第二十九話 領主様のお願い事
――ジャイアントビー討伐から一週間が経った――
「それじゃおばちゃん、世話になった」
「またよろしく頼むよ」
少し住み慣れたと思った宿を後にし、俺はソシアさんの迎えを待つためにユニオンへと向かう。どういった形で護衛をするのか、といった話は父親と同じ所で話をしたいと言うのでそれに従う事にした。
「おっと、あの豪勢な馬車はソシアさんか……もう到着しているとは」
慌ててユニオンに入り、応接室へと向かうとそこには……。
「カケル、遅い」
「ふふ、寝坊ですか?」
「おはようございます!」
『燃える瞳』の三人がすでに応接室に集まっていた。そう、グランツ達は快く引き受けてくれたのだ!
――あの日……
「俺達は……カケルさんのお手伝いをさせてもらいます! 会って間もない俺達に良くしてもらい、あまつさえ依頼のおすそ分けまで……!! 必ず期待に応えてみせます!」
「うん、あたしも手伝わせてください。それに何だかカケルさんと一緒に居ると儲けられそうな気がするんですよね……うへへ……」
「私はどこでもついて行く」
……という訳だ。トレーネはかなり俺を妄信している気がするが、害は無いのでとりあえず放っておこう。
俺にとっては手助けしてくれるのがありがたいし、彼等にとってもお金が入るので悪い話ではないだろう。また、何かあれば責任は俺が取るとソシアさんには伝えてある。が、何かするとは思えないけどな、お人よしそうだし。
それはさておき、全員集まっている中応接室に入るのは気が引けるが依頼を受けた俺が入らない訳にもいかないので頭に手を当てながらソファへと向かう。
「いやあ、はっは、宿のチェックアウトで意外に手間取ってな。よく考えたら一日オーバーしてて追加料金を払ってたんだ」
するとソシアさんがころころと笑いながら口を開く。
「大丈夫ですよ、私も早く到着したと思っていた所でしたし。それで、そちらの方々が……?」
「ええ、今回手伝ってもらう『燃える瞳』の三人です」
「グランツと申します。なにぶん身分の低い暮らしをしておりましたので、何か粗相がありましたらお申し出ください」
「エリンです。張り切ってお守りさせていただきますね!」
「トレーネです」
「よろしくお願いしますね! エリンさんとトレーネさんは同性で歳も近いみたいですし嬉しいです」
自己紹介が終わった所で、俺はセバスに声をかけてみる。
「セバスさんはいいのか?」
「何がです?」
「自己紹介」
「……っ! そ、そうだな。私はセバス、セバス=チャンだ。お嬢様の世話を#任せれている__・__#」
「噛んだな」
「うん、噛んだ」
「ぐ……馬車の用意をしておきます!」
俺とトレーネがほくそ笑むと、セバスは顔を真っ赤にしてさっさと扉を出て行く。しかし流石は異世界。セバスチャンって居るんだなあ。
「それでは私達も行きましょう。お父様と会って頂きます」
「気を付けてな。何かあったら手紙を出せ、何とかできそうなら何とかしてやる」
「まあ、嫌がらせ程度ならなんとかなると思う。こいつらも居るし」
「それでも用心はしておけよ? これはお前より長く生きている人間の忠告だ」
「サンキュー、肝に銘じておくよ」
ぞろぞろとユニオンを出て馬車へと乗り込むと、ざわざわと周辺が騒がしかった。
(お、おい領主様の馬車だぞあれ……)
(燃える瞳の連中と……ありゃ誰だ?)
(ああ、ユニオンに新しく入ったコックだよ。ボア丼を作ったのはヤツらしい)
(そうか、あれは美味いもんな……領主様に振る舞うってとこか……)
やかましいわ。
ま、まあ勘違いしていてくれる方が仕事としてはやりやすいからいいけど……コックって……。
「ボア丼とは何でしょう?」
そこで食いついて来たのはソシアさんだった。
「ああ、俺が味付けと調理をしたユニオンの定食ですよ。何か人気みたいで……」
「あれは美味しい。ソシアさんも是非食べるべき」
「そうなのですか? では滞在中作ってもらおうかしら」
材料があればね、と適当に流し外の風景を見ながら雑談をする。町の大通りを抜け、山を切り崩した道へと入っていき、少し丘のようになった場所に屋敷は立っていた。
「でけぇな……」
「ホントですね……」
グライドと俺がボー然となっていると、馬車が止まりセバスが扉を開けてくれ外に出る。そのまま屋敷へと招かれこれまた豪勢な応接間へと通された。
「お父様を呼んできますので、少しお待ちくださいね」
「では私もこれで……あまり色々と触ったりするんじゃないぞ?」
セバスが嫌味を言いながら出て行くのを俺とトレーネでベーと舌を出しながら見送り、三人だけになる。若干居心地が悪そうなグランツに声をかけてみることにした。
「領主さんってどんな人か知ってるか?」
「俺は見たことありませんけど、領民の声をきちんと聴いてくれる良い方だと聞いたことがあります。ソシアお嬢様が俺達を見て蔑んだりしないことからもそれは分かるかと」
