夏休み 迎え盆

 実質の夏休み二週目。盆だ。


「美奈んちって、今年はどっち? 父ちゃんの方? 母ちゃん? 俺んちは父ちゃんの方」


 綸の弟のせんが、美奈に訊いている。

 宣は中一で、去年までは訊いてこなかった、つまり興味が無かったことを訊いてくる。

 社会性が出てきた、というところか。


「うちは、ずっと母さんの方だよ。そういうことになってんの。こういうのは家によって違ってて、みんな同じじゃないの。分かった?」


 美奈が大人な対応をする。一応、宣より一つ上なだけある。

 でも言ってることは、母親にそう言えと教えられたセリフまんまだ。


 そして美奈は、いつもそうしているように宣に対しては偉そうに振る舞う。

 宣は、美奈のそんな有無を言わさない態度から察して、それ以上は訊いてこない。

 

 真実と美奈の父親には、実家がない。父親の身寄りと言えるのは、真実たちだけだ。


「宣のとこも、いつもと同じ? 迎え盆して帰ってくるの?」


 美奈が宣に訊く。

 綸と宣の両親の出会いは大学で、それぞれの実家は違う都道府県にある。

 遠いので、ラッシュを避けるべく迎え盆の前に出発して、盆中日に帰ってくるのだ。


「うん。美奈んとこも?」

「うん、同じ。近いから、ちゃんと送り盆までやって、帰ってくるよ」


 一言多い。傍で聞いていた母親が、宣の母親と目が合って、ハハハ、と苦笑いする。


「宣、行くよ」


 呼ばれて、宣が車に乗る。


「じゃーねー」


 宣が手を振る。


「行ってらっしゃーい」


 美奈が手を振り、見送る。

 真実も綸の家族を見送る。


 しかし暑い。

 早く家に入ってアイスでも食べたい。

 車が見えなくなったのを確認すると、急いで玄関のドアを開けて家に入る。


**


 鎌倉にある真実の祖母宅は、デカイ。

 旧家、というやつだろうか、広い敷地に和風の御屋敷が建つ。


 一族の本家でもある。

 祖母にはきょうだいが五人いて、そのきょうだい及び子、孫、その他大勢の親戚が、盆には入れ替わり立ち代わりやってくる。

 祖母の子ども五人とその家族も集合して連泊する。


 祖母宅に着くなり、女性陣は台所に立つ。

 お客さんの接待の準備、集合した親族の食事の世話のためだ。


 母親に、真実と美奈も台所を手伝うよう言われるが、広い台所なのに沢山の女性達が所狭しと仕事をしていて、子どもの二人が入り込む余地は無かった。

 そんな状況に、申し訳なさそうにしている母親に、祖母が声をかける。

 何をそんなに気にするの? この状況じゃ仕方ないじゃない、あはは。と明るく。


 それを聞いて母親は、そうよね~と努めて明るく答えるが、どこか無理をしているのが伝わってくる。


 母親は昔からそうだ。

 何故か祖母の前ではどこか委縮していて、それを悟られまいと必死だ、と真実は子ども心に気付いていた。


 真実にはそれがとても不思議だった。

 自宅では、母親はあんなにも真実に支配的なのに。


 何より祖母は、とても気持ちのいい人だ。

 祖母は何というか、気風が良いと感じさせる人だ。

 頼もしいけど優しくて、公平で、明るくて、周りとの距離感が絶妙で、自身も自分の人生を楽しんでいて。


 とにかく一緒にいてとても心地よく、楽しくさせてくれる人だ。

 だから真実と美奈はもちろん、おじさんおばさん、いとこ、真実と美奈の父親も、みんな祖母に懐いている。


 でも真実の母親だけは違う。

 だからと言って、祖母は母親のことが嫌いとか苦手ではないらしい、ということも感じられた。

 というより祖母は、自分の子ども、孫、分け隔てなく愛情を注いでいた。

 真実の母親だけがなぜ。


「真実ちゃん、外行こうよ」


 祖母から、台所を手伝わないでいいというお墨付きを貰って、美奈が言ってきた。


「いいの?」


 真実は生真面目に不安がる。母親からの視線を感じる。


「いいの、いいの。いても邪魔だって。行こ? あ、おばあちゃん! お小遣いちょうだ~い」


 本当に美奈は要領がいい。

 母親から非難の視線を感じるが、祖母が美奈と真実にお小遣いを渡すのを見て、母親は何も言わなかった。


 日が暮れるまで外で遊び、夕食に間に合わせて祖母宅に戻る。


 親族揃っての夕食は壮観だ。

 祖母宅の屋敷は大きく、畳敷きの大広間があるが、そこに何台も卓を並べてみんなで食べる。

 おじさん達、祖母とおばさん達、子ども達で分かれて食べる。


 真実は今年から高校生なので、自然と子ども卓の世話役になる。

 真実より年上の、大学生になったいとこや大学受験を控えた高校生のいとこは来ていないのだ。

 ちょうど真実の一つ上と同い年にはいとこがおらず、今年の盆は、必然的に真実がいとこの最年長だ。


 小さい子が何かを溢すと拭き、お茶が切れたと言われて冷蔵庫に向かい、意地悪されて泣く子をなだめ、意地悪した子をたしなめ、トイレに付き添って…………。


 去年までの気楽な夕食が懐かしい。

 これまでの年上のいとこ達の苦労が分かる。

 親たちも、自分が小さい時は、こんな感じだったのかもしれない。

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