第2話 交換殺人の終え方

 彼は生田いくたと名乗った。もちろん偽名。私も美尋みひろと嘘の名前を使う。

 生田は、初対面のときにした仮の話の通り、先番を引き受けると言い出した。

「そうしてもらえたら私は願ったり叶ったりだけれども、本当に大丈夫? くじか何かで決めた方が……」

「かまわない。秘密にしていましたが、私はちょっとばかり体調が悪いんです」

 そう言った生田は、確かに痩せ気味にではあるけれども、病気持ちのようには見えなかった。

「あなたを先にして、ターゲットを殺してもらったあと、万が一にも私が倒れ、約束を果たせなかったら申し訳ない。だから進んで先番を務めるとしましょう」

「……心遣い、ありがと。それなら一刻も早くやってしまわなきゃね」


 私と生田は、互いのターゲットに関するデータと、この先三週間程度の予定を教え合った。そして検討の結果、アリバイが確保できて、ターゲットを確実に殺せるであろう日は、意外と簡単に決まった。

「凶器はこの包丁にしたわ。かまわない?」

 手に持ち、軽く振ってみて「平気です」と答えた生田。

 細身で頑丈な和包丁だ。引き出物か何かでもらって、全く使っていなかったが、こんなことで役立つ日が来るなんて。

 私がこの包丁を選んだのには、積極的な理由が一つある。

「それで指紋だけど。私が柄を握ったあと、このホルダーを填めるといいんじゃないかしら」

 黄緑色をしたカバーのような物。包丁とセットになったパーツで、これを填めると子供でも持ちやすいように、ソフトな感触になる。さらに鍔が付いていて、手が滑っても怪我をする危険が少ない。

 試しに装着し、改めて包丁ごと生田に渡す。

「――抜け落ちることはなさそうだ。それに手に馴染んで、むしろ扱いやすいかもしれない」

「よかったわ。心配なら、ホルダーを外しても指紋がきれいに残るかどうか、チェックする? 指紋が分かるように色を付けて……」

「では、お言葉に甘えて」

 私は口紅を指先に付けてから包丁の柄を握り、ホルダーを填めた。それを生田に外させ、柄の指の痕跡を見てもらった。

「残っている。これなら充分だ」

 生田は満足そうに頷いた。


           *           *


 首尾はどうなったかって?

 生田は私のターゲットを見事に始末してくれた。私もがっしりとしたアリバイを無事に確保。話を聞きに来た刑事二人に、堂々とアリバイを主張してやった。

 この段階で、交換殺人の完全犯罪は半分成功した、と思えた。


 だけど。

 私は釈放されないでいる。

 何故って、凶器の包丁が遺体に刺さったままだったから。

 生田が裏切ったんじゃあない。

 ただ、彼は彼自身が思っていた以上に、体調不良だった。

 そう、生田は殺人をこなした直後、心筋梗塞か発作か、とにかく心臓の病気を発症して、その場で命を落としていた。殺人行為そのものが心臓への負担の引き金になったのだとしたら、これ以上ない皮肉だわ。

 包丁の柄には私の指紋が残っており、警察が私を帰さないのは当然と言える。


 生田を恨むのは間違っている。彼は死の間際に、文字通り必死の努力をしてくれたみたい。というのも、柄に付けたホルダーを取り外していたから。彼は恐らく心臓に負担を感じた瞬間、このままではまずい、美尋さんわたしに迷惑が掛かると直感し、指紋を消そうとしてくれたのだ。

 消す前に、力尽きたのは運命にすぎない。


 ただ……指紋を完全に消す余力がなかったのなら、ホルダーを付けたままにしていてほしかった。それならまだ、言い逃れできる余地はあった気がする。


 終わり

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