第3話
ラスター。
ラスター、ラスター。
それが、自分の名前なのか。
「ふぅん、それは……いや、やめておこう。邪推は良くないね」
スティは目を細める。どうやら、その由来に気がついたらしい。教官役をするだけはあり、知識は豊富なのだろう。
ラスター。由来は、なんだろうか。
ふと、先程まで滾っていたハカセへの怒り————のようなものが、消えた、とまではいかないが、穏やかになりつつあることに気がついた。それと同時に、また失敗作と言われながら起動させられたことへの疑念が浮かび上がる。そう、失敗作と言っておきながら、なぜ自分に名前をつけるのか。どうして、普通の人間のように扱うのか。
「さて、ハカセ。自己弁護の時間だよ」
「え?あ、あぁ。うん。そうだね……ラスター、君には申し訳ないことをした」
「いつものくせに」
「スティくん、少し、少しだけでいいから、その棘をしまってくれないかい………?」
スティはそう言われても態度を変える気はないらしく、やれやれ、と言わんばかりに肩をすくめた。なんとなく、スティとハカセの力関係が見えた、気がする。それと同時に、なぜスティはこんなにも制作者であるはずのハカセに言いたい放題で、ハカセもハカセでそれを甘んじて受け入れているのだろう、という疑問が湧いた。
考えることはできるのに、言葉にすることはできない。直接聞くことができない、それがこんなにも煩わしいことだとは、思わなかった。
「うん、そう。いつもなんだ、何度やっても、失敗してしまう。だけど、だからといって捨てることもできなくって、起動させてしまう。それが時に、君たち人形を傷つけることだとは、わかっているのだけれどね」
ハカセの手が伸びてきて、反射的に目を瞑る。が、その手は自分の長い髪を掬っただけだった。さらりと指を滑り落ちた藍色に、よくよく見れば灰色が混じっている。いや、灰色というほど暗くもなく、白というほど明るくもない、曖昧な色だ。ハカセはそれを見て、「うん、綺麗だ」と言った。完璧な人間として作られたのだから当然のことなのだが、しかし失敗作だと言われたあとだと、受け取り方も変わってくる。
当然のこととしていったのか、それとも、あえて自分を慰めるために、そういったのか。
「だから、その代わりに。僕は、君たち『失敗作』を精一杯、愛そうと決めている。勿論、嫌だと言う子は停止、まぁ、直接的に言えば死なせているんだけれど……どうだろう。ラスター、君は、僕たちとともに、暮らしてくれるかい?」
「まぁ、ここは狭くて、娯楽も少ないところだ。そもそも、起きたばかりでこんなことを聞くのはどうかと思う。だけどね、短い一生を過ごすのに、不便はさせない。短いながらに、充実した生活は送れるはずだよ」
それは『長男』の僕が保証しよう。スティは真面目な顔で言い切った。
生まれてすぐに、死ぬか生きるかの選択をさせられるとは思っていなかった。いや、誰がそうなると予想できるものか。
完璧だったはずなのに、実はそうでなくて。生まれた意味を、生まれた時に剥奪されていた。それでも、生きるべきか、否か。
いや、生きたいと、思うのか。
深く考えることでもない、何事も。スティの言葉が蘇る。
自分は静かに、しかし確かに、頷いた。
「………………!そう、そっか、君は、生きてくれるのだね」
「ハカセがそんな顔してるからだよ。いかにも、『死なせたくないんだ』と言わんばかりの顔でさ。全く、目は口ほどに物を言う、極東のことわざの通りだ」
「そ、そんな顔をしてたのかい?」
「僕がそれを問われた時は、君がそんな顔をするから思わず頷いたね」
さて、とハカセは立ち上がる。自分は、それを目で追った。
「それじゃあ、しばらくの間はこの部屋で過ごすことになる。えっと、これを」
ハカセは、先程(といっても、目覚めた時だからもうだいぶ時間は経っている)スティが弄っていた端末と同じものをポケットから取り出し、サイドテーブルに置いた。どうも、各所に置かれた端末や各自が所持している端末と接続し、会話ができる、と言うシロモノらしい。ハカセ曰く、「外の技術も取り入れているんだ」とのこと。
これで、なにかあればハカセかスティを呼び出せばいい、ということらしい。とはいえ、それが使えるようになるのも、まだ時間はかかるだろうけれど。
「あとのことはスティにお願いしてあるから、彼の言うことをよく聞くこと。あぁ、勉学にも励むんだよ?……スティは、余計なことを教えすぎないでね?」
「さて、雑学というのはいつ使えるかわからないものだからねぇ」
ハカセに釘を刺されても、飄々とした態度を崩さない。対等、とはこういうことのことを言うのだろうか。創造主と被造物の関係性ではないようにも思うが。ため息をついて、ハカセは部屋を出ていった。スティの性格を知った上で、これ以上止める必要はない、と判断したのだろうか。
完璧な人間ではないらしいので、ハカセが何を思ったかなんてわからない。
残当、である。
「それじゃ、ひとまず今日はおやすみ。明日から色々、大変だからね」
足元に積まれていた布を自分に掛けてから、スティは部屋を出ようとして、立ち止まった。どうしたのだろうと思っていると、大切なことを思い出したかのように振り向いて、屈託なく、笑う。
「ハッピー・バースディ、ラスター。僕と同じ、失敗作。失敗作は失敗作らしく、短い一生を泥臭く生き抜こう」
屈託はなかった。
だが、皮肉はたっぷりだった。
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