第2話

失敗作。


失敗作、つまり、自分は、失敗した、その成れの果て。そういうことなのか。「愕然って、こういうことのことを言うんだろうね」なんて呑気に言っているスティを問い詰めたい。

ふと、自分が感情的になりすぎていることに気がつき、落ち着こうとする。しかし、「どうして」という疑念が怒りに変わるのを止められない。失敗したのならば、なぜ自分を生かした。なぜ、自分を起動させた。それだけじゃない。僕たち、つまりはこのスティさえも、失敗作だと言うことか。


まさかとは思うが、その起動コードはハカセが唱えたのか。


「一応言っておくけれど。この起動コードは、毎回ハカセが言っているよ」


浮かんだ疑念に答えるように、しかし自分にとって関係のないことを言うかのように、スティは教えてくれた。

毎回。つまり、自分やスティだけでなく、他にもいるのかもしれない人形たち全員に——最初から、絶望を突きつけているのか。そんな。自分たちの製作者、つまりは親であるはずのハカセが、なぜ。

そして、なぜスティは、自分さえも失敗作だと言われているのに、平然としていられるのか。失敗したものなのに生かされているというのは、被造物として最大の屈辱ではないのか。


「そんなに深く考えることでもないよ、何事もね。気にしないで、みんな、そう言われて生まれてくる。いずれ、そう、君が見識を広めていくうちに、その理由はいずれわかるようになる……にしても、遅いな」


スティは髪の毛をいじりながら、眉を顰める。


「ごめんね、そろそろハカセが来るはずなんだけれど……」


まだ悩んでいるのかな、と呆れたように肩を竦める。悩む、何を?だが、正直なところ、こうしてハカセと直に対面するまでに時間が設けられたのは自分にとってはありがたいことだった。


さっきの話を聞いて、素直にハカセを「父」と、自分を作り出した素晴らしい研究者だと、思えそうになかった。むしろ、まともに動かせもしない身体を無理矢理動かしてでも、なにかしらの仕返しがしたいほどだ。仕返し、と言うほどでもないのかもしれないが、自分の身体を使えるだけ目一杯使って、問い詰めてやりたい。

いい加減呼びに行こうかな、とスティが席を立とうとしたその時、遠くからバタバタと足音が聞こえてきた。そして、ベッドルームの扉が勢いよく放たれる。


その先に、肩で息をする若い男性を視認。ゆるくウェーブのかかったクリーム色。しばらくして上げた顔におさまる対のグレーは、斜めになった丸いメガネの向こう側だ。

適合——ハカセ。


「遅いよハカセ。いつまでこの子を裸でいさせるつもりだったんだい」

「ご、ごめんよ!なかなか、決めきらなくて……」


とりあえず着替えようか、とハカセは服を手に近寄ってくる。が、それをスティが手で制した。


「ハカセはそこで休んでてよ。ただでさえ体力ないのに、走ってきたんでしょう」

「う、まぁ、ははは……じゃ、よろしく」


スティは、自分の長い藍色の髪をわしゃわしゃとタオルでかき回す。意外にも勢いが強い。ぐわんぐわんと頭が揺れるて気分が悪いが、なんとか耐える。そして、ある程度乾いたあと、身体の各所を丁寧に拭いていった。誰かに身体を触られるのは、先ほどの抱き上げと含めてこれで二回目だ。が、なんとなく、違和感が否めない。これまで触られたことがなかったからか——それとも、そういうものなのだろうか。


ハカセは先ほどまでスティが座っていた椅子で、息を整えていた。この研究所がどれほど広いのかは知り得ないが、そこまで必死で走ってきたのだろうか。わざとらしさを感じてしまうのは、自分のハカセにたいする印象の悪さのせいだろうか。

ハカセが持ってきた服に、スティが自分の腕を通す。長い袖は自分に丁度いい長さで、ハカセはそれを見て安堵したように笑った。


「どう? 違和感とかは、ないかな」

「ハカセ、この子、君に対して不信感を募らせているところだよ。そんな簡単に心を開いてくれると思わないことだ」

「えぇ、ちょっとスティくん。君、何を吹き込んだの」

「別に? まぁ、前から思っていたことではあるけれど……生まれて早々に『君は失敗作だよ』なんて言われたら、腹に据えかねるのも当然じゃないかな? ええと、そう、残当」

「ざんとう? 君はまた、新しい言葉を覚えてきたのだね」

「人間の作った略語さ。残念ながら当然、だったかな」

「何でそれを略そうと考えるのかなぁ……おっと、ごめんね」


ついつい話が逸れてしまって、とメガネを押し上げながら、ハカセはこちらに向き直る。「こうして面と向かうのは初めてだね」なんて、自分にとってはそうだが、ハカセは初めてではないだろうに。

失敗作と言う割には、それを貶すようなことはしてこない。意味がわからない。


「改めまして、TSADI-2000。僕は……うん、ハカセでいいよ。記憶の通りに呼んでくれ。名前がないわけじゃあないんだけど、みんなからそう呼ばれるからね」


身体の調子はどうかな、思考はできる?意識はどうだい、と次々と質問を重ねてくる。それは作成者として正常に動いていることを確認したいのか、……それとも、ただ純粋な心配なのか。

ハカセの様子は、そのどちらにも取れた。ますます、訳がわからない。これじゃあまるで、最初から失敗を前提に作り出されたようにさえ感じてしまう。ただ一つだけわかることはある。

ハカセは、きっと、悪人ではない。単純に捉えすぎ、かもしれないが。


「来るのが遅くなってすまなかったね。いや、その、実はね。いつもそうなんだ、僕の悪癖というか。決断力がないのかもしれないね。うん、不甲斐ないことだが……」

「ハカセ、自虐はその辺りで。早く本題に入ったらどうだい?」

「そ、そうは言ってもだね。なんだか、恥ずかしいというか、緊張してしまって」


オホン、とわざとらしさ極まりない咳払いをして、ハカセはまっすぐこちらの瞳を見つめる。レンズの向こうに、自分の顔が映った。あぁ、自分はこんな顔をしているのか、と初めて知る。


「君の、名前を考えていたんだ。どうにも決めかねていたんだが……さっき、決めてきたよ。TSADI-2000、改め」


一呼吸。


「ラスター。無事に生まれてきてくれて、嬉しいよ」

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