頼りない夢
夜、真実は綸にLINEする。
昼に商店のおじちゃんに言われたことで、うまく考えがまとまらないのを何とかしたかったからだ。
真実〈家業があると、いいのかな?〉
綸 《どゆこと?》
〈家業があれば、将来のことで悩むの減るのかなって思った。選択肢が増えるみたいな?〉
《でも釣具屋のおじちゃんは大変だったらしいじゃん?」
〈でもさ、釣具屋以外の道がだめだったら、釣具屋なればいいじゃん?〉
《確かに。それはそれでラクかもね》
〈でもさ、家業あっても継げない人もいるよね。その人達は生きるために別で働くよね。ご飯食べたかったら、働かなきゃだよね〉
《真実は一応、専業主婦って仕事もあるんじゃね?》
〈うわ〉
《何が? 理想と現実違うでしょ。逆に主夫は難しいし》
〈そうだけど〉
《嫌なら別の選択するでしょ。それだけのことじゃん》
〈そうだけど〉
話を元に戻そう。
〈やっぱさ、高校生やってて大学行けるかも、てだけで恵まれてるよね〉
《そだね。でも真実が悩んでるの それじゃないんでしょ》
本当に、いちいち鋭い。
〈ヤなやつ。綸は悩みないの?〉
《どこがヤなやつよ。俺はあんま。てか恵まれてるけど、その恵みフルに使えないと、恵まれてるては言わなくね?》
〈どゆこと?〉
《選べるのを恵まれてるっていうなら、選べなきゃ恵まれてないでしょ》
〈そゆこと?〉
《俺はそうだと思う。一般的にいいって言われてることと、その人にとっていいことはズレてることがあると思う》
なんだ。こいつ。
〈なんでそんな分かってんの?〉
《あら。羨ましい? ヤなやつでゴメンネ》
〈ほんとヤなやつ〉
《ほほ》
腹立つ。
〈綸のお母さんは、あんま干渉しないの?〉
《しないね。男てこともあると思うけど。でもクラスの女子の母親にも、そういう人いる。その女子は親とトラブってないみたい。やっぱ人の個性じゃね?》
〈個性か〉
《個性》
〈美奈にも、自分の人生しか生きられないて言われた〉
《名言》
〈ほんと。もう美奈が上でいいよ。私弱いし〉
《弱い?》
〈美奈みたいに親と付き合えないし、やりたいこともないし、受かったから進学校来てるし。自分で何もできない〉
《おばさんと喧嘩できるじゃん》
〈マジやなヤツ。もういい〉
《いいの? まだ相談乗ったげるよ? 真実がオザキしてんの面白い》
オザキ? オザキ⁉ ボッフ‼
〈本当に嫌な奴! もう寝るから!〉
《おやすみ~》
オザキってなんだよ!
いくら友達がいないからって、綸に話し過ぎた。
最後の方のLINEを、綸がヒヒヒ、と笑いながら打っていた様子が想像できる。
くそ。綸のやつ。
でももう遅い。やってしまったことは取り消せない。
恥ずかしい。穴があったら、てやつだ。穴は無いから布団に潜る。
くそ。失敗した。
でも綸に話して、少し楽になった。
放課後の商店でのおじちゃんの話を、少し消化できた感じがした。
布団の中で、真実は考え続ける。
大人になる予感か。
自分の親はどうだったのだろう。綸の親は? 学校の子達は? 美奈は?
綸は……大学で考えるんだろうな。自分もそう割り切れたら、ラクなのに。
夢があれば、楽なのに。
夢か。
夢といえば、小さい頃によく訊かれた『将来の夢』だな。
どうだっただろう。
自分は何と答えていただろうか。
どうしてだろう。思い出せない。
自分は昔から夢すら無い子どもだったのか。
いや、そんなことは無い……。
何かおかしい。
「そんな頼りない夢は許しません」
突然、母親の声が蘇る。
これは何だろう? こんなこと、いつ言われただろうか?
一緒に小さな自分の姿が蘇る。
小さな自分の、気持ちも一緒に蘇る。
傷付いている。
母を慕う気持ちと、その母親に突き放されたことを理解できない混乱と、悲しみと、自分を削られたような痛みと。
「あなたならとても立派な大人になれるのよ」
母親の声が続く。
母親の顔が蘇る。
母親が、真っ直ぐ自分の目を見ながら話してかけている。
自分は立っているようだが、体が動かせない。
両腕を掴まれている。
母親は膝をついて自分の目線に合わせているようだ。
「がんばれば、あなたは本当に素敵な女性になれる。あなたならなれるの」
母親が放してくれない。
腕に母親の手が食い込む。
痛い。
がんばるって何? 立派な大人って? 素敵な女性って何?
何も分からない。
具体的にどういうことか、全く分からない。
息が浅くなる。苦しい。息ができない。
「何してるんだ? やめろ!」
父親だ。
母親が父親の方を向く。
父親が怒っている。
父親のこんな顔は知らない。
父親に叱られたことはあるが、怒っている父親は初めて見る。
やっと母が腕を離してくれた。
真実は布団から飛び起きる。
この記憶は何だ?
何かは分からないが。とても。怖い。
心臓がバクバクしている。
呼吸も速く、肩が上下する。
恐怖で、体がすくんでいる。
動かせない。
深呼吸をする。何度か深呼吸をして、呼吸を落ち着かせる。
だんだん心臓も落ち着いてきた。
金縛りのようだった体が、少しずつ緩み、動かせるようになってきた。
膝を曲げ、引き寄せる。
引き寄せた膝を、両腕で抱きしめる。
顔を膝に埋める。
これは、小さな頃の記憶だ。
いつの記憶かは分からないが、ずっと忘れていた。
それはそうとして、一体どんな夢を話したから母親にあんな風に言われていたのだろう。
思い出そうとする。
でも思い出せない。
そこまで記憶を辿ると、一気にモヤのようなものが広がって思い出せない。
頼りない夢。小さな子どもの夢が頼りないって、何だ。
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