夏休み 盆中日
盆中日はお客が多いので、真実は接待を手伝う。
美奈はいつの間にかいなくなっている。夕食に間に合わせて戻って来るのだろう。
真実は、親族の女性陣に混ざって一日を過ごす中で、自分の母親の異質さをより感じることになった。
自分の母親以外の女性陣は、闊達だ。
明るくテキパキと仕事をこなし、誰かの失敗はフォローし合い、笑いに変え、小さいことは気にしない! というノリだ。
仕事の合間にポンポンとリズムよく会話を交わし、あははと楽しく笑い合う。
真実の母親はそんな女性陣の輪の中で、合わせて一緒にアハハと笑ってはいるが、無理をしているのが伝わってくる。
真実の母親は、なんというかリズムが違う。のろまというわけではない。
まず小さいことを気にする。失敗を気に病む。
誰かに、大丈夫よ気にしないで、と明るく励まされても、その場では笑って、そうよね~と言うが、一人になると落ち込んでいる。
真実がこんな母親の姿を見るのは、初めてだ。
というのも、昨日の盆初日と同様、去年までの盆では台所仕事の手伝いなんてしてこなかったからだ。
今日初めて、他の母親とは違っている自分の母親を認識する。
遠い記憶が蘇る。
綸の母親だ。
小学生までは、お隣同士、真実と美奈、綸と宣はお互いの家を行き来していた。
そうしていると、自分の母親と綸の母親の違いを感じていた。
と、今振り返るとそう思う。
何かと干渉してきていた自分の母親と、それに比べると全く干渉的でなかった綸の母親。
だから、綸の家にお邪魔することが、小さな真実には楽しみだった。
何かと綸の母親に会いにいった。
大好きな隣のおばさん。
行くといつも笑顔で迎えてくれて、楽しく遊ばせてくれたおばさん。
賢くて、時々鋭いことを言ってどぎまぎさせられた、おばさん。
失敗しても、真実の母親のように自己批判を求めず優しくフォローしてくれた、おばさん。
そういえば、綸たちと一日遊んだ日の夕食、綸の家でこんなことがあって楽しかったという話を真実がすると、母親はどこか不機嫌だった。
母親のあの態度はなんだったのだろうか。
そういえば中学に上がってからは、お隣のおばさんに会ってないな、なんてことを真実が考えていると、夕食時になった。
夕食は、昨日と同じく壮観だ。
ふと、父親の姿が目に入る。父親も、一族の中では異質だ。
数いるおじさん達の中で、真実の父親だけが唯一、実の両親に育てられていない。
盆の間ずっと祖母宅にいる男性は、真実の父親だけだ。
それはなんだか、不自然なことに真実には感じられた。
あと、真実の父親は大人しい。
おじさん達に比べて優しいのは良いことだけれど、男らしさというのが無いのでは、と真実は思う。
そのせいか真実の父親は、この夕食でのおじさん達との会話の中で、いつも聞き役に回っている。
ニコニコとしていて、その笑顔が本心からなのか、そうでないのか、真実には分からない。
祖母宅に来てから、真実の母親は何かと夫のことを気にかけている。
手が空けば夫を探し、ほっとした表情で会話をしている。
女性陣との仕事に戻ると一気に緊張して、よそ行きの顔になる。
この夕食も、祖母とおばさん達は、久々の女子会! とばかりに男性陣のいない食卓で楽しそうにお喋りしているが、真実の母親だけは緊張している。
本当は家族で食事をしたいのだろうというのが伝わってくる。
ということを感じつつも、そんなの構っていられない、というのが今の真実の正直な気持ちでもある。
昨日で少し慣れたとはいえ、小さな子たちとの食事は大変だ。
それぞれ育っている家庭の常識を持ち寄ってくる。
自分がやると叱られていることを他の子がやると、ここぞとばかりに叱り、そんなことでいつもは叱られていない子は抗議をし、言い合いになり、その険悪な雰囲気に幼い子が泣き出し真実に慰めを求めてくる…………。
そんな荒れに荒れた夕食をなんとか乗り切り、真実は布団に入る。
夕食の時に発生した考え事が継続していて、なかなか眠れない。
母親にはならなくていいかな、と真実は思う。
そもそも結婚する意味が分からない。
だって男子は粗暴で下品で、何より女子を目の敵にして嫌っているではないか。
それがなんだって大人になると、人は結婚なんてするんだろう。
大人になると、脳の構造が変わって全く違う人間にでもなるんだろうか?
自分の父親は、そういう男らしさがなくて、大人しくて優しいから、自分の母親は結婚相手に選んだのかな、と真実は想像してみる。
でもそれだけでは、この鎌倉の旧家には不釣り合いな結婚相手に思える。
どうして祖母はそんな結婚を了承したのだろう。
自分は? 恋愛したり結婚したりするのだろうか。
なんで自分の母親は、子どもなんて産んだんだろうか。
小さな子の世話は大変なのに。自分はこの二日の夕食でだいぶ嫌になった。
たとえ成長して大きくなったとしても、反抗されて、今では家庭に穏やかな時はあまり流れていないのに。
そんな人生、何が楽しいのだろう。
『女の幸せ』信仰の最後の世代なのかもしれない、と真実は思う。
そして最後の世代だから、母親は、女の子は女の子らしく、という耳タコの口癖と同じくらい、立派な大人に、と真実に言うのかもしれない。
女性らしさだけで結婚できる時代ではなくなっていく、という予感があるのかもしれない。
でも予感でしかないので、それが具体的にはどういうことなのか、分かっていないのかもしれない。
夜が更けていく。
庭から虫たちの歌が聞こえる。
疲労が真実の体を覆っていく。
深い眠りに、真実はつく。
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