第八十五話 種族の壁

 ――ウェスティリアがとんでも発言をする少し前のこと――





 (カケル様、ゴブリン達が怖かったです……今日は一緒に寝てくれませんか……?)


 

 「は、話ができないですね……」


 「あー、こりゃカケルさんを連れてきたのは間違いだったかもですね。あの娘さん、恋する瞳ではっちゃけてますし」


 「しかし随分ハッキリとものを言う人だな……」


 「一体どうしたら……」


 あの騒ぎに巻き込まれたくないが、話はしたい。どうするかと思案した所でルルカがウェスティリアの肩に手を置いて優しく呟きはじめた。


 「もうこうなったらあれですよ、お嬢様がカケルさんと結婚するつもり、と言えば解決です」


 「はあ!? ど、どうしてそうなるのですか!?」


 「そうだぞルルカ! それなら私かお前でもいいだろう!」


 論点はそこじゃない、とウェスティリアが思っているとルルカが仰々しく手を広げて言葉を続ける。


 「ボク達はただの人間です。風斬の魔王様の娘さんにそれを言ったところで、自分の方が身分が上だとこちらが諭されてしまうでしょう。しかし! お嬢様はお嬢様で、現役の魔王! これに逆らえる人はいないでしょう!」


 するとリファが拳の握りしめて、ぐぬぬと歯噛みしながらルルカに同調する。


 「確かに……!」


 「ええー!? い、嫌ですよ、そんな嘘はつけません! ルルカは面白がっているだけでしょう!」


 (娘に手を出したら……分かっているね……?)


 「いいんですか? これ、ヘタをするとかなーり長引きますよ? 半獣人の子もヒートアップしてきたし、ここはぴしゃりときったほうがいいですって!」


 ルルカがウェスティリアの肩をぐらぐらと揺すり、ウェスティリアはチラリとカケルの方を見ると、いよいよ彼もうんざりしてきたのか怒っていた。


 「出すか! ええい、もういい加減に離れろ! お礼をしたいって言うから来たのに何で俺がこんな目に合わないといけないんだよ!」


 今後のことを考えると、ここはカケルを助けた方がいい……ウェスティリアは覚悟を決めて高らかに宣言した!



 「バウムさん、話が進まないのでいい加減にしてください! それに!」


 「あ、ああ、すまない……それに?」


 「それに! カケルさんは私と、け、けけけけ……結婚するんですから、手を出したら怒りますよ!」


 





 ◆ ◇ ◆







 「申し訳ありませんお父様! 男性と同じ部屋で寝泊りをするなんて、私ははしたない子です!」


 「私もう捨てられるんですか! ねえ、ご主人様!?」


 「……敗北を知りたい」


 

 ベッドに突っ伏して泣くティリア。その隣のベッドで俺は膝を抱えて転がっているが、チェルが俺の首を絞めながらガクガクと揺らしてくる。

 

 ティリアの爆弾発言から数十分。俺はこの二人と同じ部屋に押し込まれていた。ティリアの発言でバウムさんがここぞとばかりにユリムを引きはがし、今日はもう遅いからとそれぞれに部屋を宛がった結果である。婚約者ならいいよね! と、焦るティリアとなし崩しの内に運ばれた、そういうことである。


 まあ、途中叫ぶユリムの声に反応したバウムさんの奥さんが乱入してきたりと色々あったんだが、そこは割愛させていただく。

 しかしアンリエッタから始まり、トレーネ、ユーキと続き、ユリムである。何でこうも好かれるのだろう……?


 自慢じゃないが全然大したことはしてないんだよな。命の恩人、という共通点はあるけど。

 

 ……チェルもちょっと怪しい感じなので、本格的に何かを疑った方がいいかもしれないと思い始めていたりする。主にアウロラを。


 「……落ち着けチェル。捨てたりはしないって。ティリアもさっきのは嘘なんだろう?」


 チェルを引きはがして座らせながらティリアに問うと、顔をあげてこちらを向いて答えた。


 「は゛い゛……ルルカに唆されて……」


 「鼻水を拭け。まあ、あのユリムって子は一度決めたらとことんきそうだったからありがとうな」


 ちーん! 威勢よく鼻をかんでティリアが少し微笑みながら言う。


 「いえ……急にすいませんでした……」


 「あの状況だと話もしにくかったし、悪くない判断だったと思う。どうせそれほど滞在することは無いだろうからこのまま貫いてもらってもいいか?」


 「は、はい。この様子ですと、おそらくお金か物資でバウムさんからお礼が出るでしょうし、受け取ったら町へ戻ってもらってもいいですよ」


 「ま、明日次第ってところか。そっちの話はうまくいきそうなのか?」


 「それなんですが……どうも国がエルフや獣人といった人間以外の種族を排除しようとしているみたいなんです」


 ティリアが顔を曇らせて俺に告げる。それに合わせてチェルも顔を強張らせて俺の服の裾を掴んでティリアの話を聞いていた。この手の話だと最終的に行きつくのは一つしかないが……。


