スーパーマーケット

 学校帰りにスーパーだ。


 どこに何があるのか分からない。

 とりあえず明日からの弁当用の冷凍食品、あと朝に使っている卵とか、必要だ。


 そういえば母親は、昼食はどうしているのだろう。

 ご飯は朝、多めに炊いてあるけど、おかずは作っているのだろうか。

 そんな気力はなさそうだ。


 学校から戻ると、台所の流しに、使ったフライパンとお茶碗と箸が置かれているから、真実が作っている朝ご飯と同じに、何かを焼いてご飯と食べているだけなのかもしれない。

 レンジで温めればおかずになるようなものも買おう。

 レトルトカレーなんかがいいかもしれない。


 レトルトコーナーに行くと、カレー以外にも親子丼とか八宝菜なんかもある。

 真実はそれらと、瓶詰のご飯のお供系と卵を買い物カゴに入れ、冷凍食品コーナーに向かう。

 すると、名前を呼ばれた。


「真実ちゃん?」


 見ると、綸の母親だ。


「スーパーで会うって珍しいね。どうかした?」


 明るく訊かれる。真実に会えたことを純粋に喜んでくれている感じだ。

 変なお仕着せがましさがない。

 綸の母親は、いつもこんな感じでサッパリしている。


 大人が子どもによくやる子ども扱い、一方的な我流の距離の詰め方をしてくることがない。

 こちらは可愛いことをしたつもりは無いのに、いきなり可愛がってきたり、急に説教臭い物言いをして、大人であるというマウントをとって子どもをコントロールしようとする、あの何とも気持ちが悪い態度だ。


 スーパーで綸の母親に会うとは思っていなかったので、真実は不意をつかれてしまった。

 久しぶりに綸の母親に会えたことは嬉しいが、どう答えたものか戸惑ってしまう。

 真実は綸の母親が好きなので、嘘をつきたくない、本当のことを言って甘えたいという衝動に駆られてしまう。


「……えと。母さんが、具合悪くて。夕飯の買い物に」


 綸の母親が、心配そうな顔になる。


「そうなの? 大丈夫?」

「はい。しばらく休めば大丈夫だと思います。おばさんも夕飯の買い物ですか?」


 真実は努めて明るく答える。


「ううん、綸の弁当の買い物。夕飯はもう作ったんだけど、買い忘れを思い出したの。そっか。お母さん具合悪いんだ。……真実ちゃんも高校生だしね。頼もしい」


 綸の母親と話すのは久しぶりだ。

 こういう流れで、お手伝い偉いわね~、とか言わないのがこの人の素敵なところだ。

 そんな風に変に褒めて、子どもを自分の理想に近づけよう、コントロールしようとは、この人はしない。

 幼い頃から実の娘のように可愛がってくれていたが、嫌な子ども扱いをされたことがない。

 その意味では不思議な人だ。


 綸の母親が何か思いついた表情になった。


「そうだ。ねえ、まだ夕飯のこと決めてないんなら、うちのカレーもらってくれない?」


 思いがけない申し出だ。どういうことだろう。真実のカゴの内容を見て心配してくれいるのだろうか。

 こういう時、どうすればいいのか分からない。

 大人なら何と言うだろうか?


「え。そんな、悪いです」


 とりあえず断ってみる。

 でも綸の母親は続ける。


「違うのよ。昼に作ってあったのに、うちの人が今日はどうしても外食したいって連絡してきて、カレー食べないことになっちゃったの。まあ、どうせ外食から帰っても何か食べたい、ていうから丁度いいでもあるんだけど。それにしても量が多いし、残ったのを冷凍するのも面倒だから。お母さんの具合が悪いんなら、こういう時くらい、いいじゃない?」


