第1回文化祭企画会議

 実力テストが終わった翌日。

 最初の授業はロングホームルームだ。


「文化祭の企画会議な。自分は職員室でテスト採点してるから、決まったら呼びに来いな。じゃあ役員、議長よろしくー」


 担任はそう言って丸投げすると、教室を後にした。


「えーっと、何か希望ありますか?」


 議長になった学級役員が前に立ち、真実のクラスの文化祭企画会議を進める。


「無いなら、班で話し合って最低三個出してください。時間は十分間。始めてー」


 学級役員がそう言うと、クラスメートはすぐ班で集まる。


「まずさ、場所決めよ。一番楽なのは展示だと思うけど。折角コ―コーセーなんだから、面白いことしてもいいと思うし、何か案ある?」


 どの班も、班長がテキパキと話し合いを進めていく。

 こういうところが、さすがは成績優秀者の集まり、進学校だ。


 進学校である真実が通う高校は、本当に進学しか考えていなくて、隙あらば部活廃止の動きをするし、一月後の文化祭にも、企画は学術的動機に基づくもの、というクソつまらない条件がついている。

 逆に受験を控えた三年生には、学校が予算と運営マニュアルを与えて、模擬店をやらせる。

 本当に徹底している。


 企画には、お化け屋敷、フラッシュモブ、コント、ショートフィルムなどのコ―コーセーらしいものが挙がる。

 コスプレカフェも挙がるが、模擬店は三年生だけと決められているので、議長に即ボツにされる。


「じゃあ候補を削ってこう。準備期間と予算は限られてるから、それ考えて。あと学術的動機も。どうする?」


 議長の学級役員は、もう担任よりも教師らしい佇まいだ。

 同い年とは思えない。

 四月生まれなのかな? そんなことを、早生まれの真実は考える。


「お化け屋敷やりたい!」

「フラッシュモブは、ネットから適当に探して、制服でやれば楽だね」

「えー、なんで? 衣装からやろうよ! ネットに無いやつ作ろうよ~!」

「それは間に合わないって……」

「コントって、誰がやるんだよ」

「俺やらないよ! いや、無い無い無い無い!」

「お前以外いねーじゃん」

「俺、コント、絶対、反対!」

「コントは無し、と」

「え!? 議長勝手にボツにしないでよ。議長もこいつのコント見たいでしょ?」

「映画はなー。中心メンバーの負担でかいよな。役割分担メンドくさそ」


 わいわいと様々な意見が出て、最終的に、真実のクラスの企画は、教室でのお化け屋敷に決まった。でも


「学術的動機は?」


 議長の質問に、クラスが沈黙する。こんな条件がつくなんて、嫌な学校だ。

 ここでも真実は、この学校に来たことを後悔した。


「お化け屋敷やめる?」


 沈黙するクラスメイトに、議長が容赦ない言葉を放つ。


「え、それはヤダ……」


 小さな抗議の声が方々から上がる。


「展示もあるよ。何か調べて、それをデッカイ紙に書けば終わるよ?」

「え、それは……。せっかく高校の文化祭なのに……」


 さっきから議長が、この学校の教師ばりに悪魔の囁きを繰り出してくる。


 学校は勉強するところ。

 進学校の高校生である君達は、自分で選んで入学した。

 入学したら最後、大学への最短の道を行くべし。


 そんな議長に、力無く抵抗できずにいるクラスメイト達。


「どうする? 時間ないよ。学校に出す企画書の内容を埋められるまでは今日で決めたいんだけど。決められないと、準備時間無くなるよ」


 ホント、しっかりしてるぜ議長。

 その調子で何かアイディアくれてもいいんだぜ議長。


 クラス中がそう思っていた時、真実の脳裏にあるものが浮かんだ。

 夏休みの三者面談の後に行った、水族館だ。


「……深海、は?」

「へ?」


 思わず口にしてしまった。

 クラス中の視線が、一斉に真実に集まる。

 入学して初めての出来事に、真実はビクつく。


「あの、『えのすい』。あ、新江ノ島水族館。深海の生き物の展示やってるから……。深海の魚とか、グロテスクなの、多いよな、て、思って……」


 真実が、なんとかクラス全員に聞こえるくらいの、消え入りそうな声で話す。

 こんな風に全体の場で自分の考えを話すのは、高校に入学してから初めてだ。

 変な事を言ってしまっただろうか。


「あの、変な事言って、ごめんなさい……」


 みんなの視線が怖い。思わず俯く。


「全然変じゃないよ。いいアイディアじゃん、篠崎」


 クラスメイトの一人が褒めてくれた。どういう意味だろう。

 きっと、社交辞令だ。そうだ、気を遣ってくれたのだ、と真実は思う。


「ホント、それいい。篠崎に賛成!」


 別のクラスメイトが真実の案を気に入ってくれる。

 どうしてだろう? まぁ、一人くらいはそういう奴もいるだろう。

