夏休み フワフワ、

 入場ゲートを通って中に入ると、夏休みとはいえ平日なのに、家族連れが多かった。楽しそうな小さな子ども達と、リラックスした様子のその両親とが目に入る。

 次どこ行こうか、イルカのショーが見たい、カピバラもいるよ、などと、はしゃいだ様子の会話が耳に入る。


 さて自分はどこへ行こうか。


 真実は考える。

 

 子どもの頃はどうしていただろうか。

 両親にひとまず、どこに行きたいか聞かれた気がする。でもその要望が、真っ直ぐ通ることは無かったな、と思い出す。


 ショーは最後にしましょう、それまで時間があるから展示を見て、ご飯はどうしよう、ここのショーも気になる、時間がかぶってるからどっちにしようか。

 結局両親がずっと話し込んでいて、自分と美奈は遊ぶことに夢中になって、親から離れたところを怒られた。

 

 今日は、自分で決めていいんだ。


 でもどうしよう。こういうの、何を基準に決めたらいいんだ? 子どもの頃は、好きに決めたい、最初からイルカショーが見たい、て思ってたけど、いざ自分で決めるとなると難しい。真実はそんなことを思う。


 よく分からないので、ひとまずマップを手に入れることにした。ベンチに腰掛け、マップを広げる。ここは、大きいとはいえない水族館だと思うが、改めてマップを見ると面白そうなものが結構ある。

 動物とのふれあいイベントが結構ある。でも


「有料だ」


 険しい顔をして呟くと、隣の親子連れから視線を感じる。夏休みのはずなのに、制服を着た女子高生が一人、水族館でマップを広げている。これはかなり変なのではないだろうか。 


 真実は今更ながらに気づく。辺りを見回すと、一人客は自分だけのようだ。急に恥ずかしくなる。人ごみに紛れよう、と思いつく。真実はマップを片付け、展示棟に向かった。


 展示棟の中も、家族連れが多かった。

 総じて子ども達は、目を引く魚に反応し、それを親に報告し、見て見て! と騒いでいる。

 それに親が反応し、このお魚はどうのとプレートを読んで説明し、あのお魚も面白いよ~、と教育を試みているが、子ども達はつまらなそうにして次の水槽に向かう。ということが繰り広げられていた。


 なかには一つの水槽の前で、じっと興味深そうにしている子どももいるが、それはそれで手を掴まれ、早くしないと全部回れないよ! と親に引っ張られていく。

 

 せわしない。


 どの家族からも、せっかっくの休みを、折角の外出を無駄にしてなるものか、という強い気持ちが伝わってくる。

 働いていて小さい子どもがいると、そうなるものかもしれないが、今日の自分はそうではない。

 折角ではない日に、フラっと来た水族館だ。入場チケットは水本さんに買ってもらったけど。


 なんだか、やるせない。

 

 うまく言えないが、自分がとても場違いな哀れな存在に思えた。


 流れに沿って、展示を一つ一つ見ていく。

 子どもの頃、ここに来た自分を思い出す。

 子どもの自分も、水槽のグラフィックな面白さにはしゃぎはしたが、何を意図してこれらのことが展示されているのか、理解していなかった。


 展示、という言葉の意味も理解していなかった。

 ただ、いつもの毎日には無い面白い物、そう感じていただけだった。


 展示コーナーの始まりにある説明板も、丁寧に読んでいく。

 そうすると、水族館が、それだけで独立した面白スポットではなくて、地域を意識して、海の多様性を意識して、計画をもってそこに存在していることが伝わってくる。

 何か話そうとしている。

 真実には、水族館がそんな存在に感じられた。


 しばらく歩いていると、急に雰囲気が変わった。

 先ほどまでの、所々オレンジがあったライティングが一変して、青になった。


「クラゲだ」


 水の中を、フワフワと漂っている。水槽には、フワフワと漂うものしかない。岩とか、無い。変な感じだ。


 小さくて丸いもの。

 優雅に長い尾を引くもの。

 大きくて丸いもの。

 白くて、透明だ。


 臓器は? 動いているということは動物だと思うのに、それらしいものがない。

 血は? 別に赤じゃなくても、青の血の生き物もいるらしいし、せめて血管は?


 植物のようだ。真実は思う。流れに身を任せて漂う生き物。

 風に任せて、潮に任せて、種を運び、枝を、葉を揺らす植物。

 一方で、目の前のクラゲは、傘のような部位を意識的に動かしているように見える。やはり意識のある動物? よく分からない。


 フワフワ、フワフワ。

 まるで、自分も海で漂っているような気持になる。


 フワフワ、フワフワ。

 子どもが、はしゃいでいる。でもその声は、だんだん小さくなる。

 大人達の、キレーとか、癒されるー、とかの言葉も耳に入ってこなくなる。


 フワフワ、フワフワ。

 同じ地球という世界に生きているはずなのに、クラゲだけ、全く別の世界に生きているようだ。


 フワフワ、フワフワ。

 どうしたらこんなふうに、存在できるんだろう。


 フワフワ、フワフワ。

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