登校の朝

 起き抜けに、真実まことは考える。

 何故こんなにも辛いのだろう。

 いつからこんなに辛いのだろう。

 一番古い記憶では、あんなに生きることを楽しんでいたのに。

 しばらく布団の中で考える。


 時計が目に入る。動き出さなければ。今日は学校がある。


 布団から出て支度をする。顔を洗い、進学校である高校の制服に着替え、髪を整えて、二階にある自室を出て階段を降りる。


 食卓を見ると、母親はもう朝食をよそってくれていた。真実の席の傍には、弁当まである。

 冷凍食品も使ってはいるが、毎朝三種類はおかずを作り、いつも五種類はおかずが弁当に入っている。ご飯も毎日炊いてくれている。


「……おはよう」


 真実は力無く母親に挨拶する。


「おはよう!」


 母親は台所仕事をしながら、元気な挨拶を真実に返す。

 真実が四月から通っている進学校の高校は早朝講座があるため、真実は父親と中学二年の妹の美奈より早く家を出る。だから朝の食卓は、真実一人だ。


「いただきます」


 真実は食卓につくと当然のように朝食を食べ


「ごちそうさま」

 

 皿を流しに運ぶ。運ぶだけで洗いはしない。歯を磨きに行き、また食卓に戻る。


「弁当ありがとう。行ってきます」

「気を付けてね。行ってらっしゃい」


 真実は、母が作ってくれた弁当と自分の荷物を持って、玄関を出る。


 歩きながら、真実は考える。

 食わせてもらっている。

 世の中には食費は稼げなくても、食事や弁当は自分でやる同世代の子もいるらしい。


 でもそれは、自分はできていない。

 それくらいもできないのに、親への苛立ちは無くならない。

 せめて自制すべきだと思うのに、「どう考えてもそっちがおかしい!」ということは毎日あって、怒って当然と思えることが多くて、親にあたってしまう。


 時々、母を好きだった記憶が蘇る。

 どう考えても自分がおかしい、ということも多いが「謝りたくない」という別の強い感情が湧いてきて、どうにもできない。


 情けない。

 腹立たしい。

 自分は最低だ。

 産んでなんて頼んでない。

 頼んでなくても、産まれてしまって、生きている人間として、最低だ。


 考えが堂々巡りをして、足が止まり、うずくまる。


「消えたい……」


 よく聞くセリフが霧散した。


**




 真実は今日もなんとか、遅れることなく高校の正門にたどり着いた。


「よ。真実」


 真実の幼馴染から声がかかる。りんだ。


「はよ!」

「……おはよう」


 真実は綸の顔に挨拶を返すと、また下を向いて歩き始める。


「今日も朝から暗いな。今日はどうした?」


 綸が明るく訊いてくる。


「……。暗くは、ないでしょ。いわゆる、元気がないだけで」

「はは。いわゆる元気。それを暗い、ていうんじゃないの?」


 それもそうである。


「……。だから。いいじゃん。思春期って、こういうもんでしょ?」


 真実が反論する。


「違うでしょ。俺ら高一。受験勉強をがんばって希望校に合格した、花の高校生。夢が叶って、充実した高校生活やるんだ、て期待満々で自信満々。そういうのは、言っても中学で終わるもんでしょ?」


 こいつは、なんで朝からこんな、人の心を折ることを言ってくるのだろう、と真実は思う。


「そうだけど!」

「そうだけど?」


 次が続かない。そうなのだ。綸が正解だ。フツーはそうなのだ。反抗期なんて中学で終えて、キラキラしている高校の子達の中で唯一であろう、真実は今だに反抗期真っ最中なのだ。


「別に何でもない」


 そう言って下を向く。真実にはそれが精一杯だ。


「何でもなくないでしょ? なに~? また、おばさんと喧嘩した?」


 綸は面白そうに続けてくる。綸の家は、真実の家の隣だ。昨日、家の窓も開けたままで真実が母親と喧嘩していた時、綸も家にいるのを窓越しに見た。だから、真実と母親との喧嘩は、綸にもばっちり聞こえていたはずだ。


「……。だから何? どうせ聞いてたんでしょ。ほんとヤなやつ」


 真実が毒づく。


「はは。やっぱり~」


 綸はヒヒヒ、と笑い、楽しそうだ。



 予鈴のチャイムが鳴る。急いで教室へ向かう。


 なぜ自分はまだ反抗期で、綸とか、他の子達はあんなに楽しそうにいられるのだろう、と真実は思う。第一志望でもない進学校に来たことも影響しているのか、と分析してみる。


 そんなことを考え始めると、早朝講座は少しも頭に入ってこない。

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