 変に喜んじゃダメだ、と真実は思う。


「自分も賛成! 篠崎いいじゃん!」

「私も賛成!」

「自分も篠崎に賛成!」


 賛成の声が増えていく。それいい~、と、賛同の声が広がっていく。


「『えのすい』を参考にしました、みたいにしたら、地域学習も偽装できるし」

「教室の外に深海の生き物紹介、みたいな展示出せば、学術感出るし」

「その展示の写真で興味引けるし。いいじゃん!」

「でも、お化けは? 深海魚だけ?」

「深海だし、難破して沈んだ船の船員の霊とか」

「死んだ海賊の霊とか!」

「伝説の怪物とか!」

「お! ダイオウイカ作ろうぜ、ダイオウイカ~」


 いいね! やろう! それでいこう!

 ポジティブワードが、クラス中に拡散する。


 その様子を見ていて、真実の胸がドキドキする。

 自分のアイディアがみんなに受け入れられていく。

 自分のアイディアがクラスの役に立っている。


 恥ずかしい。でもそれ以上に、嬉しい。

 顔が熱くなるのを感じる。

 クラスメイトに気取られないように、下を向く。


「じゃあ、企画は深海お化け屋敷で決定ということで」


 議長がそう告げると、けって~い、という声と共に拍手が沸き起こり、文化祭企画が承認される。

 方々から、篠崎やる~と声がかかる。

 ますます真実は赤面してしまう。


 拍手がやむと、議長が口を開く。

 担任を呼んでくる、といういうのかな? と思っていたら違った。


「えー。学校に出す企画書に、学術的動機を書かないといけません。ま、簡単でいいので、複数でやっても面倒なだけので、ここは議長権限で篠崎、お願いできるかな?」


 え? みんなの視線が一気に議長に移る。議長権限? あったんだそんなもの。

 そしてそういう提出物って、中学までなら学級役員が変な自己犠牲を発動してやるところじゃないの? しかも簡単なんでしょ? だけどこの議長、自分の安売りはしないぜ。流石だ……。確かにそういうのは一人でやった方がサクッとまとめられるもんだけど、篠崎だぞ。深海テーマを発案したとはいえ、かなり思いつき感出てたし、しかもついさっき、やっとクラスの一員になった感じになって、今ビクついて赤面してる篠崎にいきなり仕事を……。容赦ないな議長。


 クラス全員がそう思いつつ、議長の決定力に何も言えずにいる中、議長は何かの紙を持って真実の席へ向かっていく。


「ではそういうことで。企画の学術的動機よろしく、篠崎」


 そう言って、議長が真実に企画書を渡す。


「え?」


 案の定、真実は戸惑ってフリーズしている。


「大丈夫。すっごくいいアイディアだよ篠崎。篠崎ならできるって。自分は先生呼んでくるんで。じゃ」


 と言って真実に微笑みかけると議長は、さっさと教室をあとにする。

 一瞬の出来事に、クラス全員がフリーズする。

 真実の傍に座っていた子が、口を開く。


「篠崎さん、何も、一人でやらなくてもいいんだよ。議長はああ言ったけど」


 別の子も


「そうだよ。議長権限って、初めて聞いたし」


 さらに別の子も


「うん。最初にそういう話出てなかったし。断わってもいいんだよ。」

「だね。担任が戻ったら、もう一回話し合いやってもらおう」


 班の子達が、次々に声をかけてくれる。

 勝手に決められたことは確かにびっくりしたが、真実はそれとは別のことを考えていた。


「ありがとう。でも、自分、やるよ」


 クラスから一斉に、え? という顔をされる。

 あの篠崎が? 無理してんだろこれ絶対。

 班の子がもう一度真実に言う。


「篠崎、無理することないんだよ? ホント、断っていいし。もう一回みんなで話し合って、決めればいいことだし」


 クラスメイトの気遣いは嬉しかった。

 でも真実は、自分が初めてクラスの役に立てることも嬉しかった。

 クラスに、自分の居場所を作れた気がした。


「ありがとう。ほんとに、ありがとう。大丈夫、一人でもできるよ。簡単そうだし。それに、自分がやりたい」


 真実が、はにかみながら嬉しそうに答える。これは、警戒感丸出しの野良犬が懐いた時の感じだ、とクラス全員が思う。


「そう? ホント、無理しないでね? 難しかったら、相談してね」


 班の子から、念押しされる。

 そう言ってもらえて嬉しいな、と真実は思う。


「おー、決まったかー」


 担任が戻ってきた。


「篠崎が学術的動機考えるって? 大丈夫か篠崎?」


 担任が心配する。

 思わず真実は立ち上がる。


「はい! 大丈夫です!」


 真実が急に立ち上がったので、いきなり明るく元気な声を出したので、ドワッ、とクラス全員が笑った。

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