第五十二話 そんな平和な一日を



 「それで、俺達に話とは?」


 ソシアさんを無事救出した翌日、俺達はボーデンさんに『話がある』と呼び出された。ソシアさんの体調のこともあり、今日は学院を休んでいる。


 「うむ、楽にしてくれていい。まずは、ソシアの救出および事件の解決をしてくれたことについて礼を言わせてくれ、ありがとう」


 「私からもお礼をさせてもらいますわ」


 ボーデンさんとアムルさんが、頭を下げてきた。領主に頭を下げてもらうのは流石に恐縮するので、慌てて止めて欲しいとお願いをする。


 「頭を上げてください。俺達は依頼をしていたのですから、無事で良かった。それでいいじゃないですか」


 「カケルさんの言うとおりです。それに俺達はあまり役に立っていませんでしたし……」


 グランツが声のトーンを落とすと、憑き物が落ちたかのようなソシアさんが微笑みながら俺達に話しかけてきた。


 「カケルさんには確かに助けられましたが、燃える瞳のみなさんにもお礼を言いたいです。友達として、護衛として私を守っていただき本当にありがとうございました」


 「ソシア……」


 エリンがそれを見て目を潤ませながら呟く。一番仲が良かったので複雑ではあるだろう。そこに珍しくトレーネが口を開いた。


 「ソシアは色々大変みたいだったけど、その為に雇われたから問題ない。私はソシアが好きだし、友達だと思ってくれるなら尚のこと気にすることない」


 「トレーネ……」


 相変わらず表情は変わらないが、トレーネは柔らかい口調でソシアさんに言い、ソシアさんも涙ぐんでいた。意外と大人な対応ができるなと感心した。


 うんうん、と頷くボーデンさんが俺達に封筒を差し出してきた。


 「これで恐らく誘拐事件も解決だ。ソシアが迷惑をかけた分も含めて受け取って欲しい」


 「ありがとうございます。中身を確認させていただいても?」


 「無論だ、確かめてくれ」


 一人ずつに用意された封筒を受け取り、中を確認した俺はその金額に目玉が飛び出る思いをした。


 「……こ、これ……こんなには受け取れません!? あたし達なにもしてないですよ!?」


 最初に叫んだのはエリンだった。それもそうだろう、全員で五十万セラだったが、封筒には二十万セラが入っており、さらに俺には追加でプラス十万で三十万入っていたのだ。


 「いいのよ、できれば今後もソシアのお友達としてたまに顔を出してくれると嬉しいわ。依頼も何かあったらあなた達に頼みたいわね」


 「きょ、恐縮です……」


 グランツが身を小さくして呟くと、ボーデンさんが笑いながら口を開いた。


 「はっはっは! 驕らない態度は長生きする秘訣だ。君達にはそのままでいてほしいものだね。さて、私達からの話は終わりだ。念のため生誕祭のパーティが終了するまで屋敷に居て欲しいがどうかね?」


 「は、はい! あたし達で良ければぜひおねがいひまひゅ!」


 「噛んだ」


 「トレーネうるさい!」


 「急ぐ用事もありませんし、大丈夫ですよ。あ、でもちょっと町に出たいんですけどいいですかね?」


 エリンにお金を渡して親父さんを助けないとな。ユニオン経由で送金ができるそうなので、トーベンさんに報告を兼ねて寄っておきたいと思っていた。


 するとソシアさんが歓喜の声をあげながら立ちあがる。


 「あ、でしたら私も行きたいです! エリン、約束していたお買いものしをましょう」


 「いいわね!」


 「う、うーん……解決したとはいえ……大丈夫ですかね……?」


 女性陣がわいわいしているのを尻目に、グランツだけが心配そうな声をあるのだった。


 ま、昨日の今日とは言え、ソシアさんの寿命を見る限り問題なさそうだし、心配することはないとグランツの肩を叩き、俺達は町へと繰り出すのだった。



 ◆ ◇ ◆



 「――それでは確かにお預かりしました。お父さん、治るといいですね!」


 ユニオンでトーベンさん立会いのもと、送金手続きを行うと受付のお姉さんがこんなことを言っていた。燃える瞳の故郷はカルモの町から東の山を越えた先にある隣の国出身なのだそうだ。自国の魔物はここより強いらしく、レベリングのためにこっちへ来ていたと手続きをしている間にグランツが説明してくれた。


 「……これで多分大丈夫。カケルさん、ありがとうございました」


 いつもの調子とは違い、静かに深々とおじぎをするエリン。上げた顔は笑いながらも涙を浮かべていた。俺も出そうと思ったが、三人で六十万セラになったので、五十万を送金し、残りを三人で分けて使うのだそうだ。