 こんな状況は初めてだ。どうするのが正解なのだろう。分からない。

 でもカレーを頂けると、正直助かる。

 それに綸の母親だし、甘えても悪くはとらないだろう。


「それじゃ、お言葉に甘えて」


 真実は精一杯、大人がするような言葉遣いを考えて話す。


「うん。甘えて甘えて! こんな時のお隣さんよ~」


 あはは、と気持ちよく笑って、綸の母親は真実の肩をポンポンと叩く。

 こういうところは水本さんと似ている。

 それから会計を済ませて、一緒に帰ることになった。


 道中、綸について訊かれる。


「最近ね、綸の様子がおかしいのよ。なんか思い詰めてる感じでね。でも私が訊いても、別にってしか言わないし。真実ちゃん何か知らない?」

「すみません。分からないです。あまり綸と話す機会も無いので」

「そっか。高校でもクラス違うんだものね。受験勉強の時と違って登下校も一緒じゃ無いし、分からないわよね。まあ、綸もそれなりに思春期なのかしらねぇ……」


 綸が思春期。

 本人はそんな思春期は中学で終わるもの、と言っていたが。


「綸らしくないですね。綸は、頭良くて要領がいい感じなので。悩みが無いっていうか、悩んでもすぐに対処してる感じだと思ってたんですけど」

「そうなのよね。綸はいつも飄々としてて、悩むだけ損っていう感じで。父親よりも大人みたいな子だと思ってたんだけど……。まあ、年相応ではあるわね。でも逆に、だから余計に心配ではあるのよね……。ごめんなさいね。これは親の話ね。……そうだ。真実ちゃんも、何か悩みがあったら言ってね? 聞くだけしかできないと思うけど。悩みって、人に話すだけでも自分の中で考えがまとまって解決することもあるし。解決しなくても一人で抱えるよりはずっとましよ? だから、遠慮しないでおばさんのこと使ってね。 真実ちゃんならいつでも大歓迎だから」

 

 いい人だ。


 世の中にはこんな親もいるのだ、と真実は思う。

 何かあったら相談、とは言わない。

 嫌味なく、こちらに主導権を持たせてくれる。


 幼い頃から綸の母親は自分の母親と違うと感じていたが、高校生になって久しぶりに会った綸の母親は、真実にその思いを強くさせた。


 ところで、悩みは人に話すほうがいい、一人で抱えないほうがいいとは。

 そう教えられて育ったから、綸はあんなことを自分に言ったのだろうかと、真実は推測する。


 家に着くと、もう美奈が帰っていた。

 真実は急いで買った物を冷蔵庫に入れ、お隣からカレーを貰えることになったと美奈に話して、鍋を持って綸の家に向かう。


 インターフォンを押すと、綸が出た。


「よ。どしたん?」


 母親から何も聞いていなかったのだろう。綸は驚いている。


「あ。スーパーでおばさんと会って、カレー頂けることになって」

「スーパー?」


 台所から、綸の母親が真実を呼ぶ。


「真実ちゃん上がって。台所までお願い」


 真実は綸の家に上がり、台所に向かう。


「あの、三人分でいいです。今日は父は、外で食べるので」

「そう? 遠慮しないで一杯持っていって」


 綸の母親は、真実が持ってきた鍋一杯にカレーを入れてくれる。


「ちょっと座ってかない?」


 お誘いをされるが、美奈がお腹を空かせて家で待っている。


「いえ、美奈が待ってるので。家出る時も、お腹空いたって言われたので」

「そう? じゃあ、また次にね」


 綸の母親は名残り惜しそうだが、しつこくはしない。

 こういう所が真実は好きだ。


「はい。有難うございます」

「俺が送るよ」


 綸が思いもよらない申し出をしてくる。


「送るって? 隣だよ?」


 真実は驚いて訊き返す。

 綸の母親も不思議そうな顔をしている。


「いいから」


 綸はまた、有無を言わさないという雰囲気だ。

 真実が戸惑っていると、綸の母親が口を開いた。


「たまには綸もいいこと言うじゃない。じゃ、お願いね」


 よく分からないが、綸の母親に笑顔でそう言われたので、変な感じだが、お言葉に甘えることにした。


 玄関を出ると、綸が真実に訊く。


「おばさん、具合悪いの?」

「うん」


「おじさんは?」

「え? 仕事だよ? ここ最近、忙しいみたいで」


「真実さ、朝も真実が用意してるの? ご飯とか弁当とか。だから朝、いつもギリギリなの?」

「まあ、最近は。でも慣れてきたよ。弁当も、おかずは冷凍食品だし。ちょー簡単」

「ふーん……」


 真実は努めて明るく話すが、綸は、何か納得できないという顔だ。


 すぐに真実の家に着く。


「あんま無理すんなよ」

「うん。ありがと」


 綸に玄関のドアを開けてもらう。

 送るって、こういうことだったのか。

 でもこれくらい自分でどうとでもできるけど。

 綸はこういうところ、優しいんだな。

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