 それはともかく、案内された屋敷の中はとても森の中とは思えないくらい広く、ソシアさんの家と比べても遜色がない。さすがに魔王だけあって妥協はしていない感じか。


 「それでは、すぐに戻ってきます」


 応接室へ到着すると、ユリムは着替えに戻るといって寝入った妹のクリムを連れて姿を消した。

 

 「凄いですね……」


 「ああ、魔王だけのことはあるな」


 チェルとキョロキョロしながら話していると、応接室の扉がガチャりと開く。ティリア達がそちらを向き、俺もゴクリと喉を鳴らしながら入ってくる人物待つ。ティリア達は知っているのだろうけど、一体どんな人だろう……。


 「すいません! お待たせしました!」


 ガクッとその場にいた全員が崩れた。


 入ってきたのはユリムで、先程までの全裸やみすぼらしい格好から一転、お姫様のような衣装に身を包んでいた。しかし、その後ろに人影が。


 「お父さんもほら」


 「うむ……さすがは光翼の魔王、よく私の娘を助けてくれた」


 何か次元連結とか死神とか言いそうな渋い声で労いの言葉を言いながら入ってきた男……。


 「……い、いえ」


 その男にティリアが怯む。


 「……」


 リファは無言で見つめる。


 「……プッ……」


 そして、ルルカが噴いた。



 ――それも致し方ないだろう、その男をみた俺は全力で叫ばずにはいられなかった。



 「何でパジャマなんだよ!!!」


 応接室に俺の声が響き渡った。






 ◆ ◇ ◆





 

 「はっはっは、すまないね。最近ちょっと具合が悪くて、早めに寝ていたんだ。君は初めてだね? 私は風斬の魔王バウム。ウェスティリアさんも、改めて娘達を助けてくれて礼を言う。ありがとう」


 ぺこりと頭を下げ、お礼を言ってくるバウムさん。ティリアもそうだけど、この世界の魔王ってきちんとしているよな。あ、ナイトキャップが落ちた。


 「いえ、あなたが動けないのであれば当然のことです」


 「あ、初めまして俺はカケルと言います。こっちは半獣人のチェルです」


 ティリアが謙遜して応えていたので、俺はついでに自己紹介をし、チェルは無言でおじぎだけしていた。そこでバウムさんの顔色が変わった。


 「いや、本来なら私が助けに行くべきところだったんだ……起きて待つくらいはすべきだけど、どうにも体調が……。で、カケル君、ね……君は娘とどういう関係かね?」


 「……関係、ですか?」


 「~♪」


 ……実は応接室に入ってから、俺の隣にはずっとユリムがくっついており、反対側に座っているチェルと背後で小競り合いが続いている。


 「とりあえず俺の認識では、ユリムさんのケガを治療しただけですし、今日初めて会ったので関係と言われても困りますね」


 こういうことはハッキリ言わないとややこしくなる。俺は迷わず本当のことを告げた。


 「なるほど……はっはっは! 早とちりしてすまなかったね! それならいいんだ、うん」


 「はは……」


 「カケル様、ゴブリン達が怖かったです……今日は一緒に寝てくれませんか……?」


 「娘に手を出したら……分かっているね……?」


 風斬の魔王は親バカだった。というか煽るな娘!


 「出すか! ええい、もういい加減に離れろ! お礼をしたいって言うから来たのに何で俺がこんな目に合わないといけないんだよ!」


 「そうです! ご主人様から離れなさい!」


 そう言ってここぞとばかりにチェルが引きはがし、仕方なくと言った感じでバウムさんの横へユリンが戻った。やけにあっさり引いたな……嫌な予感がする……。


 「そうでした。お父さん、私、ゴブリンのおもちゃにされて片目を潰されたの。だけど、カケル様に完璧に治してもらったのです」


 「な、なんと……私がすぐ行けなかったために苦労をかけたね……」


 「いえ、おかげで私、運命に出会いました! 私は、カケル様と……結婚したいと思っています!」


 「「「「えええええ!?」」」」」


 くそ、好意を持たれていることには気づいていたが、スルーしていたのに……! 今までもこんなことが無かったわけじゃないが、これだけハッキリ宣言したのはユリムが初めてだった。


 「いかーん! いかんよユリムちゃん! お前は騙されるんだ! この男、人間のフリをしているが魔王だぞ!」


 「え!?」


 それに驚いたのはチェルだった。


 そうか、ティリアが探知できたんだからこの人に出来てもおかしくない! こいつら……余計なことをべらべらと……! 


 「ちょっと待て……」


 いいかげん俺が声をあげようとしたところで、ティリアがソファから立ち叫んだ。


 「バウムさん、話が進まないのでいい加減にしてください! それに!」


 「あ、ああ、すまない……それに?」


 「それに! カケルさんは私と、け、けけけけ……結婚するんですから、手を出したら怒りますよ!」


 「ええええええええええええ!?」


 結局最後に驚いたのは俺だった!


 ティリアめ、どういうつもりだ……?

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