第3話 交換殺人の再開の仕方

 私は義理堅い方じゃないと思っていた。今現在も思っている。

 それでも約束したことは守りたい。

 ばかだと言われるだろうけど。

 こうして折角、刑期を務め終えて出所できたのに、の交換殺人を終わらせようと考えるなんて。


           *           *


 私がかつて生田いくたと結んだ交換殺人の約束。あれを決着するに当たって、単純に、生田の指定していた人物――成山吉佐なるやまきさを私が殺せば済むかというと、そうじゃない。

 今や、私は成山に対して殺害動機を持っていることになる。成山が殺されれば、警察は私を容疑者としてリストアップするに違いない。

 だから私は策を講じなければならない。


 再び交換殺人をするのはどうだろう?

 共犯者パートナーとなる人物を見付けることがどれほど大変かは、身をもって経験している。またあの労苦を味わい、時間を費やすのはきつい。いや、あれから私も年齢を重ねた。若くて見栄えもそれなりによかったからこそ、三年で収まったのかもしれない。今の私が同じようにバーなんかで待っていても、五年や十年はかかるんじゃないかしら。ううん、月が経てば経つほど不利だろうから、最初の一年ぐらいで見付からなかったら、ほとんど望み薄に違いない。


 ――なんて風に悲観的、自虐的に思っていたのは、実は刑務所にいる間に充分に考え尽くし、もう過去のものとした。そんなことで悩む必要は全くないと気付いたのだ。

 そう、刑務所の中には交換殺人のパートナー候補が結構いた。

 よりどりみどりって言うほどじゃもちろんないけれども、外の世界で当てもなく探し求めるよりは、はるかに楽だった。

 交換殺人初めての相手探しのとき、とてつもなくハードルが高く思えた信頼感だけど、今回は大して苦労しなかった。

 皮肉にも、私には一度実績があったから、相手からそこを高く評価されたみたい。失敗したのに。


 候補の中から本命を決めるのが、案外難しい。

 口が軽いのはだめだ。本気度が低いのもだめ。

 そもそも刑務所で、他の服役囚に殺したい奴がいるんだなんていう意志が広まってしまうこと自体、本人の口が軽いか、本気度が低いことの表れなんじゃないかと思ってしまう。

 私は慎重に観察を続け、ときには「あいつはあんなこと言ってるけど、あなたは殺したい人なんていないわよね」みたいな具合に、口の硬そうなタイプに水を向けてもみた。

 先に記した通り、私が何の罪で服役したのかはそこそこ知られていたが、そのせいでうまくまとまらないと感じたことが何度かある。最初から敬遠されるか、のるふりをして「でもあんたと組んだなら、まだ失敗しそうだからやめとくわ」と端っから、からかうのが目的の女もいた。

 そうした手合いを見分け、できることならパートナーの方が先に出所し、私が服役している間に成山をやってくれるのがいい。完璧なアリバイが確保できる点からも理想的だけれども、そこまで贅沢は言わない。先に出所した方は、殺しだけさせられて、パートナーがいつまで経っても刑務所から出て来ないなんて事態が、絶対にないとは言えないのだし、ここは私の方でリスクを背負ってもいいと思っていた。


 ところがうまくしたもので、先にやってあげるという人物が向こうから接触してきた。十日後にはここを出て行く予定だから、早く話をまとめたいという。それで先番を買って出てくれたのかもしれない。

 何にせよ、ラッキーとしか言いようがない。人によっちゃあ、「ああ、やっぱり神様がいて、見てくれてたんだわ」って思うかもしれない。私はそういうタイプではないけど。運が悪いときは、神様を恨むだけでさ。

 組むことに決まったパートナーの名は、服部雪路はっとりゆきじといって、断るまでもなく女性。私より年配で、頼りになりそうなどっしりした体格の持ち主だ。こういう場だから、偽名は使えない。お互いに本名を名乗るしかなかった。

 彼女とのやり取りは、主に小さな紙に書いた落書きのような暗号文で行った。第三者に見られたらまずそうな言葉について符丁を決め、それに沿って簡単な文で意思疎通を図った。もちろん、可能な場合は直に顔を合わせて会話し、重要な箇所を確認するのも忘れなかった。


 服部雪路は、ターゲットに関して、身近な人と言うだけで、ぎりぎりまで教えてくれなかった。早く知られたらまずい理由でもあるんだろうか。私を信用しきれなくて、秘密漏洩を不安視しているのか。でも私が秘密を漏らしたって、塀の中の世界、たかがしれている。少なくとも外の世界に噂が広まるまでには、結構タイムラグが生じるんじゃないのかしら。

