第五十四話 異世界人はまた流される



 「レリクス王子、大丈夫ですの!?」


 「わ、悪ぃ!?」


 「ああ、問題ないよ。急にどうしたんだい、カケル君?」


 俺が噴きだしたせいでレリクスに飲み物が少しかかり、白い正装に染みを作っていた。クリーニング代が高そうだが、とりあえず大丈夫というので胸を撫で下ろし、再びメリーヌへと視線を移す。


 「む。カケル、あの女の人が気になる?」


 「なんですって? ……あれは、まさか!?」


 「……もしかしてあれがメリーヌ嬢かな?」


 レムルも気付き、レリクスがその様子で推測を口にしたので俺は頷いて話を続ける。周りには聞こえないように。


 「ソシアさんの誘拐を企てた張本人だ。ペリッティから経緯は?」


 「聞いているよ。なるほど、結局のところ復讐心を消すことはできなかったというわけだね。(だけどこれなら面白いことになるかもしれない。ここは傍観するのが得策か)」


 「王子のおばあちゃんを狙っているの?」


 「だろうな。機を伺ってるのか? ……とめてくるか」


 俺が頭を掻きながら行こうとしたが、レリクスに肩を抑えられて席に戻された。


 「? どういうつもりだレリクス。今止めておかないととんでもないことになるぞ? あいつの魔法はかなり強力だった」


 「構わない。とりあえず様子見だね。君がいることがバレると逃げ出すかもしれないだろ? できればここで決着をつけておきたいと思ってね」


 慎重に事を進めようとレリクスが言い、俺を隠しながら少しずつ前へ出る。チラ見すると、もう老人と言って差し支えないご婦人達に囲まれ、祖母のジャネイラは談笑していた。

 少しきつい目つきだが、恐らく美人であったろう彼女。隣にいる穏やかな爺さんとは裏腹に豪華な宝石や見事なドレスを着飾っていた。


 あと一息で近くまでいける……そう思っていたら、先にメリーヌがジャネイラと接触し、話しかけ始めた。




 「ようやく。ようやくここに辿り着いた。この六十余年、お主のことを考えなかった日はなかった」


 メリーヌの呟きに首を傾げながら、手に持った扇子を口にあて、蔑んだ目でメリーヌを見ながらジャネイラは口を開いた。


 「? どこの娘さんかしら? ……レリクスを狙う婚約者候補かえ? おっほっほ。私を籠絡すればたやすいとでも思ったかしらねぇ? あいにくじゃが、あの子にはすでに心に決めた者がおるぞ? 奴隷としてなら城に入ることを許すがのう」


 「ジャネイラ、そういう言い方は良くないぞい」


 ジャネイラの言葉に、先代国王である爺さんが宥めていると、メリーヌは下を向いてポツリと呟いた。


 「……相変わらず傲慢な物言いじゃ。あの娘の言うとおり、儂はあの時戦うべきじゃったのだな……」


 「何をぶつぶつ言うておる? 薄気味悪い娘じゃ……ほれ、騎士共仕事をせぬか」


 騎士が近づこうとしたがところで、メリーヌがベールを脱いで叫んだ。


 「薄気味悪い? そうじゃろうな、お主にとって儂は死んだ幽霊みたいなものじゃろうからな! この顔、忘れたとは言わさん!」


 風魔法か何かで騎士達を吹き飛ばし、魔力を放出しながらジャネイラを睨みつける。しかし、ジャネイラは怯む様子も無く目を細めてメリーヌの顔を見て……。


 「ふん、私を狙ってきた者じゃったか。 顔じゃと? お前のような娘に、見覚えな、ど……!?」


 じっと見ていて気付いたのだろう、突っかかろうと前に出たはずの足は、冷や汗と共に後ろへと下がり、唇を震わせながら、ジャネイラは大きく目を見開いた。


 「ま、まさか……まさか!? 貴様、メリーヌ……!?」


 「え!? ……あ、ああ……メ、メリーヌ!? 確かにその顔は……! し、しかし何故若い時のまま……い、いや、そんなことはどうでもいいわい、何故君はワシの前から姿を消してしまったのだ……!」


 先代が驚き、声を荒げると会場に居る人がこちらに注目が集まり、ざわざわし始めていた。メリーヌめ、どうするつもりだ? 


 「(ナルレア、飛び出せるようにステータス調整を頼む)」


 <かしこまりました。もう出番が無いかと焦っておりました>


 「(知らねえよ!?)レリクス、止めるか?」


 「もう少し聞きたい。祖母の脛に傷をつけられれば……」


 チッ、どういうつもりだレリクスのヤツ? だが、いざという時の準備はできた。服の裾をぎゅっと握るトレーネの頭を撫でながら様子を見続ける。


 「ソーモン様……やはり、真実は知らないのじゃな。儂はそこの女に不意打ちを受け、ボロボロにされ崖から突き落とされて亡き者にされかかっておったのじゃ。若い姿は……神が復讐の機会を儂に与えてくれた、そういうことじゃ」


 「ば、馬鹿な……! ジャネイラ、お主、儂と結婚するためにそんなことを……!?」


 「そ、そんなことは……騙されてはなりませぬ! その女、メリーヌを騙った詐欺師……「よう言うた! 詐欺だろうが偽物と思われようが構わん! ここで貴様が死ぬことに変わりはないのじゃからな! ≪#竜の祝福__ドラゴン・ブレス__#≫!」


 ゴウ!


