結婚の資格

 公爵が何でも買ってやると言うから、自分のための買い物だと思っていなかった私は慌てた。国一番の高級店の前。開けられたドアの向こうの世界は、私なんかが踏み込める場所ではない。

「困ります。そんな立場にありません」

 立ち止まった私を公爵は振り返り、昂然とした態度で見下ろす。

「君は私の婚約者だ。何も困ることはない」

「婚約者って本気なんですか?」

 その場限りの話だと思っていた。

「結婚なんて無理です。私、そんな資格ありません」

「そんな立場そんな資格って、君は」

 公爵はため息をつき、

「いいか。資格なんていらん。経験も不要だ」

「でも、私は……」

 どうしても続きが言えず、私は自分の周りを回っているキーパーを見た。レンズのついた小さな黒い箱が、公爵と私の間をゆっくりと通過する。

 さすがに高級店だけあって、ドアを開けてくれた店員は、話し込む私たちから一歩下がって控えている。しかし、公爵がいなかったら私なんて門前払いだろう。街を歩く人たちも、私のキーパーに気付くと、ぎょっとしたり青ざめたりしながら、足早に通り過ぎる。そうかと思うと、遠巻きに見ている人たちもいる。キーパーがついてからだいぶ経つけれど、周囲の反応には全く慣れない。最近では街中に出ることも減った。

 知らずに下を向く。その顎を公爵の手がさらった。無理やり上げさせられた顔の、すぐ前に公爵の顔がある。

「資格はいらんと言ったが、訂正する」

 公爵はにやりと笑った。

「キーパーもろとも、君であることが資格だ。よって、君は合格。君以外は、誰であっても不合格」

 私はぽかんと見つめてしまう。すると、公爵は戸惑ったように、

「私と結婚するのは嫌か?」

 いつも自信たっぷりで偉そうなのに、なんだかおかしい。少し笑って、私は首を振った。無理と言いながら、嬉しかったのも事実だ。

「ならば問題ない」

 公爵は満面の笑みを返す。その後ろをキーパーが通って行くのが見え、目を見張る。こんなに近く、軌道の内側に誰かがいるのは初めてだった。




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テーマ「人工衛星の街角」

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