第八十二話 何とかしてうやむやにしようと考える


 「ほら、喋れるか?」


 「あ、はい……どうして……」


 「ん、どうして? どういうこった? それより名前を教えてくれないか?」


 「は、はい……チェル、です。そ、それより、どうしてあなたが……」


 チェルが不思議そうな顔をして俺を見ながら何かを訪ねようとするが、それよりも早くニド達が声をかけてきた。


 「カケルー! 何だお前! いや、何なんだよお前!」


 「リーダー、興奮しすぎ!? お疲れさんーいやあ、助かったわ!」


 ニドが鼻息を荒くして言葉にならない言葉を発し、ドアールが汚れた顔でニカっと笑いながら俺の肩を叩いていると、コトハがデブリンの死体を見て呟いた。


 「それにしても助けるだけでなく、倒してしまうなんて……」


 「……一体だけなら私達が全員でかかって倒せるかどうか……それを一人で……凄いです」


 サンも目をキラキラさせて俺を見ている……無我夢中で倒したけど、何て言おうか……。


 「まあ、助かってよかったじゃねぇか! なあ!」


 「え、ええ……」


 ニドが笑いかけると、曖昧な顔で答えるチェル。さて、この子の処遇もイクシルに聞かないといけないか、やること多いが自業自得か。幸いレリクスの時と違い、国のゴタゴタに巻き込まれることは無さそうだから適当に誤魔化そう。と、思っているとその一番厄介であろうイクシルがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。


 「……新人……いや、カケルと言ったか、勝手に飛び出して混乱を招いたことは許しがたいが……助かった。礼を言う」


 「ああ……いや、頭を上げてくれ。あんたの言うとおり俺はこの子を助けるために飛び出したからな、礼を言われるこっちゃない。とりあえずこれで依頼は終わりでいいのか?」


 「そうだな、聞きたいことはあるがまずは……」


 「あ、先に聞いておきたいんだけど、帰ったらこの子はどうなる?」


 イクシルが何かを言う前に俺が尋ねる。チェルの処遇を聞いておかないと町に戻りにくい。渋々口を開いてくれた。


 「……本来ならここで死ぬところだったのを助けたからな、お前が好きにしていい。どうする? 私の権利で身請けの支払いも無しにしてやれるが。もし連れて行かないのなら奴隷として引き渡さねばならん」


 お、マジか……さては意外と話が分かる人だな? リスクもしっかり言ってくれるとは。


 しかし、チェルの意向を聞いて見なければなるまい。


 「チェル、聞いた通りだ。正直逃げ道が無いのは分かっててあえて聞くぞ、お前はどうしたい?」


 「……一つ、聞いていいですか?」


 チェルが俺の目を見てそんなことを言い、俺は頷いた。


 「私のことをユニオンに知らせたのはあなたですか……?」


 ……なるほど、檻の中で俺を見た時暴れていた理由がこれで分かった。あの宿での一件で、獣人だと知った俺が通報したのだと思ったのだろう。確かにあの時、他にお客さんが居なかったような気もするし、あれを見てからすぐ捕まったのだとしたら俺が犯人だと思うのも無理はないだろう。


 「いや、期待はずれかもしれないが、俺じゃないな」


 「そうですか……いえ、先程の戦いを見ていたらそうでないことは分かりました。助けてくれてありがとうございます! ……後、一緒に着いて行っていいでしょうか……奴隷は嫌です……奴隷になったら私の目的が……」


 「目的?」


 ずっと強張った顔をしていたが、ようやく笑顔を見せてくれた。しかし、すぐに顔を曇らせる。何かやることがあってこの国に来たってところか? それを問いただそうとしたがイクシルに咳払いをされ言葉を止める。


 「コホン。それくらいにしてくれ。もうこの時間だから野営をすることになる。明日はデブリンを運んだりと忙しいからゆっくり休んでくれ。食事はこちらで用意しよう、洞窟に残存がいないかも確認せねばな」


 よく見れば俺達以外の冒険者がゴブリンの死体を片づけたり、檻の荷台にデブリンを乗せたりしていた。それに気づき、慌ててブルーゲイルの面々も手伝いに走る。


 「おっと、俺達も野営の準備に入るか。後で話を聞かせろよ?」


 「それは私も聞きたい所だな」


 ニドが指を俺に差し、イクシルが眼鏡をくいっと吊り上げて言う。うへえ、忘れてくれなかった……。


 「……ですです。色んな属性の魔法を使うのとか……」


 サン、人見知りはどうした? こりゃ疲れたとか言って寝るのが良さそうだな。ひとまず俺は手をあげて言う。


 「気が向いたらな……」


 「カケルさん、人気者ですね」


 「はは、俺も逃げたいな……」


 呑気ないうチェルの頭にポンと手を置いて手伝おうと思ったところで、森の方から大声が聞こえてきた。


 「あー! ゴブリン達が全滅してる……!」 


 声の方を振り向くと、今の俺にとって女神とも言えるべき人物が現れた……! というか何でここに!?