 メリーヌの右腕から真っ赤な炎が吹き荒れたかと思うと、徐々に形を作り始め、やがて竜の頭へと変化した。それを見て、尻餅をつくジャネイラ。そして、涙を流す先代、ソーモン。


 「うああ……そ、それはメリーヌが編み出した……唯一の魔法……!?」


 「ま、間違いない! 君は本物の……う!? ど、どうして……」


 駆け寄ったソーモンの腹を左手で殴り、気絶させた。細腕とはいえ、老人を倒すには十分だろう。


 「すまぬの、ソーモン様。儂の復讐相手とはいえ、こやつは貴女の伴侶。死ぬところを見せる訳にはいかぬ」


 「ひ、ひい……!? だ、誰か! 誰かおらぬか!?」


 「は、はは!」


 「黙れ!」


 竜の口から炎が発せられ、騎士達を一蹴。炎が絨毯へと燃え移り、煙を上げ始める。腰を抜かしたまま後ずさりするジャネイラに竜を向け、メリーヌはとどめを刺しにかかった。


 きゃああ!?


 逃げろ!? 殺されるぞ!?


 炎を見てようやく事態が呑み込めたのか、場内は騒然となり次々と人が逃げて行く。騎士達はメリーヌを牽制する為武器を構えて包囲するが、ソーモンとジャネイラがメリーヌの近くにいるため迂闊に手出しができなかった。


 「流石にこれ以上は……!」


 俺が飛び出そうとしたところで、ジャネイラが泣き笑いの顔で首を振りながら叫び始めた。


 「す、すまなかった……! あ、あいつらに唆されて、お主を殺そうとしたのは悪かった! 何でもする……い、命だけは」


 「あいつら……?」


 メリーヌが眉を顰めて呟くと、チャンスとばかりに足元へ縋りついてジャネイラが捲し立て始めた。


 「そ、そうじゃ! やつらじゃ! あの時私はお主に魔力でどうしても敵わなかった! このままではマズイ、そう思っておった時、そいつらは現れたのじゃ。メリーヌを消せ、と……その後のことは処理してくれる、そう言っておった! 私がお主を崖から落とした後、お主の両親が傷心で国を出て行ったことになっておるが……あれは嘘じゃ、や、やつらが……消したのじゃ! そ、そう! 悪いのはあやつらじゃ! じゃから……!」


 「そいつらの素性はわかっておるのか……?」


 冷静に、冷淡に。すがるジャネイラを見つめながら静かに聞く。


 「詳しい素性は知らんが……おそらくアウグゼストの者じゃと……今になってそう思う……」


 アウグスト……? 『者じゃと』というからには人名ではなさそうだな……組織か何かか?


 「……」


 何か思うことがあるのか、一瞬目を閉じて何かを考えたメリーヌ。だが、すぐに目を開きジャネイラを蹴り飛ばした。


 「ふぎゃ!? な、何をす……!?」


 「いい情報をありがとうよ。すぐに殺さなくて良かった、儂はまだ死ねんようじゃ……だが、お主はここでカタをつける!」


 「や、やめ……」


 懺悔の言葉も今のメリーヌには届かないか! あの炎の大きさ、確実に殺すつもりだ!


 「さらばじゃ!」


 「ダメだ!」



 「カケル!?」


 「カケル様……!?」


 トレーネが俺の服の裾を掴もうとするが、一瞬、俺の方が早かった。一気に駆け込み、ジャネイラとメリーヌの間に割って入った。


 「お、お主は!? くっ……と、止められん!?」


 「≪炎弾≫!」


 ドン!


 威力重視のイメージをした炎弾が竜の炎とぶつかり、派手に爆発する。


 「ぐ……」


 俺の近くで爆発したせいで、直撃とまではいかないが頭から血が出ているのが分かった。耳もキーンとなっていて少し聞こえづらい……!

 


 「カケル! カケル! 兄貴離して!」


 「ダメだ! あの魔力は桁違いだ、巻き込まれたら……」


 トレーネが叫んでいるのを横目で見ると、騒ぎを駆けつけてきたグランツとエリンがトレーネを抑えていてくれた。


 「ば、馬鹿な!? どうしてそやつを庇うような真似を……!」


 「言っただろ、今度こそ平和に生きて欲しいってな……こいつは十分思い知ったはずだ。だからもういいだろ?」


 「知ったような口を……! お主に何もかも奪われた人間の気持ちが分かるものか!」


 「……分かるさ。俺は復讐を成し遂げた人間だからな……」


 「な、何……!? うぐ!?」


 「メリーヌ!? あんた……!?」


 「ほ、ほほほ……! よくも私に恥を……! 今度こそ確実に消してやる……!」


 俺との会話の隙を狙ってジャネイラが魔法でメリーヌを攻撃した! こいつ、本当に腐ってやがる!


