悩む年頃

 実力テストは散々だった。

 文系の教科は、何とかこれまでの貯金と推理でこなせたと思うが、理系がどうにもだめだ。


 これは赤点というやつでは?

 テストを受けながら真実は思った。

 この調子で赤点を取り続け、留年して、晴れて「劣等生」になることができれば、あの母親も諦めてくれるんじゃないだろうか。

 

 そしたら自由を手に入れて就職して、自由なお金で好きなことして……。

 どんな好きなことをしようか。

 そこで妄想は途切れた。



 帰りのショートホームルームが終わった。

 真実は、久しぶりに商店に寄りたくなった。

 なんとなく、商店のおじちゃんに会って、気楽な話でもしたい。


 そう決めて教室を出ると、綸も教室から出てきた。


「真実、帰んの?」


 綸に訊かれる。


「帰るよ。綸は部活?」


 この進学校にも部活はある。

 準備片付けも入れて一時間、と超短時間だが、それでも部活をする生徒は多い。


「今日はテスト日だから部活ないよ。一緒に帰んべ」


 そうだった。部活はないんだった。

 帰宅部の真実は、こういうことに疎い。


「なんで? 友達は?」

「え、なんで? 俺と帰るのイヤ?」


 綸が驚いた顔で訊き返してくる。

 え、でも。と真実は思う。


 家が隣ってだけで、一緒に帰らなきゃいけない決まりはないし。

 高校生なんだし、綸は男子なんだし、男子は男子と一緒にいるのが楽しいんじゃないのか?


「ごめん。もしかして友達いなかった?」


 ちょっと言い方を間違えた。


「友達はいるでしょ。真実と違って」


 綸が余計なお世話を言う。


 真実は高校で友達がいない。

 好きじゃない学校にいると、どうしても不機嫌に過ごしてしまい、それが入学後の友達作りチャンスを遠ざけ、親と喧嘩した翌日には学校でも鬱々としているものだから、余計に友達はできなかった。


 高校ともなると、一人でいるのは可哀想などと考えるお節介女子もいなくて、真実はクラスメイトから一定の距離を取られていた。

 さらには夏休みの三者面談のことが噂になっているらしく、最近では腫物に触るような扱いを受けている。


「いいじゃん別に~たまには。商店寄るんでしょ?」

「ん? なんで分かるの?」

「なんか元気だから。まじ、分かりやすい」


 恥ずかしくなる。

 自分って、そんなに分かりやすいのだろうか。


「……分かった。帰ろう」


 綸と歩き出す。


 沈黙に耐えられず、真実が口を開く。


「綸は、テストどうだった?」

「お、ベタ質問来た」


 いちいちイヤなやつだ。


「いちいちヤなやつ。テスト良かったんでしょ。大学はどこ行くの?」

「うん。良かった。勉強したから。大学は決めてない」


 拍子抜けだ。

 要領のいい綸のことだから、とっくに決めていて、逆算して勉強していると思っていた。


「そうなの? 意外。なんで?」

「え? そんなすぐには決めないでしょ。やりたいことも決まってないのに」


 また意外だ。


「やりたいことないのに、大学行くの?」

「え? むしろそっちがフツーでしょ? 大学なんてさ」


 真実が驚いて訊くと、綸も驚いて訊き返してきた。

 そっか。そうだった。


 大学行くって、フツーはそういうもんだ。

 適当な大学に行って、遊んで、適当な就職先を探す。

 それがフツーだった、と真実は思い直す。


「そうだね。それがフツーだよね」


 また沈黙になる。


 また、真実から口を開く。


「綸はさ、うまくやれていいね。みんなもさ、うまくやれてる。高校がんばって大学行って、楽しく大学生して、いい就職するんだ、て。自分は、なんでかできない」


 思いきって口にしてみた。

 綸が考え込む。


「うーん……」


 綸が口を開く。


「うーん。うまくやれてるように見えると思うけど、でもそれはさ……。そっちが先に爆発して爆死してるとこ見てるから、うまくやれてる、てこともあると思うよ」


 何だそれは。

 初めて聞いた。

 全く理解できない。

 爆発? 爆死? それを見る?


「……は? 何それ。どういうこと?」


 真実がなんとか、言葉にする。


「だから、さ。ない? そういうこと。失敗してる人みて、うわぁヤバイなぁ、ああいうことやったら失敗するんだぁ、自分は失敗しないようにしよ、て」


 記憶を辿ってみる。

 そういうこと、あっただろうか。

 よく分からない。


「ない? あると思うけど。だからさ、そっちが爆死、してくれてるから、爆死はしたくないけど爆発したい、て思うこともさ、そっちがやって見してくれるから、その欲求も解消するっていうか」


 何だそれ。


「だからさ……。うまく説明できないけど……。みんな、別にいじめたりしないだろ? 真実のこと、おかしなヤツって。みんな、お前のそういうとこ、ありがたいっていうかさ、分かるって、思ってんだよ」


 どういうことだ?


「何それ……? キレる怖いヤツ、て思ってるんじゃないの?」

「それもあると思うよ。まぁ、そういうことになってるよ。でもみんな、真実のそういうとこに助かってるよ。なんか出来ないじゃん? 今。オザキみたいには」

「オザキ……」


 真実はなかなか綸の話についていけない。


「うん。フツーに高校生できる有難さ、とか分かってるのに。だからさ、みんなお前見て、今どきの物分かりのいい高校生やってんの」


 え? そうなの?


「そうなの?」

「ん? うん。そうだと思う」


 こんな話、初めて聞く。

 全く理解できない。

 でも綸は、俺うまく言えた、と満足気な顔だ。


 学校の子達は、本当にそう思っているのだろうか。

 もしかしたら美奈も、そうなのだろうか。

 だから家では自分ばかりが母親と喧嘩して、美奈はそれを見て要領よく立ち回っているのだろうか。


 真実の頭がフル回転する。

 でも、どんなに考えても分からない。

 意味が分からない。


 そうこうしていると、商店に着いた。


「真実ちゃん、久しぶり。どうした。何か悩み事か?」


 歩きながら、うーん分からん、と頭を抱えていた真実を見ていたらしく、おじちゃんが心配してくれる。


「え、と。悩み事、かもしれない」


 うまい切り返しが思いつかなくて、まんま答えてしまう。


「そっか。悩む年頃だよ。それでいいんだ。良かったら、おじちゃんに話してみな」


 思わぬことを言われた。

 悩む年頃、とはよく言われるが、それでいいんだ、と言われた。


 それでいいのか。


 真実が少し緩む。

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