 「エリンは泣き虫」


 「うるさいわね! カケルさんが居なかったいつになっていたか分からないし、もう何て言っていいのか分からないわよ……」


 「気にするな、俺もお前達が居てくれたおかげで楽しいし、色々知識をもらえたりするから助かっている。ありがとうな」


 「う……はあ、ずるい人よね……トレーネじゃなくても惚れるわこりゃ」


 「えっへん」


 「何でお前が胸を張ってるんだよ……エリンはグランツに怒られるぞ?」


 「はは、エリンの言いたいことも理解できますから腹は立ちませんよ。流石に渡せないですけどね」


 「お、良いこと言うな」


 俺達が笑いあっていると、トーベンさんが合間をぬって話しかけてきた。


 「とりあえず今回の件はご苦労だった。ま、お前ならやれると思っていたけどな」


 「……俺のこと、知ってたんだな」


 「まあな! だから一応警戒して様子を探ってたってわけだ。結果は問題なかったな、俺の目に狂いは無かったって訳だ! また何かあったら頼ってくれ、お前達なら大歓迎だ。異世界の食い物の開発でもいいぜ、またな」


 それだけ言って、片手をあげながら俺達の前から去って行った。エプロン姿をしている所を見ると厨房で新しい料理でも作るのだろう。


 「これでエリンの用事も終わりましたね。それでは、商店街へまいりましょうか」


 「オッケー♪ 付き合ってくれてありがとうね!」


 「フフ、こうしてお買い物がまたできる……嬉しいわね」


 「ホント良かったよね! ……まああたしはぐっすりだったんだけど……」 


 ソシアさんとエリンが話しながら笑い合うのを俺とグランツ、トレーネが後ろから追い、そのまま徒歩で商店街へと繰り出した。





 

 「うーん……3000セラか……」


 「報酬、まだあるなら買ってもいいんじゃないか?」


 エリンが洋服の前で腕を組んで唸りをあげていた。曰く、報酬は一人三万セラ程度しか残らなかったため、今後の生活費を考えるとこの3000セラは痛いらしい。そこで俺は頭に電球を光らせてグランツに耳打ちをした。


 「(恋人にプレゼントしてやったらどうだ?)」


 「(……!? 確かに……エリンは親父さんのことでずっと我慢してきましたしね。そうします! ありがとうございますカケル様!)」


 「(様はやめろ!?)」


 グランツがぎこちなくエリンに近づき話しかけていた。エリンは驚いたり、グランツの額に手を当てたりと忙しかったが、何とかプレゼントできたようで、エリンの顔はいつもより緩かった。いいねえ、若いってのは。


 まあ、俺も若いんだけどな……。


 と、そういやトレーネが大人しいな、と思い姿を探すと、アクセサリーのコーナーで佇んでいるのを発見し、近づいた。


 「どうした? 何かいいものあったか?」


 「カケル」


 俺に気付くとぴょん、と跳ねて俺の腕を掴んできた。それでも、目はある一点から離しておらず、俺もそちらへ目を向けると、ショーケースの中にきれいなネックレスがあった。


 「へえ、いいなこれ。トレーネの髪の色だと似合うんじゃないか?」


 「そう? カケルにそう言ってもらえると嬉しい」


 こいつのストレートな好意にも慣れたな。俺のどこがいいのか分からんが……。


 「欲しいの?」


 「……少し。でもこれは流石に無理」


 トレーネが指さした先にある値段を見ると『6万セラ』と表示されていた。今回の報酬では手が届かない代物だ。魔法効果があるみたいで、中央に緑の宝石をあしらったネックレスは『対魔(小)』『対物理(小)』『対麻痺(小)』が付与されていると説明書きがあり、それを見ていると店主らしき男がパイプをふかしながら近づいてきた。


 「お嬢さん、お目が高いね。冒険者かい?」


 「うん。でも、お値段も高いから今日は見るだけ」


 「ははは、うまいことを言うね! まあ値段はそれなりにするけど、対魔と体物理が同時についているのは珍しんだ。効果は小さいけどな。どうだい彼氏さん、買ってあげちゃ?」


 「……先に言うなよ、おっさん……」


 俺はカバンから財布を取り出しながらふてくされると、おっさんが肩を竦めてひっひ、と笑った。


 「そいつはすまんな! ……確かに6万セラ受け取った。これでこいつは嬢ちゃんのものだ。おっと、兄ちゃんから渡した方がいいわな!」


 ショーケースを開けて、俺にネックレスを渡したあとおっさんは『毎度♪』と奥へと引っ込んでしまった。商売のうまいおっさんに違いない。それはともかく、トレーネにネックレスをかけてやる。


 「……いいの?」


 「おう、魔法を教えてくれたお礼だ」


 「……嬉しい……」


 ほんのりと顔を赤くしたトレーネが宝石を撫でながらポツリとつぶやいた。大人しくしているとやっぱり可愛い顔をしているなと思った。


 「あ、トレーネ、それ買ってもらったの? 羨ましいわね」


 「むふー」


 ソシアさんがトレーネに声をかけると、ドヤ顔で鼻息を荒くし、コロコロとソシアさんが笑っていた。グランツとエリンも混ざり、その日は俺とグランツが冷やかされる一日になった。


 緊張していた数日からようやくいつもの日常が戻ったことを実感する。



 ――そして、生誕祭の日がやってきた。


 

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