第4話 交換殺人の番外編

 出所してから自由にできるようになった嬉しいことの一つに、テレビの視聴がある。

 私、割とテレビっ子だったから。それこそ小さな頃は、テレビが親の代わりに子守をしてくれたみたいなものだった。

 だから嬉しいのだけれど。

 世の中、知らない内に進歩してるんだと痛感したのは、インターネットでこんなにテレビ番組を観られるようになってるなんて! いつの間に? しかも無料が結構ある。これは本当に助かる。

 私は仕事をなくした上に、民事でいくらか持って行かれる。

 生田に殺してもらったターゲットには近しい身内が全くいなかったせいか、一生掛かって払えるかどうかという高額にはならなかったけれども、それでも細々こまごまとした賠償はしなくちゃいけない。弁護士に弁護費用も払わなくちゃ。

 そういえば、弁護士の資格があろうとなかろうと自分で自分の弁護をしていいって話、昔聞いた覚えがあるのだけれど、いざその立場に立たされたら、完全に忘れてしまっていたわ。尤も、自分で殺人の弁護をしても、刑務所にもっと長く入っていた可能性が高い。

 ともかく、お金が入り用な私にとって、楽しみの一つである映像作品観賞をかなりリーズナブルにできるのは、とてもありがたい。


 職探しの方は順調とまでは行かずとも、テレホンアポイントメントのアルバイトから始めた。

 実は、出版社から手記を出さないかっていう打診がいくつか来ていたんだけれども、断っている。年月が経ってようやく静かになったのに、自分から波風立てる趣味はない。また、自らの起こした犯罪をネタに本を書いて稼ぐのは性に合わないし、その印税を遺族に渡すというのも何か違うと思う。謝罪の気持ちをお金で表すのなら、他の手段で稼がないといけない気がするのだ。

 まあ、犯罪者の私の信条なんて、どうでもいいでしょう。前に書いた通り、今後もう一つ交換殺人をしなければいけない予定だし、何を言っても説得力を欠く。



 今は息抜きの話をしているんだった。

 先日、無料で見られる正規の動画配信サイトで、交換殺人を扱ったドラマを見付けて、興味を惹かれたので観始めた。

 第一話の最初の内は、面白さを感じた。自分の経験とは全く関係なしに、マンション住民による多人数での交換殺人という設定がユニークだと思った。ただ、同じマンションの住民同士なら全くの無関係でもないだろうから、交換殺人の強みを活かし切れていないきらいはあるけど。

 もしこんなマンションが本当にあって、私が住民だったら、あのときみたいに苦労をせずに済んだのに、なんて考えると、変に泣けて笑えてきた。

そして第一話のラスト。遊びだと思っていた交換殺人の話だったのに、ある人物が死んだことにより、急に現実問題となって迫ってくる……。

 この瞬間、最初の興味は失せてしまった。早々に、交換殺人ではなくなったと感じたから。

 何故って、最初に死んだ人物は、交換殺人ゲームに参加していた一人。つまり本来、犯行をなす側でなければいけない。それなのに参加者を殺してしまったら、交換殺人の連鎖が途切れる可能性が出て来るじゃないの。だいたい、最初の一人を殺した犯人は、交換殺人仲間?にアリバイがあると確認した上で実行したのかしら。前触れなしに、勝手に交換殺人を始められても、迷惑千万なだけ。

 それでも一話でやめなかったのは、あの死は殺しではなく自殺もしくは事故死でしたという流れになるのを期待してのこと。だけれども、いっこうにそうならない。最早、交換殺人ミステリとしての面白さは期待できず、もうギブアップしようかな。

 でも別の興味もあるにはあるし。スケールが違うけど、「ツイン・ピークス」的な訳の分からなさを求めてる感じかな。なので、このドラマは、他に観る物がないとき用に回そう。



 そもそも。

 これでも私は交換殺人に関して、それなりに検討し、考察してきたつもりでいる。

 創作物語としてより優れた作品とするには、交換殺人に関わる人数を増やして複雑にするよりも、交換の仕方を複雑にした方がいいように思うの。


 交換殺人は通常、犯人二人と被害者二人がいれば成立する。


 これをベースに、今まで観たり読んだりした交換殺人もので面白かった作品は、


・犯人二人の内の一人を伏せて犯人当てにしたり、

・被害者が元は殺す側だったり、

・犯人二人は第三の犯人に操られていただけだったり、

・交換殺人にもかかわらず同時に行われたり


 と、様々な工夫を凝らし、視聴者もしくは読者を楽しませてくれた。

 一見シンプルな構図が、実はちょっと複雑でしたという流れは、視聴者や読者に想像する余地を与えてくれるから効果的なのかもしれない。

 一方、徒に人数を増やしても交換殺人ものとしての面白さは失われる、と言い切れるかどうかは証明できないけれども、関係する人数がメモを取らねばならないほど多いと、追い掛けるだけで労力を費やし、想像をする余裕がなくなる恐れはありそう。


 もし、多人数による交換殺人をテーマにして、私が創作物語にするとしたら。

 ぱっと思い付いたのは、ウールリッチの『喪服のランデヴー』タイプとの組み合わせね。たとえば十人で交換殺人を行う計画がまとまったが、一人目を殺した時点で計画は頓挫(警察にばれたとかではなく、災害などで中止)。その後、遺族が十人の交換殺人グループの存在を知るも、実行犯が分からない。どうにかして実行犯を突き止め、復讐を果たそうとする(もしくはグループメンバーを一人ずつ殺して行く)、なんて感じのストーリーに。


 次は、二つの交換殺人が同時進行して、ややこしくなるとか。五人ぐらいによる交換殺人が二つ、ほぼ同時に始まっていて、しかも一部の被害者が被っていたから、おかしな話になってくる、そんなイメージ。


 それから……主人公は多人数の交換殺人グループに参加したつもりだったけれど、実は“私”ともう一人(主犯)だけだった、というのはどうかな。主犯は、報道される殺人事件の中からしばらく解決されそうにない適当なものを見繕い、さも交換殺人の一環として行われたように“私”に思い込ませる。これなら、5、6件やったところで「次はおまえの番だ」と言われたら、“私”も信じ込んで殺しをやるんじゃない? “私”は殺して欲しい相手をまだ殺してもらってないけど、順番はランダムということにしておけばいい。あなたのターゲットもいつか死にますよ、って。


 あとは……。

 あー、変なこと思い付いた。

 今、交換殺人のかなり面白いアイディアが浮かんだ。

 これを使って推理小説を書いて、出版社に持ち込むのはどうかしら?

 自分のやった犯罪をネタにしたんじゃないのだから、私の内なるルールには反してないんだけど、だめかな。交換殺人という括りでは被ってるから。

 いざとなったら、覆面作家扱いでもいい。むしろその方がいいかもしれない。元服役囚だったって謳わなくても、そこそこ評判を取る自信のあるアイディアだもの。


 ――待ってよ。

 このアイディア、やっぱり、小説で発表しない方がいいか。

 私にはもう一つ、交換殺人をする予定があるのだから。


 終わり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る