第五十一話 婆さん二度びっくり……!


 レムルに促されて階段を降りようとしたところで後ろから声がかかる。振り向くと、反対側を探索していたペリッティだった。


 「ガラスが割れる音がしたから慌てて来たけど、何かあったの?」


 「ああ、ソシアさんを攫ったやつを逃がした」


 「え? ソシア様は大丈夫なの?」


 ペリッティは深刻な顔で俺達の所へ歩きながら尋ねてくるが、それをレムルが返す。


 「貴女はレリクス王子の……ソシアさんは問題ありません。今、その元凶を……助けたというかなんというか……と、とにかく一緒に来れば分かりますわ!」


 「?」


 歯切れの悪いレムルに首を傾げていたので、俺は一緒に階段下へ降りることを促し、隠し部屋へと再び舞い戻る。

 先ほどの戦闘で荒れまくっていたが、狂気の老婆はもうそこにはおらず、金髪の元令嬢が手を前に組んだまま俺達を静かに見ていた。とりあえず監視をしてくれていたツォレに声をかける。


 「すまん、逃した」


 「……仕方ない。この人数が居て、この体たらくだ。捕まえたとしてもこちらの被害が大きくなるだけだろう。オレはレムル様を守らねばならんからこの方が都合がいい」


 そうは言っても完敗だったツォレは悔しいのだろう。仕方ないと言いつつも眉間に皺を寄せて、声色はいつもよりも高かった。


 「さて、それじゃソシアさんは返してもらうぞ」


 「……」


 どっこいしょ、と、ベッドからソシアさんを回収して背負うのを黙って見ているメリーヌ。完全に背負ったところでようやく重い口を開いた。


 「……儂をこんな姿にしてどういうつもりじゃ? ……それにそこにいるのは暗殺者ペリッティか。魔力は全盛期と同じになったがもはや逃げることもかなわん。慰み者にでもするのか?」


 「え? いや、別に……」


 「別に!? ホントにお主、どういうつもりなんじゃ!」


 ガクッと崩れるメリーヌが一歩前に出てから声を荒げてくる。うーん、ホントに特に何にもないんだけどな……。


 「いや、これは俺の自己満足でやったことだからな。あんたの一生に同情して、勝手に若返らせただけだ。若返ったからって両親が帰ってくるわけでも無いしな。他の連中はどうかわからんが、ソシアさんが無事取り戻せれば俺はそれで良かったし」


 するとレムルが目を見開いて俺の襟をガクガクと揺らしながらこっちはこっちでまた叫ぶ。


 「あなた、本当にアホですか!? この女性はソシアさんを殺すところだったんですのよ? 相応の償いは必要ではありませんか!」


 「そうか? どちらかと言えばこの騒動を起こした発端……レリクスの祖母に取って欲しいがな俺は。ペリッティ、まだ生きているのか?」


 「そ、そう言われると、そう、ですが……」


 俺はレムルを引きはがしながらペリッティに問いただすと、難しい顔をして腕を組んだ。


 「……まだご健在よ。でも、もう60年も前のことだし罪に問うのは難しいわね。ただの貴族の娘程度なら良かったけど相手は王族。この件はレリクス様も動けないでしょうね」


 まあそうだろうと予測していたので俺は嘆息して、再度メリーヌへと向き直る。


 「ま、そういうことだ。ソシアさんが無事だった今、俺はあんたをどうこうするつもりはない。貴重な寿命をやったんだ、今度こそ平和に生きてくれると甲斐があるってもんだ」


 俺の言葉にペリッティが被せてくる。


 「私の任務はソシア様の奪還でしたし、見逃してあげます(そっちの方が面白くなりそうだし)」


 「とんだお人よしですわね!? 本当にそれでいいんですの?」


 「俺は構わん。ボーデンさんにはきちんと話すけどな。ああ、でもお前とツォレは無関係なのに痛い目をみたし、好きにしていいぞ?」


 「そうでもなかった!? はあ……わたくしもいいですわ。あ、あなたが庇ってくれたからケガとかしていないですし……」


 「オレも回復してもらったから問題ない……それよりもあの盗賊だ……」


 レムルは何故か赤い顔をして俺を見上げ、ツォレは先程まで盗賊と戦っていた場所を凝視しながら怒りの声をあげる。こいつは負けた言い訳をしないな、強くなりそうだ。話がまとまったところで俺はメリーヌに背を向けて歩き出す。


