文化祭準備

 文化祭の準備が追い込みだ。

 真実のクラスのテーマは、深海お化け屋敷。


 しかし真実のクラスの教室にはカーテンレールが無いので、教室を暗くするのには窓を直接ゴミ袋などで覆い、遮光しなければならない。

 他の教室から遮光カーテンを拝借したかったが、学校から許可が下りなかった。


 しかし予算で遮光カーテンを買う余裕はなく、みんなで黒色くろいろのゴミ袋とか古新聞を持ち寄るのだ。

 そして進学校であるこの高校は、文化祭前日まできっちり授業を組んでいるので、それが終わるまでは教室を改造できない。


 というわけで、真実が入っている教室改造係は文化祭前日まで仕事ができないので、文化祭準備期間はずっと、別の係を手伝っている。

 その分、前日準備では係の指示のもと、クラス全員で協力して教室を改造するのだ。


 今日は真実は、お化け屋敷の通路に飾る深海のモチーフを作っている。

 形は出来上がっているので、今日は色塗りだ。

 教室では真実たち意外に、屋外掲示係が作業している。


 仕掛け係は大物を作るので廊下だ。

 本当はダイオウイカなど、作成すべき仕掛けは全て作り終えているのだが、真実からダイオウクラゲもいると教わって、絶対間に合わせて作る! と言って、張り切って作業を続けているのだ。


 真実が作業に集中していると、廊下から話し声が聞こえる。


「真実いる?」


 綸だ。


「まこと?」


 クラスメイトが答えられずにいる。それに綸が続ける。


「ああ、篠崎。篠崎真実。いる?」


ああ、と納得するクラスメイトの声がする。


「びっくりした。教室の中だと思うよ。何? 篠崎の友達?」

「うわ。お前よくそんなこと訊くな」


 別のクラスメイトが茶化す。



「真実」


 綸が教室の入口で呼ぶ。

 真実を見つけて、真実の傍に来る。


「何?」


 真実が訊く。こんなこと高校に入学して初めてだ。

 綸とは登下校で一緒になることはあるが、学校が始まってしまうと全く顔を合わせない。顔を見かけることはあるが、お互い話しかけることは一度も無かった。


 何故って? 必要が無いからだ。


 綸が答える。


「今日さ、一緒に帰んべ」


 わざわざ教室に来て何を言うかと思えば。


「え? 綸は部活でしょ?」


 綸に釣られて、真実も下の名前で綸を呼んでしまう。


「今日は休む。だから一緒に帰んべ。別に文化祭準備長引かないでしょ?」


 綸が、嫌とは言わせないという雰囲気を醸してくる。


「うん。そうだと思う。でも何で?」


 いつもと違う綸の様子に真実はキョトンとして、反射的に訊き返してしまう。

 そんな真実に、クラス中から生暖かい視線が注がれる。


「え?」


 真実は驚いて、周りをキョロキョロと見回す。


「じゃ、一緒に帰んべ。ショート終わったら迎えに来るから、教室いて」


 そう言って、綸は教室を出ていく。

 綸がこんな提案をしてくることについて、真実には思い当たることがあった。

 今朝のことだろう。


 やはり自分の態度は変だったか。

 それより分からないのは、クラスメイトのこの反応だ。

 何だこれは。


「篠崎さん! さっきの人と、どういう関係?」


 真実の隣の子が、意を決したという風で訊いてくる。


「綸? 家が隣なの。え? 何?」


 真実はまだ状況が理解できない。


「そっか。だから名前呼びなんだね。どっちも。フフ」


 やっと真実は理解した。

 体が熱くなる。

 顔も赤くなっていそうだ。


 恥ずかしい。ああ恥ずかしい!

 今こそここに穴だ! いや、少し前に戻れる能力の方が欲しい! と思っても何も起きない。


 もうこれは作業に集中するしかない。

 真実は、綸との関係を尋ねられた隣の子から視線をダンボールに移し、ひたすら作業をする。


 ああ。油断した……。




 しばらくして、担任が教室に入ってきた。


「はい、片付けてー。帰りのショートだよー」


 みんな、手際よく片付ける。

 ショートもサクサク終わらせる。



「真実」


 綸だ。

 真実の教室の入り口に立っている。


 本当に迎えに来た。

 そしてまた、クラスメイトが生暖かい目で真実を見る。

 居たたまれない。


 真実は急いで教室を出た。

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