 ◆ ◇ ◆





 「――で、カケルさんはユニオンの依頼でここに来た、ということですか? まさかデブリンもいるとは思いませんでしたが……」


 「ま、そういうことだ。そっちはどうして?」


 声の人物……正確には三人だが、昨日別れたはずのティリア達だった。女神ではなく魔王だったわけだが、この窮地を脱するにはうってつけ……!


 と、まあ冗談はさておき、お互い情報交換のため会話をする。俺の事情は伝えたが、ティリア達の目的は今から聞く所である。冒険者達の視線と呟きが痛いが、今は我慢だ。


 (あれ、光翼の魔王じゃないか……?)


 (マジか……なんでこんなところに?)


 (お供の子達、可愛すぎない?)


 (平然と話してるあいつはホントなんなんだ……)



 うむ、いい傾向だ。ティリアに恐れて近づくのを止めるがいい。心の中でほくそ笑んでいると、ルルカがここに居ることについて説明をしてくれた。


 「ここから一時間くらいの所にエルフの住む森があるんだけど、そこにいる風斬の魔王様のところへ行ったんだよ。お嬢様が話をしている時にエルフの姉妹がゴブリンに攫われたって報告があったんだ」


 そこでリファが代わって口を開いた。


 「最近ゴブリンの動きが活発だということで、出払った後に里を襲撃されることを危惧して出撃を見合わせてたんだが、見殺しにするのも気持ちのいいものでは無いからな。幸い私達は女性だし、釣るには丁度いいかと救出にきたんだ」


 「そうだったのか……でもここにエルフの姉妹は……いや、まだ調べてない所があったな……」


 俺はハッと気づき、洞窟の入り口を見る。居るとすれば……あそこか。


 「行きましょう。無事だと良いのですが……責任者はどなたかいらっしゃるでしょうか?」


 ティリアが心配そうな顔で洞窟を見た後、キリッとして周囲に声をかけると、イクシルが再びこちらにやってきた。


 「私がアドベンチャラーズ・ユニオン、エルニーの町支店のマスター、イクシルです。今回の討伐依頼を指揮している者になります」


 「ご丁寧にありがとうございます。私は光翼の魔王、ウェスティリアと申します。あの洞窟に囚われていると思われるエルフの姉妹を救出するため参りました。あの中に入っても?」


 「構いません。魔王様は基本自由に行動する権利がありますし、力で抑えられるとは思っておりません」


 イクシルが眼鏡の位置を戻しながら言う。


 「ありがとうございます。それでは時間も惜しいので早速行かせてもらいます。カケルさんも来てもらえますか?」


 「俺か? 別にいいけど」


 俺が適当に答えると、ティリアがリファとルルカに目配せをして頷き、洞窟へ向かって行き、俺もそれにならってついて行くと、慌ててチェルが横に並ぶ。


 「あ、わ、私も行きます!」


 「……その子は? 半獣人ですか?」


 「ああ、ちょっとした経緯があって俺が引き取ったんだが……」


 するとルルカがよろっとしながら口に手を当て、わなわなしながら俺を指差して呟いた。


 「ま、まさか夜のお供に……!? この国が獣人に厳しいと知って……こんな小さな子を……!」


 「違うわ!? というか、やっぱりそうなんだな?」


 「まあ、獣人だけじゃないんだけどね、風斬の魔王様から聞いた話なんだけど――」


 ルルカが俺に語った話はよくありそうな話だった。


 だが、この話が巻き込まれまいとティリア達と別れた道が、再び一つになることになる。


 その話とは――







 ◆ ◇ ◆





 ――カケル達が洞窟へ入りこんだ時、その様子をじっと見つめる人物がいた。




 「(なるほど、光翼の魔王の知り合い、か。あの半獣人を連れていくとなると、おそらく近いうちにあの男も風斬の魔王に会うか? もう諦めていたつもりだったが、こんなところでチャンスが巡って来るとはな……さて、どう説明するか……)」


 

 その人物はクリューゲル。


 ここからでは見えないが、かつて自分が暮らしていた城下町の方角の空を見ながら一人、胸中で呟いていた。

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