花火大会

 ヒューーー~~~。

 ドーーーン!


「お。始まった」


 綸が花火の方を見る。花火に照らされて、綸の笑顔が輝く。

 真実は、まじまじと綸を観察する。

 いつから、綸はこうなんだろうか?


 小学生までは、真実の方が、早生まれなのに綸より背が高かったのに、今では真実が綸の顔を見上げている。


 可愛かった少年の綸の顔は、いつの間にか縦に伸びて、所々角ばっている。さっき真実に肩掛けを渡してきた手も、腕も、ゴツゴツとしていた。でもほっそりと伸びていて、綺麗な縦長の爪をしていた。


 真実は自分の手を見る。小さい。綸に比べて小さくて、ゴツゴツしていなくて、子どもの手のようだ。爪も綸のように長くはない。短くて、それが余計に幼さを出している。


 綸は肩も広くなった。それに比べて腰は小さい。あと全体的に薄い。性格と同じく、綸の体は飄々としていて、凧のように風に乗っていってしまいそうだ。


 真実は逆だ。全体的に膨らんで、腰回りも大きくなった。前は履けていたジーンズが、最近はキツイ。Tシャツなんかも似合わなくなって、毎年服を買い直していて、それも似合う服を探すのが面倒だ。買い物に行く時は楽しいが、試着しては違う、試着しては違うを繰り返すと、最後の方はかなり疲れている。


 花火が綺麗だ。

 綸の楽しそうな顔も、綺麗だ。


 そういえば、綸と打ち上げ花火を見るのは初めてだ。

 小さな頃はよく一緒に手持ち花火をやった。綸は花火をとても楽しんでいた。花火が好きなんだな。


 夜風が冷たい。

 綸の手が気になる。


 綸の手を持って自分の手と比べる。

 全然違う。

 本当に綸は、いつから、こんな風になってしまったのだろうか。

 どうして自分たちは、こんなにも違ってしまっているのだろうか。

 綸の手は温かい。自分の手は、とても冷たい。


「……なに⁉」

「へ?」


 花火が終わった。綸が真実を見るが、真実からは綸の表情がよく見えない。


「……手⁉」

「あ、ごめん」


 真実は綸の手を離す。ぼーっとしていて、自分のしたことがよく分からない。


「綸と自分の手、違うなー、て思って」

「……違うって? 何が?」


 綸は、困った顔をしているようだ。


「えと。綸の手、ゴツゴツしてて、爪長くて、綺麗だなーって思って」


 真実は、花火の間に思ったことをそのまま口にする。


「自分のと、全然違うなーって。ほら。自分の手、子どもみたい」


 真実が自分の手を綸に見せる。


「……ああ、そう」


 綸に、よく分からない、という顔をされる。やっと真実は気づく。


「あ、ごめん。勝手に触って。でも、あんまり綺麗だったから」


 真実が慌ててそう言うと、ボンッ、という音が聞えた気がした。綸が固まっている。


「……大丈夫? 綸?」


 真実が心配して綸に手を伸ばすと、サッ、と綸に避けられた。

 今度は真実が固まる。何かとても失礼なことを綸にしてしまった気がする。幼馴染とはいえ、人の手に勝手に触るというのは、嫌なことをしてしまったのではなかろうか。


 自分がされたら、と考える。これは、かなり戸惑うな。すごくびっくりする。綸に悪いことをした。謝らなければ。許してもらえるだろうか。でも、とも思う。他人なら嫌だけど、綸に手を触られるくらいは、驚くけど嫌ではないな。


「ごめんなさい」


 真実は頭を下げて、素直に綸に謝る。綸から何も反応は無い。ヤバい。


「本当に、ごめんなさい。もうしません」


 より深く頭を下げて、綸に謝る。もう、許してくれなくてもいいから何か言ってくれ。


「……わかった」


 やっと綸から反応が出た。真実はほっとする。




 展望台を降り、苑から出る。ここからは長い下りの階段だ。

 人が多い。真実は浴衣なので大股を繰り出せないので、自然と歩みがゆっくりになる。いつしか真実と綸の周りには、人が少なくなっていた。


 さっきから、綸が一言も話さない。展望台から下りる時も、真実が「下りよう?」と声をかけたことに、綸は頷き返すだけだった。気まずい。


「綸さ」


 真実から声をかける。


「花火、好きなんだね」


 真実より少し先を行っていた綸の歩みが止まる。真実が追いつく。


「……うん」


 綸から力無い答えが返ってくる。二人で並んで歩く。


「そういえば、小さい頃も、手持ち花火っていうの? 綸、楽しそうだったもんね」


 コクン。綸は頷くだけだ。


「テストどうだった? 私は赤点かも。あはは」


 真実はこの空気を何とかしようと頑張る。


「……そう、なんだ」


 綸の反応は薄い。いたたまれない。。他に話題も思いつかない。真実は自分がやってしまったことを後悔する。しばらく無言で歩く。

 しかし長いこと歩いた。やっと鳥居が見えてきた。


「けっこう、長いね」


 真実が切り出す。


「……そうだね。浴衣、大変?」


 やっと、綸が話をしてくれる。


「うん。ちょっと。慣れてる人は違うかもだけど。……今日は、ごめんね」


 真実は、浴衣で歩きが遅くなっていることと展望台でのことを合わせて、綸に謝る。


「ごめん、て、何が?」


 綸に訊かれる。綸の表情はいつもと同じに見える。よかった。


「えと、浴衣で来ちゃって。迷惑かけちゃって、ごめん」

「そのこと? 別に。真実可愛いよ」


 ボンッ!


 今度は真実の中から聞こえた気がする。真実の顔が赤くなる。あわあわしてしまう。


「なに赤くなってんの?」


 綸が、ヒヒヒと笑っている。また茶化される。これは、展望台での仕返しだろうか。恥ずかしい気持ちがこみ上げる。でもどこかで少し、真実は安心する。

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