 「ははは、まさか戦争でも起こるってのか?」


 さっきのバウムさんとのやりとりからそこまで深刻な感じでは無さそうだったので、冗談半分でティリアに聞くと、目を伏せて口を開いた。


 「そのまさかです。近く、王が異種族の狩りを行うと宣言しているらしいのです」


 ティリアから出た言葉は、正直聞かなきゃよかったと思える規模の話だった。




 ◆ ◇ ◆




 ――翌朝


 「おはよう諸君! 気持ちのいい朝だね! げほ……げほ……」


 「あなた、無理をしないでくださいね? 改めまして、わたくしバウムの妻でグレイテを申します」


 「あ、どうも、おはようございます……」


 昨日は鬼神か何かかと思ったけど、穏やかな顔で食堂にて出迎えてくれたグレイテさん。すでに俺とティリア、チェル以外は着席しており、ユリムがティリアを血の涙を流さん勢いで見ていたので無視した。


 「いただきます!」


 結局昨日は何もありつけずに寝てしまったので俺はがつがつと料理をかきこむ。雑に食べていれば幻滅してくれるであろうという打算もあった。


 「ワイルドで素敵……」


 ダメだった。


 しかし昨日のティリアの発言で必要以上に迫って来なくなったのでここはスルーに徹するのが吉か。そんなことを考えていると、ティリアが口を開いた。


 「それで私のお願いなのですが……」


 「うん、マナの枯渇を食い止めるために手助けして欲しい、ということだね? 半日考える余裕があったから答えは出ているよ」


 「そ、それでは!」


 ガタっとティリアが椅子から立ち上がり、声をあげるが、バウムさんの言葉は期待しているものでは無かった。


 「答えはノーだよ。悪いけど、協力する気はない」


 「そ、そんな……!? 訳をお聞かせください!」


 するとバウムさんがため息を吐いてティリアを見ながら口を開く。


 「理由の一つは分かっていると思うけど、人間との確執だよ。この世界は圧倒的に人間の方が数が多い。そしてこの国の王はこちらを排除しようと動いているんだ、エルフたちを救うならともかく、人間達の為に働く必要はないと思う」


 「しかしマナが無くなればエルフも……」


 「私達を甘く見てもらっては困るよ? それに私は魔王だ、それに長寿のエルフは色々な研究も続けている。例えばマナをどうにか固定する、とかね?」


 昨日の夜聞いた通り、この国のせいってことか。後、俺は気になることがあったので尋ねてみる。


 「……理由の一つは、と言ったけど、他にもあるのか?」


 バウムさんは眉をあげて『ほう』と言ったあと、俺に向かって言う。


 「そうだ。私の身体はここ最近よろしくない。そう遠くない内に死んでしまうかもしれないのだ。そうなるとユリムかクリムに継承する必要がある。継承してすぐは魔王としての力がなじむまで時間がかかる。そう言った場合、誰かに殺されてしまう可能性が高いので身を隠すのだ。正直、ウェスティリアさんがここに居るのは驚愕しているよ」


 「……」


 もしかしてティリアも完全じゃないのか? だからクラーケンの時俺を持ち上げられなかった……? 色々と聞きたいことはあるけど今はバウムさんの話だ。


 「それにこの国が異種族を排除するつもりなら私達は断固として戦わねばならん。悪いが、君を手伝っている暇は……無い」


 「そう、ですか……」


 ストンと力なく椅子に腰かけるティリア。とりあえず温和そうなバウムさんから断られたのは結構痛いのかもしれない。空気が重くなり、静かになったので俺は『生命の終焉』を使いながら再びバウムさんに尋ねてみる。


 

 「しかし何でまた異種族を排除しようなんて言いだしたんだ?」


 『バウム(339) 寿命残:5年とちょっと』


 雑だな!? いつもなら時間単位まで出るのに、魔王相手だとスキルも曖昧になってしまうのだろうか? エルフだけあって歳すごいな、などと思っていると、バウムさんでない声が食堂に響いた。


 「その話は俺からさせてもらいたい。俺の名はクリュー……」


 窓に腰掛けていたのはクリューゲルだった! 彼が何かを言おうとしたが、最後まで言えなかった。


 「人間め! どこから入り込んだ!」


 いつの間に!? という速さで……奥さんであるグレイテさんがクリューゲルを一撃でのしていた。


 いや、ホント……どこから入り込んだんだよ……。

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