「ひっどい貴族だと目の前を横切っただけで叩かれたりするもんね。そのくせ切羽詰まると馬鹿にしている冒険者に依頼をしてくるとんでもないのがいたりするの。カケルさんはそういうの見たことない?」
「あ、ああ。俺の居た所にはそういうの無かったからな」
そもそも貴族社会じゃなかったし。嘘は言ってない。
「カケルはどこから来たの?」
「んー、遠いところからかなあ。色々あって気付いたらこんなところにまで来てたって感じだな」
「これが終わったらまた旅に出る?」
「ま、一応目的があるからな……」
「だったら……」
と、トレーネが何かいいかけたところで応接間の扉が開き、ソシアさんとダンディなおじさんと美人の女性が入ってくる。恐らくこれが領主様だろう、俺達はソファから腰を上げ一礼をする。
「ああ、楽にしてくれて構わない。こっちが頼み込んだ訳だからね。さ、座ってくれ。私がソシアの父で現ブレンネン領の領主、ボーデン=ブレンネンだ。そしてこっちが……」
「アムル=ブレンネンです。よろしくお願いしますね」
二人の自己紹介が終わり俺も自分達の自己紹介を始めた。
「俺はカケル、カケル=ジュミョウです。こっちが燃える瞳のメンバーで、右からグランツ、エリン、トレーネです」
「カケルさんとはパーティではありませんが、縁あってここへ招いていただきました。どうぞ至らぬ点は言いつけてください」
グランツの言葉の後に、それぞれよろしくお願いしますと礼をしてからソファへ座りなおす。両親共に柔らかそうな物腰を感じさせ、それでいて気品があり、好感が持てる人達だと思った。
「はは、そう固くならなくていい。先程も言ったがこちらがお願いする立場だ。それにトーベン殿に身元の確認をとっている。それとカケル、だったな。私の娘、ソシアを助けてくれた事感謝する。本来ならお礼と依頼も私が直接行くべきだったんだが、あいにく暇が無くてな……ソシアに任せてしまったよ」
「いえ、あれはたまたま通りかかっただけですから。お気持ちだけ頂いておきます。それで早速ですが依頼の詳細を聞かせていただいても?」
「礼の件はまた後でな。……ざっくりと聞いていると思うが、ソシアは今度国王の生誕祭に招かれていてね。そこで嫁の候補を何人か選ぶらしい。その中で恐らく正妻になるであろうと言われているのがわが娘ソシアだ」
「え!? ソシアさん……ソシア様、次期王女様ですか!?」
「ふふ、決まった訳ではないわエリン。それに『様』なんてつけなくていいわ、ソシアと呼んで?」
「そ、それはおしょれ多いので……」
「ええー……」
エリンがうつむくと残念そうに声をあげるソシアさん。流石に俺でも呼び捨てはしづらい。それはそれとして話を続ける。
「ええ、その話は伺っております。そこで護衛を、という事ですが期間やどういった方法かをまず聞かせていただきたいのですが」
「そうだな……ソシアは学院に通っているのだが、そこでも嫌がらせを受けていてね。些細なモノだがもう一人の候補であるミナカルシュ家のお嬢さんが度々突っかかってくるそうだ。誘拐騒ぎもあの家の者に違いないと思っているのだが証拠が無い」
例の公爵令嬢か……こういうのってだいたい悪役令嬢ってヤツが邪魔をするんだよな。
「パーティさえ通過してしまえばソシアの婚礼は揺るぎないものとなる……そうだ! ソシアが一番だ! ウチの娘が一番かわい……」
「あなた」
アムルさんの目にもとまらぬ裏拳がボーデンさんの鳩尾にクリティカルヒットした。は、早い……!?
「げふ!? こほん。取り乱してすまないね」
「い、いえ……(タフだな…)」
「そこでカケル君にはそのパーティまでの間ソシアを守って欲しい。学院を休ませようとも思ったが、それでは足元を見られると思い、通い続ける事にした。だが、心配でな……歳の近い者を護衛にとそう思った次第なのだ」
「学院でも、ですか?」
すごく嫌な予感がする……。
「ああ、差し当たって君ら四人は学院へ編入してもらう。そこでパーティがあるまで一緒に生活してくれ!」
「な、何だってぇ!?」
「お金なら心配しなくていいよ、こちらで全部出しておくから。カケル君達は冒険者だし、そこらのゴロツキなら対処できるだろ? これで一安心だね」
「そうですわねあなた♪」
「パーティまで一ヶ月、宜しくお願いしますね!」
ブレンネン一家は良かった良かったともろ手をあげて喜んでいるが、こちら側はというと……
「カケルさん! 学院へ通うのは聞いてませんでしたよ!?」
「馬鹿言え俺もだ! し、しかしやると言った以上やるしかない……それにお前等はまだ18歳だろ? 俺なんて21歳だぞ……いやまあ学校へは行ってたけど……」
「そうなの?」
トレーネが首を傾げながら俺に聞いてくる。おっと、迂闊に喋りすぎたか……。
「でも貴族の学院って興味あるわね。舐められないように頑張らないと……!」
エリンが別のベクトルで張り切っているのを見て、グランツがそれを諫めていた。それにしても学院とは……。
……マジで?
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