 でも私は焦らず、せっつくことなく、待った。信頼関係を短期間で築くには、これくらいしか他にやることがない。

 そして服部雪路がここを出て行く前日、彼女はようやく知らせてくれた。彼女が殺したいと願っている人物は、片辺美由紀かたべみゆきという女だった。

 私は驚いた。

 何にって、まず片辺美由紀はベテラン女優で、いくつもの作品に出演している。ここ最近はテレビや映画で見なくなっていたけれども、知名度はまだ健在。“誰もが知っている”という形容を付けて紹介しても、嘘だと糾弾する人は多分いまい。

 そんな芸能人が身近にいて、しかも殺したいほど恨んでいるなんて、服部雪路はどういう人なんだろう。尋ねようにも、もう時間がなかった。

「彼女の居場所はここだから」

 服部雪路は私の手を取り、最後のメモ書きを強く押し付けてきた。

「うまくやってよ。それじゃ、あなたが晴れて出所する日を待っているわ。私は一年以内に決行するけれども、それまでは入っていてくれた方がいいわね。ふふふ」


             *           *


 そして今。

 私は刑期を務め上げて、出所した。

 成山吉佐が殺されたことは、ニュースで知った。服部雪路が私の前から去って行った日から、三ヶ月ほどあとのことだった。打ち合わせた通り、夜道で強盗に遭ったように偽装してくれている。

 私は過去の因縁から、念のために事情聴取をされたが、極々簡単なものだった。顔見知りになっていた刑事は、「交換殺人の相手、よく見付けたな。全然分からんよ」と言ったが、明らかに冗談で顔は笑っていた。

 私がこの人ならと決めたパートナーは、警察でもそう簡単には見付けられないだろう。心理的な壁があると言っていいんじゃないかしら。


 何故なら、服部雪路は刑務官だったのだから。


 彼女が退職するまでの十日間で、交換殺人の話をよくまとめられたものだと思う。我がことながら、感心するくらい。


 そして、片辺美由紀の命ももうこの世にない。

 出所したばかりなのに、私がどうやって殺したかって?


 簡単。

 片辺美由紀は、私と同じ服役囚だった。

 彼女自身が罪を犯して刑務所に入ったからこそ、テレビのドラマや映画で見掛けなくなった。それでも知名度は抜群で、刑務所の中でもやや特別扱いを受けていた。

 その世話を担当した一人が、服部雪路だった。片辺の世話をする過程で、殺してやりたいと思うような出来事が起きたのかもしれない。些細なことでも、積み重なれば殺意に育つなんて、珍しくはない。

 でもまあ気になるし、もしも服部雪路との再会が叶えば、動機を詳しく聞いてみたいなと好奇心が鎌首をもたげそう。

 担当になったばかりに殺意を抱いたが、担当であるが故に片辺を殺せば刑務官といえども疑われる。そんな環境に懊悩していた彼女の目には、私は格好のパートナーに映ったのかな。

 本当によい巡り合わせだったと言える。胸は張れないけれども。


 さて。

 私は服役中に交換殺人の約束を果たした。

 それなのに出所した現在、まだ交換殺人のことを考えているなんておかしい、辻褄が合わない?

 そうじゃないの。

 実は、片辺美由紀に手を掛けて殺したのは、私じゃない。

 城島きじまりんという若い子がやった。

 城島とは囚人仲間?で、特に親しいわけでもなかったけれども、他に選択肢がなくなったから、彼女と交換殺人の約束を結んだ。

 片辺美由紀は、裏事情を知る私からすれば不思議な話だが、刑務官の服部雪路をとても気に入っていた。服部が退職したことで気分を害し、他の刑務官は受け付けなくなった。代わりにかいがいしく世話を焼いたのが、同じ囚人で片辺の大ファンだと公言していた城島りん。もちろんこれは嘘で、片辺に取り入れば自分も美味しい目を見られるのではと考えていたらしい。


 そんな城島が、私に殺すよう指定してきたのは加藤八重かとうやえという元男性。腕力が結構あるらしく、手強いターゲットになりそう。

 私には難しそうだったら、三度みたび、交換殺人を誰かと約束しようかしら。

 何年も入っていたおかげで、つてはたくさんできたことだしね。


 終わり



※現代の日本の刑務所に、特別扱いを受ける牢名主的な存在が本当にいるのかどうかは分かりません。ただ、芸能人だったというだけで特別扱いを受けることはあり得ないはずなので、作中の片辺美由紀は刑務所側の何らかの弱みを握っていた可能性が……。描きませんでしたが、あしからず。

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