 「ま、待て! 本当に儂を……お、置いていくのか!? 何なんだお前は!」


 「何って……一応ユニオンの冒険者だぞ? レベル6の」


 「「「嘘つけ!?」」」


 俺がそう言うと何故かレムルとツォレとハモった。そしてペリッティが余計なことを言う。


 「フフ、魔王様ですからねカケルさんは♪ 私と子作りしましょう? あ、ソシア様がいるからダメか……」


 「ま、魔王ですって!? それに子作り……!? い、いやらしいですわ」



 「おい、余計なこと言うな!?」


 階段を歩きながらレムルが驚きの声をあげていた。はあ……こりゃ依頼が終わったら即町を出ないとな……グランツ達に何て言おう……。



 「嘘じゃろ……え、置いて行かれるの? 儂?」


 ぞろぞろと階段を登る中、部屋に残されたメリーヌの呟きだけが聞こえていた。この先どう生きるかはあの人次第だ。復讐が終わった訳ではないが、できればそのまま(中身は婆さんだけど)結婚でもしてひっそり暮らして欲しい。

 



 階段を登りきったところで俺は部屋にある肖像画の下に、先程は気付かなかったが何か光るものがあるのを見つけた。


 「(これは……コイン?)」


 薄暗くて見えないが、コインかメダルのようなものだと思う。手のひらに乗るくらいの大きさで、紐をかけるための穴が空いているようだ。


 「どうしましたの? 行きますわよ」


 「ああ、すぐ行く」


 俺はメダルを後ろポケットに入れて、レムルの後を追いかけた。


 



 ◆ ◇ ◆






 「おおおおお嬢様ぁぁぁぁ!? ご無事でぇ!」


 馬車の所まで行くと、ぶつかった時に顔を合わせた御者が泣きながら躍り出てきた。危うく殴りそうになったが、レムルが前へ出て対応してくれた。


 「心配は無用ですわよ! わたくしがそうそうやられる訳があると思って? オーッホッホ!!」


 魔力切れ起こしかかってたくせに。とは、言わない優しい俺であった。そこにペリッティが俺達に話しかけてくる。


 「あまり役に立てなくてごめんなさいね? でも、これで本当に誘拐騒ぎは終わったわ。私はこのまま王子へ報告に行くから、ソシア様はお願いね?」


 「ああ、大丈夫だろ。あの盗賊もソシアさんの命を狙っているわけじゃなさそうだったし」


 「そうね。それじゃ、今度はパーティで会いましょう。レムル様も」


 「え、ええ」


 急に呼ばれて面食らったレムルが曖昧な返事をし、それを見て笑いながら闇の中へ溶け込むように消えて行った。


 「……暗殺者、ね。あいつこそ危ないんじゃないか?」


 言及はしなかったけど、身のこなしに盗賊についていくだけの技能を考えると、そうであっても不思議ではないな。いらんことを言うのだけは勘弁してほしいが、後少しの辛抱か。


 「それではわたくしも帰るとしましょう。……魔王のことや若返らせる能力、色々聞きたいことがありますが、今は不問にします」


 チッ、スルーできなかったか。ま、これで学院へ行く必要もなくなるだろうし、その機会はもう訪れることはきっとない。


 「……また会いましょう、カケル様」


 「はい?」


 いつのまにやら馬車に乗りこんでいたレムルが耳を疑う言葉を発し、俺は聞き返すが華麗なドリフトを駆使して馬車は小さくなっていった。


 「……俺も帰るか」


 <では、ステータスを変更します>


 ナルレアが『体』を中心に振り分け直し、月明かりの中ソシアさんを連れて屋敷へと向かった。スマホを見ると深夜0時を回っており、3時間は探索と戦闘をしていたことを今更ながらに痛感する。


 「……腹が減ったな……」


 <魔王スキルを使用したので、栄養を欲したのでしょう。私の存続にも関わるので是非、食べ物を口にすることをお勧めします>


 お前はぶれないな、と毒づきながらてくてくと帰路についた。



 ◆ ◇ ◆



 屋敷へ戻ると、あちこちで灯りがまだ点いており、ソシアさんを心配している両親がまだ起きているのだろうと推測される。

 俺が玄関のベルを鳴らすと、バタバタとセバスにグランツ、そして両親が集まってきた。


 「お、お嬢様! 旦那様、お嬢様が戻ってきました……!」


 「おお……! か、カケルさん、ソシアは……ソシアは生きておるのですか?」


 「ええ、眠っているだけで元気ですよ」


 何気に生命の終焉を使って寿命を見たところ、残が72年になっていたので恐らく寿命まで生きるに違いない。代償はもちろん俺の寿命で、メリーヌの分からさらに54年ほど減っていた。まあ、許容範囲内と思おう。


 「ああ、本当に良かった……」


 ソシアさんをアムルさんへ渡していると横からグランツが抱きついてきた!?


