第五十三話 クライマックス・パーティー



 生誕祭――


 現国王の誕生日にお祭りをするという習わしがこの国にあるらしい。というわけで今日はレリクスの親父さんの誕生という訳だ。


 「レリクスが国王になったら変わるのか?」


 「……一応、『様』はつけたほうがいいと思いますが……そうですね、レリクス王子が即位されると変わりますね」


 グランツが俺の疑問に呆れながらも答えてくれる。


 そのまま『今日即位して、明日誕生日だったら連日お祭りだな!』 と吠えてみたものの、真面目なグランツには洒落が通じなかった。


 「レリクス王子の誕生日はまだ先ですよ?」


 「うん……悪い……」


 「?」


 とまあ、何気なく話しているが実はここに女性陣はいない。夜にとり行われるパーティの準備のため、ドレスを決めている最中なのだ。俺達はお決まりのスーツのような燕尾服のようなものを着るだけなので、待っているのも退屈と判断し、町へと繰り出していた。


 屋台も出ており、昼食がてらたまには男同士でつるむのも悪くない。


 「この串肉うまいな」


 「ちょっと高いですけど、ヤングシープの肉は美味しいですからね! エリン達にも買って帰ろう」


 ヤングシープとはその名の通り、羊っぽい魔物で、驚くことなかれ。通常の羊は後ろに角が巻いているが、この魔物は角の先端が前に突き出ているのだ。イノシシさながらの突進で運が悪いと命を落とす者がいるそうである。

 

 だが肉は柔らかく、完全な食用。毛は羊毛として布団やらに加工されるので捨てる所が無い魔物その一というところ。一頭捕まえれば十万から競られるので、駆け出しの冒険者がよく返り討ちにあうのだとか。


 広場での曲芸におひねりを出し、歌を聞き、町を遊んでいると……。


 「いらっしゃーい! ネギッタ村で育てたリンゴよー! 直送だから新鮮、おひとついかが?」


 「……うっす……ありがとうございます……」


 「ビーン、声が小さいわよ! あ! お二つですね、ありがとうございます!」


 

 「帰るか」


 「え? もうですか? おみやげはまだ……」


 「お前だけ残ってもいいぞ? 俺は帰る!」


 「え、ええ……? わ、分かりました、それなら俺も帰りますよ」


 少し前に見慣れた二人を発見した俺はすぐに回れ右をしてグランツと共に屋敷へと戻って行った。確かにこの人だかりなら稼ぎ時だよなあ。

 あれだけビーンに言って出て行ったのに、顔を合わせたら俺はきっと悶死する。主に恥ずかしさで。


 「ま、元気そうで良かったかな」


 アンリエッタの元気のいい声を聞きながら少しだけ日が傾いた町中を歩いて帰った。



 ◆ ◇ ◆



 そしてパーティ本番!


 ソシアさん達一家とは別の馬車で、俺達は町から少し離れた城へと向かう。俺の前には着飾ったグランツとエリン。そして隣にはやはりいつもと違うトレーネが座っていた。


 「そのドレス、自分で選んだのか?」


 「うん。明るい色を着てみたかった」


 トレーネは薄緑色をした、肩の部分がふわっとした上下一体型のドレスを着ていた。首には昨日プレゼントしたネックレスを下げていた。


 「石の色ともあってるし、似合ってるな」


 「ありがとう」


 テンションの高いトレーネとは裏腹に、嫌な汗をかいている前の二人。町のお祭りは平民用で、城でのパーティは貴族が主な参加者のため粗相がない様にと緊張しているのである。


 「大丈夫だって、ソシアさんやボーデンさん達がいるから俺達は適当に飲んで食って帰ればいいんだよ」


 俺が苦笑しながら言うと、エリンが目を細めながら俺に指を突きつけてきた。

 

 「……甘いわカケルさん! 貴族はね、ソシアみたいな人ばかりじゃないの。ううん、むしろ嫌な奴の方が多い……! って聞いたことがあるわ」


 ガクっとこける。


 「まあ、向こうからわざわざ話しかけてくることは無いでしょうし、黙って立っていればいいのはそうかもしれませんね! うん! それでいこうエリン!」


 「単純なんだから……」


 最悪レリクスもいるし、悪い様にはなるまい。アテにするようで嫌ではあるが、使えるものは使うのが俺の主義だ! 


