水族館 深海

 LINEが着信する。美奈からだ。


〈遅いよー。もう一番最初まで来てる〉


「やばい」


 急いで返信する。そこは今日のメインイベントの深海コーナーより先だ。


〈深海見ないといけないから、外に出ないで〉


 美奈から返ってくる。


〈分かったけど早くしてー。アイス食べたい〉


 アイスはお昼のデザートに食べたはず、と真実は思うが、LINEには打たない。


〈分かった。急ぐ〉


「どしたん? 美奈ちゃん?」


 綸が訊いてくる。


「うん。もう一番最初のとこって。深海見るから、それまでは外に出ないようにお願いした」

「じゃあ、進むべ」

「うん」


 二人でクラゲの展示を後にする。サクサク進み、今日のメインイベントである深海コーナーにたどり着く。

 真実は、急いで深海展示を見て回る。

 お化け屋敷要素として見ると、少し違って見える。確かにどれも魅力的だが、これをお化けとして作るのは……。大変かもしれないぞ。


 次に進むと、美奈と宣がいた。

 水槽の魚を見て、アレ食べたい、コレ食べたい、どういう料理をすると旨いか、やっぱり刺身が一番、なんて話をしていて、ある家族連れからはヒンシュクを買い、あるカップルには微笑ましさを売っていた。


「美奈! 待たせてごめん」

「真実ちゃん! 待ったよ~。二人で何してたんだよ~」


 何してたって? 思わぬセリフに真実は一瞬固まってしまう。

 頭の中をフル回転させると一つの答えに行き当たり、顔が熱くなるのを感じる。


「え!? 何って? 何もしてないよ!」


 我に返ると、思わず大声オーバーリアクションで全力否定してしまう。

 周りの視線が集まるのを感じる。

 恥ずかしい! 今ここに穴が欲しい!


「え? ほんとに何かしてたの? うっそ」


 美奈もこんな真実の反応は予想外だったのか、驚いている。

 いや、こんな反応は美奈は織り込み済みで、お道化ているだけなのかもしれない。

 どっちが正解なのかは真実には分からない。


「ウッソ。ジジイ、スケベ!」


 宣も加わる。楽しそうだ。

 中学生二人に真実は、いいようにからかわれてしまう。

 その様子を見ていた綸が口を開く。


「はいはい。何もありません。今日のメインは深海でしょ。なのに二人が先行くから、真実は深海急いで見てきたんだよ。そんなの良くないでしょ? ごめんなさい、は?」


 綸がホゴシャをする。


「えー⁉ 真実ちゃん、こんなんなるってことは、絶対何かあったでしょ? 綸がニブイだけじゃない?」


 美奈が続ける。真実は何も言えずにいる。

 何してたって美奈に訊かれた時、深く考えずに、展示をじっくり見てたとか言えば良かったのに、勝手に変なことを想像した自分が恥ずかしい。


 綸が、フーっと溜息をつき、腰に手をあて、呆れた顔を二人に向け、しばし黙る。

 すると、中学生二人は不穏な空気を察し、静かになる。


「はい。真実をからかったことも含めて、ごめんなさい、は?」


 綸がコワい。

 中学生二人は顔を見合わせる。


「……ゴメンナサイ」

「……ごめんなさい」


 宣が謝ったのを見て、美奈も謝った。


「よし。じゃ、どうしようか。もう一度、深海のとこ行く? 真実」

 綸が真実に顔を向けて訊いてくる。赤面している顔を綸に見られた。恥ずかしい。顔を逸らしたい。でも体が固まってできない。展示棟のライティングは暗いから、バレていないといいな……。


「……深海はもう、大丈夫。雰囲気掴めたから、それで大丈夫。もう、帰ろうか?」


 最後の帰ろうか? は声が裏返ってしまった。恥ずかしい。恥ずかしい、恥ずかしい!

 全力で綸から視線を逸らす。ああ、早くこの場を離れたい! 真実の心臓が速くなる。


「どした?」


 綸が訊いてくる。

 恥ずかしい。でも何が? そもそもなんで赤面? 美奈が変な事を言うからだ! でも別に気にしなければいいのに。なんで? 真実の中は混乱の嵐だ。


「えー。ショップ行こーよー」


 美奈が要求する。


「俺も。アイス食いたい!」


 宣も乗ってくる。


「……分かった。ショップ寄って、帰ろう」


 綸がそう言うと、ヤッター! と美奈と宣は出口を目指す。


「真実も、行こ?」


 綸に促され、真実も無言で歩き出す。

 綸の顔を見ることができない。


 ショップでは、美奈がお土産を買っていた。


「母さんと父さんにもね。こういうの大事よ、真実ちゃん」


 美奈には敵わない。

 綸もお土産を買っている。母親にだそうだ。

 宣はショップには入らず、アイスを食べている。


**


 四人で帰路につく。


 ガタンゴトン、ガタンゴトン。

 夕陽の中、電車に揺られる。

 美奈と宣は、はしゃぎ疲れたのか眠ってしまった。

 綸はスマホで何か見ている。


 ガタンゴトン、ガタンゴトン。

 真実は今日のことを思い出す。

 綸がクラゲの成長を、虫のようだと言っていた。幼虫から蛹に、そして蝶に。

 やっぱり違う。蛹はなんか、違う気がする。何が違うのかは分からない。

 というか何故こんなことを自分は気にするのだろうか?それも分からない。

 考えがまとまらない。疲れのせいだろうか。ふと、エフィラのことが思い出された。

 

 フワフワ、フワフワ。

 小さなエフィラ。


 ポリプから離れて、蛹に守られることもなく、一人、漂い始めるエフィラ。


 フワフワ、フワフワ。

 フワフワ、フワフワ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る