 「おのれ……! 儂はまだ死ぬわけには!」


 「ほほほ! 死ね……ぐべら!?」


 「え!?」


 魔法を使われる前に俺は渾身の力でジャネイラをぶっ飛ばした!


 「≪ハイヒール≫」


 俺は自分とメリーヌを治し、床に倒れ込んだジャネイラへと歩き出す。


 「き、きひゃま……!? ひ!?」


 「メリーヌの人生を狂わせたあげく殺すだと……? メリーヌを殺そうとしたのを人のせいにしやがって……唆されたお前の心が弱かったんだろうが。手を下したのはお前だ……それでも死ぬのは忍びないと思ったから庇ったが、お前は死ぬべきだな」


 「お主……」


 メリーヌが俺の後ろで呟くと、いつの間にか近づいていた騎士が大声でこちらへと叫んだ。


 「先代は確保した! 男と女を捕えろ!」


 おおおおお!


 「ほ、ほほほ! 捕まえろ! 見せしめに処刑じゃ! ぶ!?」


 「黙れ」


 俺はジャネイラを蹴り飛ばすと、血を吐いて倒れた。まだ死んではいないようだが、今はそれどころじゃなくなった。


 「……口惜しいがまだ儂にはやることがある。まあ、スッキリはしたかの」


 「満足気なコメントどうも!? で、どうするつもりだったんだ?」


 「……元々こやつを殺してとっ捕まって死ぬつもりじゃったからな。逃走ルートなぞ確保しておらん」


 自殺志願者ばんざーい!


 じりじりと近づいてくる騎士達を吹き飛ばすのは簡単だが、殺してしまうのは俺の意図する所じゃない。どうするか考えていたところで、レリクスが叫んだ。


 「やめろみんな。聞いての通り、お祖母様が過去に招いた罪のせいだ。彼等は悪くない! 僕の友人なんだ、それくらいに……」

 

 と、期待できそうなセリフは頭上からの怒声でかき消された。


 「ならん! 母上がどうであったかはよく聞いておらぬが、そやつら二人は王族を殺そうとしたのだぞ! ここで見逃しては示しがつかん。お前の友人であろうが、ここは聞いてやれんぞ!」


 現国王か……! 


 「ぐ……し、しかし、カケルは……」


 「くどい! 辺境へ送られたくなかったらここは大人しくしておけ。お前にはやりたいことがあるのだろう?」


 「(気付いているのか……昼行燈め)……分かりました」


 「そんなのおかしい! お婆さんのせいなのに! カケル!」


 すると、寂しそうな目をした国王が、泣き叫ぶトレーネに諭す様に言った。


 「お嬢さん、世の中には思い通りに行かないことの方が多い。たとえクロだと分かっていても、覆されることは

しょっちゅうなんだよ。……君達はこの騒ぎに関与しなかった。レリクス、それでいいか? そこの黒髪のと男は無理だが……」


 「……それで……構いません……」


 レリクスが唇をかみしめながら吐き出す様に言うと、国王は騎士達に合図をした。いよいよ来るか!


 「嘘!? カケルさん、私達と一緒に旅に出るって……」


 「……悪い、どうやらここでお別れみたいだ。俺と一緒にいたら罪人になっちまう。かといって俺も死ぬわけにはいかないし、ここは逃げるとするぜ」


 「嫌だ! 離して! 私も連れて行って!」


 「そのまま離さないでくれよグランツ」


 「……承知しています。ですがいつか必ず……!」


 「ああ。……元気でな。エリン、親父さん治るといいな! トレーネ、俺よりいいやつはきっと見つかる! だから追いかけて来るなよ!」


 「嫌ぁぁぁぁ!」


 「レリクス、城の修理は任せた!」


 「な、何をするつもりだい!」


 「何をしているかかれ!」


 俺が喋っていると、国王がしびれを切らし叫んだ。しかし、俺の準備はもうできている。


 <『魔』をできるだけ高くしておきました>


 ナルレアの声が頭に響いた瞬間、俺はメリーヌを肩に担いで魔法を使う。俺の最大魔法を。


 

 「≪地獄の劫火≫!」



 ドゴォォォォォン!


 訓練場で放った一撃とは比べものにならない爆発が城の壁を粉々にし、風通しを良くする。すかさずパラメータをいじり、俺は開いた穴へと駆け出して行った。


 「じゃあな! 燃える瞳の三人に何かあったら今度は俺がここに舞い戻ってやるから覚悟しろよ? レリクス、頼んだ!」

 

 「……任されたよ……」


 「カケルーー!」



 トレーネの叫びを最後に飛び降りる!


 「戻ってこい俺のカバン!」


 二階から落下しながら叫ぶと、馴染んだいつものカバンが戻ってくる。そのまま俺はメリーヌを担いで町の外へと一目散に逃げ出した!



 ……やれやれ、色々勿体ないこって……。


 ため息を吐きながら俺はそんなことを思うのだった。

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