 そうこうしている内にパーティ会場である城へ到着。やはり、屋敷とは違い、堅牢で高い壁や屈強な門番、広い庭と、豪華な様相が目に入る。辺りにはお金持ちそうな貴族のご婦人や紳士が吸い込まれるように城へと入って行く。


 「ブレンネン家だ。こちらは護衛の付き人だが、構わんな?」


 「これは領主殿。もちろんでございます、二階が会場となっております」


 「スルーか、領主パワーすげぇな」


 「領主パワーすごい」


 ふんすと鼻息を荒くしてトレーネが後に着いてくる。適当に飲み物を貰い、他の貴族と雑談をしているソシアさん達を見ながら俺達も話していると、三階のテラスに髭のおっさんが登場し、一斉に注目が集まった。


 「楽しんでおるか? 本日は我が誕生日のために集まってくれたこと、礼を言う! この後も存分に楽しんで行ってくれ! たまにしか交流のない貴族の集まりみたいなところもあるのじゃがな。はっはっは!」


 そこで口々にお祝いの言葉が投げられ場が再度盛り上がりを見せていた。なるほど、レリクスの親父さんか……。それにしては豪快な人っぽいな。


 「グランツ、向こうのお料理を取りに行きましょう。デザートも美味しそう!」


 「ああ! 燃えて来た!」


 いくつか料理を食べると、それは美味しいものばかりで、俺も含めて田舎者が色んな料理を口にしたいと、移動を始めた。ちなみにバイキング形式で、席は自由というスタイルだったりする。


 「メロン……美味しい♪」


 「高そうな……」


 トレーネが果物に舌鼓を打っていると、レリクスとレムルがやってきた。


 「やあ、ソシア君の件では世話になったね! ペリッティから聞いているよ」


 「気にしなくていいだろ? 俺はソシアさんに雇われた護衛だからな。仕事をしたまでだっての」


 「ま、それでも婚約者候補を助けてくれたんだからやっぱり感謝かな?」


 「というかソシアさんに嫌われてるんだろ……お前……」


 笑みを絶やさないレリクスがクイっとグラスを飲みながら俺達の席へ腰掛け、声を小さくして話しかけてきた。


 「まあ、そうなんだけどね。とりあえず婚約者を発表するのは先送りにしたよ、レムル君が今の所候補だけど、もう少し様子を見たい」


 「……わたくしとしては今すぐでもよろしいですのに……」


 「本当にいいのかい?」


 「……」


 「君のお父上には僕からも話しておくよ、悪いようにはしない。それよりもカケル君、今日は君に用があってね」


 「俺に?」


 身を乗り出して言ってくるレリクスに疑問形で聞くと、俺のグラスに飲み物を注ぎながらうんうんと頷く。周りでは『あれ、レリクス王子じゃない?』『お酒を注がれている男は何者だ……?』と、いたたまれない気持ちになる注目を浴び、俺はため息を吐く。


 「僕の側近としてこの城で仕えてくれないかな?」


 ……そう来たか。


 いや、このことを予想しなかった訳じゃない。俺の正体を知って取る行動は大きく二つ。


 ドライゼンさんのように畏怖して遠ざけようとするか、レリクスのように取り込もうとするか、だ。城に仕えれば楽な人生が待っているだろうけど、あいにく俺の寿命はアホみたいに長い。こいつが老衰で死んでも俺はピンピンしているに違いないし、ここでずっと暮らしていく前に俺にはやりたいこともある。


 「……悪いな、その答えはノーだ。俺は光翼の魔王に会いにいくため旅をしている。ここに寄ったのはたまたまだったし、依頼を受けたのも偶然だ。このパーティが終わったら俺達は出発すると決めている」


 それを聞いたレリクスが笑みを崩さないまま一瞬沈黙し、すぐに口を開いた。


 「そうかい、君なら僕が国王になった時、おかしな方向に行こうとしたら止めてくれそうだったんだけどね(俺達、ね。やはり燃える瞳のメンバーと一緒に行くのか……なら彼等をどうにかするのがいいか?)」


 「? 何だ?」


 「いや、何でもないよ♪」


 良く分からないが諦めてくれたのなら良かったとホッとしていたところで、俺は一つ思い出す。


 「そうだ、レリクスならこのコイン、何だかわかるか?」


 「んー僕に分からないことなんて……これは……!」


 「どうした? って、何かざわついてきたな」


 コインを見た途端笑いが止まり、真顔になるレリクス。それと同時に、二階の奥から気の強そうな婆さんと、人の好さそうな爺さんが手を振りながら、護衛の騎士を連れて登場してきた。


 「……!? お祖母様……」


 レリクスが睨みに近い目を向けるその人物はレリクスの祖母だと言う。


 するとあれがメリーヌを出し抜いた……


 「ブッ!?」


 俺がメリーヌのことを考えていると、近くの階段から薄いベールをかぶった金髪の女性が上がってくるのが見えた。


 どうやって潜りこんできたのか……そう、現れた女性はまさしくメリーヌその人だったのだ……! 

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