追いかけっこ

 森を抜けると草原に出た。不透明な水色に塗装された空には、小さな雲が綺麗に並んで描かれている。真っ赤な太陽が眩しい。

 草原には不気味な笑顔を貼りつかせた花が一面に生えていた。白い花弁が風に揺れている。走ってきた勢いのまま足を踏み入れると、きゃっきゃっと甲高い声で笑った。

 背後から木が倒れる音が聞こえる。パスタで縛りつけてきたけれど意味がなかったようだ。

 今のうちに距離を稼ぎたい。笑い声を上げる花を踏みつけながら俺は走った。右手にはゼリーを湛えた沼があって、甘い匂いが漂っている。大きな木のそばまで来たとき、足元をリスのぬいぐるみが駆けて行った。踏んでも構わなかったのにとっさに避けてしまい、バランスを崩した俺はゼリーの沼に落ちた。ゆっくりと身体が沈んでいき、俺は手足をばたつかせて必死でゼリーをかき分けた。顎まで沈んで、もう少しで岸に手が届くというところで、頭の上に何かが乗ってきた。そのはずみで、口の中にゼリーが入る。振り払おうと手を伸ばすともう何もない。

「ソーダゼリー、おいしいでしょ?」

 くぐもった声に顔を上げると、やはり小さな人形が浮かんでいた。ガラスの瞳が緑に光っている。

「かわいそうだから引き上げてあげる」

 人形の髪が伸び、俺の首に巻き付いた。息が詰まる。

「うふ。苦しい?」

 楽しそうな彼女の声が人形から聞こえる。しかし、表情は操作できないのか、人形は冷たい顔でこちらを見ていた。

 俺は、首を絞めている髪を渾身の力で引っ張り、ゼリーの沼から這い上がった。すると、人形の髪はあっさり解けた。

 地面に這いつくばって咳き込んでいると、花の笑い声とそれを踏み潰す音が近付いてきた。彼女だ。逃げなくてはと飛び起きるが、彼女の方が速かった。銀色のマシンガンから放たれたラムネが俺の身体に当たって、バラバラと散らばる。

「痛っ!」

「あはは」

 思わず悲鳴を上げると、彼女は笑った。さっきの人形が肩に乗っている。

 銃口で肩を突かれ一歩下がると、巨大なマシュマロが足にぶつかり、俺は後ろに倒れ込んだ。彼女は、俺の胸を膝で抑えて動けないようにしてから、短くキスをする。

「あたしから逃げられるわけないじゃない」

 マシュマロは二人を包み込むようにふんわりとへこんだ。草原の花々が「愛の賛歌」を合唱し始める。襟元から転がり落ちたマシンガンのラムネは、よく見るとピンクのハート型だった。



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テーマ「デイジー・チェインソー」

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