 「流石……流石はカケルさん……! よく一人で無事に戻られました……!!」


 「やめんか!? 男に抱きつかれる趣味は無いぞ!?」


 「うう……では後でトレーネにでも……」


 「そう言う意味でもないからな……。ま、疲れたけど、多分これで終わりだ。二人は?」


 「まだ眠っています。強力な睡眠薬のようでしたが、命に別状はなさそうです。ボーデン様が呼んでくれた医者にそう言われました」


 成り代わられていたメイドのクレアも自室で見つかり、やはり薬をかがされていたらしくよく眠っていたそうだ。殺さずに無力化だけをしたあの盗賊……その対応は好感がもてるが、一体あいつは何者だったんだろうな……。


 「では、早速ソシアも診てもらおう」


 ボーデンさん達はソシアさんを連れてこの場を立ち去っていき、グランツと二人になった。


 「……実際、何があったんですか?」


 「それは明日にでも話すわ。とりあえず……何か食い物無いか?」


 うーむ、流石です! と、言うグランツと一緒に笑いながら俺達は部屋へと戻った。



 ――そして次の日、満面の笑みをしたボーデンさんに呼び出された。













 ◆ ◇ ◆



 ――カケルが屋敷に戻ったのとほぼ同時刻――



 「やあ、戻ったのかい」


 「はい。ソシア様が誘拐されまして、そのご報告に」


 「……そうか。ペリッティがここにいるということは終わったんだね?」


 「勿論です。ソシア様にはケガ一つございません。それともう一つご報告が。カケルさんは魔王で間違いないことを確認しました」


 「へえ?」


 それを聞いたレリクスが微笑みながら声をあげる。


 ペリッティはあの時、扉の向こうで全ての経緯を見聞きしていた。介入すればすぐに終わるであろうことは分かっていたが、レリクスにはソシアの密偵と、カケルの行動を監視するように言いつけられていたのでチャンスだと思いギリギリまで動かなかった。

 

 結果的にカケルが事態を収束させ、若返らせるというスキルを見ることができ、その際、魔王の証である赤い瞳をはっきりと目にすることができたのというわけだ。


 「回復に特化した魔王とはね。しかも若返りのスキルだって? となるとカケル君がいれば未来永劫、僕がこの国を治めていくことができるのか……いいね、実に楽しそうだ! もしかすると全魔王を倒して世界を統一させることも可能なんじゃないか? ……ペリッティは引き続きソシア君とカケル君の監視を頼む。他の国に渡るのは阻止しないといけないね。どうにか僕の手元に置きたい……」


 「お祖母様の件はどうなさいますか?」


 「言った所でしらばっくれるだろうし、今更だろう。仮に若返ったお婆さんが復讐をしにきたとして、僕が止める必要もないさ。あの金の亡者はね、興味があるのは自分とお金だけ。爺さんにすら興味がないんだろう」


 苛立ちを隠しもせず、祖母のことを口にするレリクス。それをペリッティが宥めながら言う。


 「……あの方が若返りができると分かったら危ないですね」


 「まったくだよ。自分で手を下せないのが残念なくらいだ。父上があの婆さんに染まらなかったのが唯一の救いか。婆さんのことは保留でいい。それよりカケル君を取り込む策を考えてくれ。お金は僕が出せるだけなら何とかする」


 「承知しました。お金では動きそうにないですが……色仕掛けでもなんでもやってみますか」


 「それが叶ったら嬉しいくせに。そういえば、彼の近くには燃える炎が居たね?」


 「フフ、汚れた女ですが、私も幸せになりたいと思っていたようです。あの眼鏡の娘はカケル様が気に入っているようですが……」


 「フフ、方法は任せる。が、……悟られないようにね」


 「では……」


 と、移動しようとしたところでペリッティはもう一つ思い出す。


 「そういえば例の大盗賊が誘拐の犯人でした」


 「大盗賊ってあれかい? 『弱きを助け、悪党には容赦をしない』とかいう悪党にとっては恐怖の対象とか言われている『幻惑の星』とかいうやつかな? 噂話だと思っていたけど」


 「間違いないかと。あの動き、偽装魔法。噂通りでした」


 「ま、ソシア君に危害が及ばなかったからそっちは放置でいいよ。今はカケル君だ」


 「そうですね。それでは今度こそ……」


 ペリッティは再びレリクスの前から姿を消し、部屋にはレリクスだけが静かに微笑みながら、ソファで佇んでいた。

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