大人になる予感

 やりたいことが見つからない、でも要領よく勉強もできない、と真実はおじちゃんに悩みを打ち明けた。

 オザキのことは話題にはできない。


 真実の話を聞いて、しばらく考え込んでいたおじちゃんが口を開いた。


「予感が……、無いのかもしれねえな」

「予感?」


「ああ。予感だよ」

「何の?」


「んー。大人になる予感、かなぁ……」


 大人になる予感?


「大人になることは分かってるよ?」


 真実が怪訝な顔で訊く。


「……そうだな。例えばよ、俺んとこは商店だろ。俺はさ、小さい時から店の手伝い好きだったんだよ。学校より、店のことやってるのが楽しかった。稼いでる! て感じが面白くってよ」


「手に職つけろってこと?」


「手に職……じゃなくてもな……俺は店好きだったけど……」


 おじちゃんが何か思案する。

 思いついたようだ。


「そだ、あそこの釣具屋あるだろ。今じゃぁそこの俺の同級生、店継いでるけど、あいつがお前らくらいの頃、店継ぐか継がないか相当悩んでてよ。今のお前らみたいに大変そうだったんだよ」

「え? 大変なのは真実だけだけどね。はは」


 綸が茶化して笑う。

 手には、さっき買ったばかりのパンが既に半分しか残っていない。


「まぁ、よ。つまりよ、俺は店継いでる大人の俺になる予感があったんだよ。お前らの年頃の時は、自分の中で店継ぐまでのカウントダウンしてた。今思うとな。もう少しで大人になる。法律の上でも成人になって、みんなに認めてもらって、店継ぐんだ、てな。でも釣具屋の奴はそうじゃなかった。釣具屋になるって将来を、すぐには気に入らなかった。てことは自分で釣具屋じゃない将来を決めなきゃなんねえだろ? だからって必ずこれになりたい! てもんは持ってなかったんだ、あいつは。それってよ、きっとよ、かなりシンドイだろ?」


「……そうかも……」


 おじちゃんの話を聞いて、真実は考え込む。

 綸は、パンを食べ切ってしまって手持ち無沙汰にしている。

 おじちゃんが話を続ける。


「お前らは、サラリーマン家庭だろ? どうだい? 親みたいになりたい、て夢とかあるのか?」

「それは……。考えたことなかった。考えたことなかったってことは、夢ではないかも」


 真実が答える。


「そうか。じゃあ親じゃなくってもよ、こういう風になりたい、てのはないのか?」

「うん……。分からないよ……」


 考えるが、真実は何も思いつかない。


「そうか。そりゃあ。シンドイな」

「うん……。シンドイ……。綸は?」


「俺? どうだろ。フツーに大学行って、エンジョイしたいと思ってるけど」


 そうだった。なりたいものは大学で見つけよう、と綸は考えているのだろう。


「そっかー……。それが正解だよね。ホント、それ正解」

「うん。俺らにとっては、一番恵まれた選択肢だと思うよね」


 恵まれている。


「うん。恵まれてるよね……」


 真実はまた考え込む。

 おじちゃんが切り出す。


「なあ、今何年生だっけか?」

「高一」


 綸が答える。


「高一か。じゃあまだ時間あるだろ? ゆっくり考えなよ。そんなに思い詰めんでさ。な?」


 確かに。そしてよく聞く先送り慰めだ。


「だね。こういうことは考え続けてたら答え出るかもだし。真実、もう帰ろうぜ。腹減ったし」


 綸が提案してくる。


「もうお腹空いたの? さっきパン食べてたじゃん」


 真実は驚いて訊き返す。

 綸が続ける。


「減るの。成長期なの。真実もでしょ? 帰ろ?」

「私は別に……」


 グウ。


 そう言ったそばから、腹がベタに鳴る。


「ヒヒ。成長期だからね~」


 綸が片手で、真実を指差して笑う。

 するとまた、グウ。

 綸がケタケタと笑う。真実の顔が熱くなる。


「もう、分かった。おじちゃん、お邪魔しました」


 真実は急いで立ち上がり、挨拶もそこそこに歩き出す。

 綸も店から出てくる。

 おじゃんから声がかかる。


「おう、またおいで」

「また来ます~」


 綸はそう言っておじちゃんに手を振ると、真実に駆け寄り、追いつく。


「グウ」


 茶化してくる。


「……!」


 真実はうまく切り返せなくて、やめて! と表情で綸に訴える。

 そんな遣り取りをしているうちに、家に着いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る